水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「異変・8」

2006-11-20 23:03:37 | Weblog



大型野生動物の熊や鹿や猪。
中型のキツネ、タヌキ、サル。
小型のリス、モグラ、ネズミ。
行動に異変が起こっている。
どうやら世界中らしい。
海の中も同じかもしれない。

人間だけは、常に異常。
300年前頃から、異常のままだ。
だから、この「異変」も感じないかもしれない。
感性はマヒしているままなのだろう。
他とつながっている感覚もマヒ。
地球の息吹も感じられないまま。

交代の時期なのかもしれない。
人類のこの加速度はテクノロジーではない。
破滅への加速度かもしれない。
それでも未来は未定のままだ。
何とかなるかもしれない。


(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「異変・7」

2006-11-19 23:18:51 | Weblog


野生動物は考えない・・・。
行動は「感性」が優先する。
立派な指導者や学識者は「感性」が鈍い。
「学」に秀で「感性」を育てなかった。
「感性」があったら、こんな国にしなかった。

まぁ、いい、人間だもの・・・。
だからこそ、人間は野生動物から教えていただく必要があるのだ。
そこが、ちっとも解ってないなぁ・・・。
自分の方が正しく賢いと思い込んでいるようだ。
自分が正しく賢いと思うから、不都合(不自然)が起こるのになぁ。

今の世界。
今の日本。
こんなに「自然の氣」が乱れているのに。
危ないんだぜぇ~。
とワシのような怪しく不マジメ者が言っても取り上げない。
信用しなくてもいいから、事実を観てくれよぉ。

野生動物に狂いが起こっている。
「感性」が乱れの大きさを示している。
いいのかなぁ・・・。
このままで・・・。
緊急時だと思うけどなぁ。


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「異変・6」

2006-11-18 21:11:15 | Weblog



ワシは口が滑る。
もちろん意識して滑る事もある。
更に補足説明がメンドウなのだ。
誤解したけりゃ、すればいい・・・と思っている。
その為過激な文章になりやすい。

だがワシは叛骨精神は無いぞ。
辛口のコメンテイターでもない。
軟骨精神でできている。
軟骨組織でできている。
甘口ではないが、辛口でもない。
妙齢の御婦人に限ってだが、試してみればいい。
「あら!本当に軟らかい・・・」

人類全体に敵対するわけがない。
偉大な総理大臣や政治家や官僚様や将軍様に逆らう度胸はない。
権力者に脅されれば、すぐにでも自説を曲げる。
いいかげんの神様の絵を踏め、と言われたら、すぐ踏む。
何度でも踏める。
美しい日本は政治家達が手本です・・・。

それでも異変は加速している。
困ったなぁ・・・。
それでも地球は回っているんだもの・・・。
どうする?
素晴らしい指導者達よ・・・。


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「異変・5」

2006-11-17 21:36:29 | Weblog



野生動物にとっては死活問題だ。
種族の死活問題だ。
超急加速で種族は亡びている。
嘗て無かった滅亡の早さだ。
野生動物にとっては・・・
冗談じゃないぜぇ~。

ワシも半野生動物だ。
やはり、冗談じゃないぜ~、と思う。
自分の人生の長さだけ考えりゃいい・・・
ってもんじゃないだろ~。

人と人が殺しあう戦争だけならいい。
(い、いや、よくないけど・・・)
人間だけが死んでいくのなら・・・。
悲しみと憎しみと苦しみだけが残るけど・・・。
野生動物からすれば・・・
ま、まぁ、いいか、と思う。
生物界一の愚かな種族だもの・・・
人間だもの・・・。


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「異変・4」

2006-11-16 21:24:04 | Weblog


人間の対応できる年数は100年くらいだろう。
国の政策計画は建前で100年。
実際は10年~20年・・・。
場当たりといってもいいのだ。
無責任が身上の政治家と役人だ。
放射能の半減期間は考えない事にしているらしい。

人間が扱える範囲を超えているのだ。
原発に賛成する学者やノータリン・・・
し、失礼。
有識者と称するバカモノ達。
利権に群がる亡者達。

それでも・・・いいさ。
人間だもの・・・。
相田みつを氏も書いている・・・。
亡びたい望みなら、叶えさせてあげたい・・・。
でもなぁ・・・
他の生物まで、巻き添えにしなくてもいいのに・・・。


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「異変・3」

2006-11-15 19:39:33 | Weblog



環境異変に言われる言葉がある。
「地球が怒っている」
「地球の逆襲」
「神が怒っている」等々・・・。
だが、それは間違いだ。

自然と神を同一視するのはいい。
ワシも(ある意味)そう思う。
ワシは自然=生命=神と思っている。
そして、それらは人間の意識とは別物だ。
当たり前だよね。

自然も神も(生命も)怒ったりしない。
逆襲も復讐もしない。
変化に対し、調和力が働く。
ただ、それだけだ。
極、自然に、当たり前に反応している。

病気も同じ。
生命は素直に反応している。
ただし、生命は個人だけのモノじゃない。
全ては「一つながり」であり、一部と全部は対応している。
だから、個人内で問題を探っても判らない事がある。



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「異変・2」

2006-11-14 21:58:21 | Weblog



穏やかな異変なら騒がない。
自然は常に変化しているからだ。
この世は時間が一方向に流れている。
時間は「変化を促す氣」なのだ。

自然は変化すると、安定への調和力が働く。
時間は「調和力の氣」という言い方も出来る。
調和できる範囲の変化なら問題ない。
大きな時間の範囲で観るなら、全て調和できる。
地球は別に困らないのだ。
何億か何十億かければ調和できるのだ。

調和できないのが生物だ。
困るのは地球ではなく、地球上の生物だ。
変化の大きさ、広さ、深さ、速さに限度がある。
人類を含めた生物の対応能力に限界があるのだ。
どうする?


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「異変・1」

2006-11-13 22:46:00 | Weblog



300年前からの人類の急変。
それを文明というのか・・・。
産業革命以降、人類の暮らし方は急変した。
人類だけなら、それほど問題なかった。
だが、人類は環境まで急変させてしまった。

今更「異変」を指摘してもマヌケだ。
ワシはマヌケなのだ。
これも今更言ってもしょうがない。
もう50年以上マヌケなのだ。
そういうわけで(どういうわけだぁ?)
「今年の異変」を指摘しよう。

ジャイアンツが勝てない。
これは異変でも何でもない。
当然、当たり前なのだ。
新日本プロレスがつまらない。
これも当たり前なのだ。
そういうアホな人間の出来事は省く。

自然界の異変。
それは野生動物が教えてくれる。
気づいているだろうか?
野生は野生故に自然環境の急変を察知する。
すでに自然の異変は始まっている。


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「流れ・10」

2006-11-12 23:00:59 | Weblog



「流れ」に乗ると楽だ。
余計な力を使わないでも進む。
余計な力を使わないと、謙虚になれる。
謙虚になれば、感謝が起こる。
感謝している間は「流れ」に乗っていられる。

簡単な仕組みなのだ。
グレちゃんは、簡単な仕組みしか創らない。
簡単とは、深く広いモノなのだ。
グレちゃん(創造主)は深く広いモノなのだ。
感謝にだけ、少し反応する。
あとは・・・気まぐれでいいかげんだな。

「流れ」って、面白い。
この世は「流れ」で変化する。
「流れ」に乗るか、逆らうか、で変化する。
グレちゃんにとっては、どちらでもいいのだろう。
ワシは「好みの流れ」に抱かれて生きたい。
「流れ」は面白いと思う。


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「流れ・9」

2006-11-11 21:12:58 | Weblog



どうせワシの考えや思いなんて間違えだらけだ。
だから堂々と独善家を名乗れる。
傲慢でも謙遜でもなく名乗れる。
安心して独善ができる。
自分の(勝手な)考えを信用するほどボケてないからだ。

「努力」の使い方。
「嫌な流れ」から外れる時に使うモノだったのかぁ。
「好みの流れ」で努力してはならぬ。
努力して「好みの流れ」に乗ろうとするのも間違いだ。
「成功哲学」と称する詐欺的思考は、ここに間違いがある。
まぁ「成功」も「性向」も好みの分野だからいいけどさ。

自然体は「好みの流れ」時の方法だ。
努力という不自然体は「流れ」に逆らう時の方法だ。
なるほど・・・そうだったのか。
ワシのいままでの主張は、半分しか理解してなかったからだ。
努力は・・・必要だ。
根性も・・・多分・・・必要だ。


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