伊勢すずめのすずろある記

伊勢雀の漫歩…。
 伊勢の山々から志摩の海までの、自然史スポット&とっておき情報など…。
  感性の趣くままに-。

台風一過の志摩の外海岸を歩く ~ その1 ~

2015年09月13日 | 志摩

台風一過の大野浜

 今夏は、台風と大雨で終わってしまった。9月ももう半ばとなり、秋の彼岸(秋分の日)が近づいた。今年は彼岸を含めて5連休となるのだが、日本列島はどこもかも、この9月初旬の雨台風(台風18号)で水浸しとなった。
 河川の氾濫や土砂災害にみまわれた被災地では、とても連休どころではなく、特に関東や東北地方の大水害は、想像を絶するばかりである。事後片付けや自活の再起へのご苦労を考えると、とても心が痛む…。

 当地伊勢志摩地方も、この台風では記録的な大雨にみまわれ、伊勢市内の五十鈴川が危険水位を超えて、流域の各町々に避難勧告が出されたが、浸水被害は楠部町の数件だけであった。我家のすぐ裏の勢田川も、両岸の「犬走り」までは水がついたが、改修された護岸からあふれ出すことは無かった。
 宮川も川原は全て水没し、ピーク時には河川敷まで水位が上がっていたが、ここ数日で徐々に水が引き、普段に比べて増水してはいるものの、延期となっていた宮川の「伊勢神宮奉納花火大会」(9月12日)も、好天のもと無事に終了した。

 8月下旬から9月の初旬にかけては、天気予報もあまり当てにはならず、伊勢市でも天気の変化が著しく、天候がさっぱりしない日が続いた。
 大雨をもたらした台風が、日本海沖で温帯低気圧に変わったものの、その速度が遅くて停滞性の秋雨前線を吸収し、東海地方から関東・東北地方まで伸びていて、さらに大雨が続いた。この気象現象は、気象庁によると、各地に南北方向の「線状降水帯」が形成されたからだとの説明であった。
 この聞きなれない用語の解説を調べてみると、「線状に延びる降水帯で、積乱雲が次々と発生 し、強雨をもたらす。規模は、幅20~50キロメートル、長さ50~300キロメートルに及ぶ」とある。


 中旬に入って、10日(木)~ 13日(土)と久しぶりに秋晴れが続いたが、大雨にうんざりしていたので、10日・11日と台風一過の志摩の海(外海岸・そとかいがん)を見に行った。午前中は少し強めの秋風が心地よく、どこを通ってもまぶしい程の陽射しの降り注ぐ中、雑木林では「ミンミンゼミ」と「ツクツクボウシ」が盛んに鳴き競っていた。

 志摩の海岸で、我輩が漫(すずろ)歩きをする場所と言えば、まず国府白浜から海水浴場のある阿児の松原を経て、甲賀の砂浜海岸~城ノ崎、志島の市後浜、そして名田の大野浜~名田漁港にかけてである。
 10日の木曜日は、いつもの逆のコースを辿ってみた。


台風一過の大野浜の渚

大野浜東端の離れ岩にぶつかる怒涛

大野浜西端の海食崖に逆巻く波しぶき


 最初に行ったごく小さな名田漁港も、そして隣の大野浜も磯波が荒れ狂い、怒涛となって渚に打ち寄せている。大野浜のビーチ・カスプは全て崩され、うるさい程の潮騒と供に、浜砂利が音を立てて浚われては返し、傾斜した渚で転げ回っている。
 両端の突端を成す離れ岩や海食崖には、次々との大波が打ち寄せ、高々と波しぶき上げて逆巻いている。
 海風も半端じゃない。ともすれば吹き飛ばされそうで、無論誰一人といない。いつもなら渚に降りて石拾いをするのだが、この日はそれどころではない。荒磯の激しい海食作用と、実に生々しい荒波の運搬作用を目撃しただけである。

 志島を通り過ぎ、漁港のある城ノ崎~甲賀の砂浜海岸に行っても、状況は同じであった。甲賀漁港には、もやい綱に繋がれた十数隻の無人の漁船が、回り込む大波に激しく揺れていた。
 その北方の砂浜の渚には、ここ数日来流れ着いた夥しい数の大小の流木群が、整然とした列を成して打ちあがっていた。それらの流木の一部が、浜辺の所々に寄せ集められ積まれている。後日焼却する為であろう。
 甲賀の砂浜海岸北端の出鼻から、阿児の松原海水浴場を眺めると、たたみかけたバラック組みの数軒の「海の家」あり、海風にさらされていた。この日はさすがにサーファーもいなかった。


台風一過の国府白浜


 最後に国府の白浜北端の岩場に立ち寄った。この白浜海岸は遠浅であり、波消しブロックの効果もあってか、押し寄せる大波も連続ではなく、吹き付ける海風もさほど波しぶきを含んでいない。昼下がりの日射が、長々と続く白砂の浜と防波堤のコンクリートに照り返してさらに眩しく、秋晴れの残暑に全身が汗ばむ程だ。

 砂浜に下りると、陸水の流れ出るちょっとした水路があり、砂浜をえぐって海へと続いていた。そこには大小の黒っぽい角礫が散乱していた。手にとって見てみると、多くは砂質岩のようだ。的矢層群(中生代の白亜系)のグレイワッケ型砂岩だろうか。中には剥離性に富む泥質岩(泥岩~黒色頁岩)も混ざっている。多分、このすぐ横(白浜北端)の海食崖を成す荒磯から崩落した、現地性の角礫であろう。

 幾つか見ていくうちに、幅1cm程の白い筋脈の入った角張った塊を見つけた。純白ではあるが結晶粒の認められない陶器状の方解石脈のようだ。ひょっとすると、水石として「滝石」になりそうなものがあるのではと思いながら、目の前の岩場に行った。
 似たような角礫は幾つかあったが、筋脈が海水の溶食作用(溶解浸食)でえぐられすぎているのと、岩石に多数の節理や破れ目、亀裂もあって、すぐに砕けてしまいそうなものばかりである。うまく勝ち割れば、何とか「滝石」にみなせそうではあるが、とても山水景石とはならない。
方解石脈の入った、現地性の砂岩角礫 ~ 小片の方は握り拳大


 もっと北方の安乗までの間の外海岸に行けば、古谷石のようないいものがあるかも知れない。多分、地元には鑑賞用の流木を拾い集める人はいても、このような水石趣味者はいないであろうし…。

 明日又ここに来て、まずはこの先にある隠れた入浜の国府漁港に行き、ゆっくりと国府白浜から安乗にまで続く外海岸を見回ってみる事にした。この日は、手ごろな滝石風の岩片を一つだけ持ち帰ることにした。台座をつければ、ちょっとした「滝石」として鑑賞出来そうである。

 志摩の外海岸に来てみて、「滝石」の新産地を発見した事もあり、さらに国府漁港には一度も行った事が無いので、帰路に着いた帰りは久しぶりに明日が楽しみであった。
国府白浜北端産、仮台に載せた「滝石」~ 左右幅約11.5cm

コメント
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