古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。
(1)ゴダードの長編第7作目、邦訳としては第9作目の作品。
解説の紹介からはじめたい。関口苑生による解説は、ちょっとしたゴダード論である。いわく、ゴダードの魅力は、複雑に入り組んだ謎の構築、それを解明する方法、その両方におけるプロットの巧緻にある。主人公は職業的な探偵ではなくて、読者とともに謎の解明にあたる。最初、一見単純に見える謎を探求するうちに、第二、第三の謎がつむぎだされて読者を混迷の極みへいざなう。その際、背後に漂う何やら不気味なものが緊張感を高める。最大の魅力は、小説の外側ですでに惹起した事件と小説の内側で現在起こっている事件との関連が物語られる過程である、云々。
本書でも、このゴダード節がたっぷりと奏でられる。
(2)1931年の夏、悪事がばれて米国を逃げ出した二人の詐欺師、主人公ガイ・ホートンとマックス・ウィンゲートは、英国へ向かう豪華客船でダイアナ・チャーンウッドと知り合う。彼女は、20を越える有力企業に対する国際的投資家フェビアンのひとり娘であった。これを知り、カモにするべく接近し、首尾よくよしみを通じる。だが、誤算が生じた。月の女神と同じ名をもつこの美女に、マックスが本気で惚れこんだのである。彼女も恋におちる。
英国に着いて、マックスは結婚の許可を彼女の父親に求めるが、一蹴される。詐欺師の前科を喝破されていたのだ。
しからば駆け落ち・・・・となる直前、フェビアンが殺害された。マックスは逃亡して、行方が知れない。ガイは真相を探りはじめる。
これが発端だ。
(3)ここで、関口苑生がふれなかった、ゴダードのもう一つの魅力にふれておきたい。
すなわち、情念の多層構造である。一方に男女の恋愛があり、他方に家族愛がある。愛はすばらしい。だが、表層の愛の底に、違ったものが蠢く。遠大な計画に基づいてたてられた計算による冷徹な意思があり、愛しつつ憎悪するアンビヴァレンスもある。こうした多様な情念の力学が多様な人間関係、複雑なプロットを生む。本書も例外ではない。
□ロバート・ゴダード(幸田敦子・訳)『閉じられた環(上・下)』(講談社文庫、1999)
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