語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】『水妖記(ウンディーネ)』 ~言葉と魂~

2016年08月25日 | 小説・戯曲

 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 (1)解説によれば、ウンディーネは、ラテン語のunda(波)に語源をもつ水の妖精で、ルネッサンス期のパラケルスス(A・T・Paracelsus、解説ではパラツェルズス)がウンディーナundinaと名づけた。独語読みでウンディーネUndineとなる。仏語読みではオンディーヌondine、フランスの作家ジャン・ジロドゥーはフーケの作品を翻案して、しかし独自の戯曲『オンディーヌ』をものしたらしい。
 本書はドイツ・ロマン派の代表作とされる。

 (2)魂を持たぬ妖精が、人間と愛し合うことで魂を得る。魂を得ることで、妖精の時には知らなかった悲しみ、悩みを抱くにいたるが、ウンディーネは後悔しない。
 妖精の、魂をもたぬ状態は、田村隆一がうたう「言葉のない世界」(言葉なんか覚えるじゃなかった・・・・)に正確に対応するだろう。アヴェロンの野生児を引き合いに出すまでもなく、言葉は人間の人間たらしめる要素である。
 言葉と魂とは二にして一である。
 してみれば、ウンディーネは言葉を知ることで魂を得るにいたったのだ。

 (3)しかし、言葉がなかみを伴わないときもある。その時、言葉は魂を置き去りにし、あるいは逆に魂が言葉を置き去りにする。別の女に心を移し、夫という言葉だけを残した騎士フルトブラントがそのケースだ。
 ところが、ウンディーネは依然として騎士フルトブラントを愛し続け、不倫相手のベルタルダの身をも気遣う。切ないではないか。

□フリードリヒ・バローン・ド・ラ・モット・フーケ(柴田治三郎・訳)『水妖記(ウンディーネ)』(岩波文庫、1938/改訳、1978)
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【歴史】いちばん長い日/史上最大の作戦 ~ノンフィクションと映画~

2016年08月25日 | ノンフィクション

 (1)連合軍が上陸するその日は、敵味方双方にとっていちばん長い日になるだろう(ロンメル元帥)。

 (2)コーネリアス・ライアンのノンフィクションは、ノルマンディ上陸作戦をDデイ、つまり1944年6月6日の一日に絞って再現する。
 5千隻の船舶が午前5時半に攻撃を開始したのだが、知らせを受けた西部軍総司令官ルントシュテット元帥は、頑固に、ノルマンディは索制攻撃であって真の上陸地点は別にあると考えた。それでも念のために総統直属の2個装甲師団を海岸地方へ急行させようとしたが、ヒットラーは拒否した。ヒットラーと幕僚たちは、上陸から6時間以上たっても事態を把握していなかった。
 連合軍の謀略作戦の成功を示すエピソードだが、同時に、事実に立脚しない信念がいかに壊滅敵な結果をもたらすか、をも示す。

 (3)映画ではコータ准将がジープ(史実はトラック)に乗って丘の上にあがる場面で終わるが、原作ではさらに先がある。Dデイの2日前に休暇で司令部を離れたロンメルは、夜には司令部へ戻った。そして、第21装甲師団がまにあわなかった、という悪いニュースを真夜中に聞く。
 <この日から数えて、第三帝国は余命一年を残すばかりだった>

 (4)本書は、報道班員として参加した著者自身の体験をもとにしているが、それだけではない。戦後、著者は膨大な資料にあたり、また、連合軍、独軍、仏レジスタンスの生存者及びその家族千人以上にインタビューして、埋もれていた事実を掘り起こした。連合軍や独軍の将兵、仏レジスタンスや市民の動きを立体的に構成した。人物一人ひとりの行動が具体的で、行動を伴う心の動きが生々しい。巨視的な鳥瞰と細部の事実のバランスが巧妙で、序文にあるように「人間の物語」となっている。

 (5)映画『史上最大の作戦(The longest day)』は、1962年公開。監督は、ケン・アナキン、ベルンハルト・ヴィッキ、アンドリュー・マートン、エルモ・ウィリアムズ。出演は、ジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ジャン=ルイ・バロー、ロバート・ライアン、リチャード・バートン、ロバート・ミッチャム、ショーン・コネリー、ロッド・スタイガー、ロバート・ワグナー、ポール・アンカ、スチュアート・ホイットマン、サル・ミネオ、ケネス・モア、クルト・ユルゲンス、ゲルト・フレーベ、ブールヴィルなど、英米独仏の当時活躍中の、あるいはその後さらに名をなした俳優が総出演している。製作のダリル・F・ザナックほかが、当時としては破格の制作費36億円を投じた。
 戦場では奇蹟的な出来事、信じがたい出来事が起きるらしい。米第82空挺師団の落下傘兵の小集団が集合地へ急ぐ最中、向かい側から行進してきた独軍の分隊と互いに1mも離れていない距離をすれ違うのだが、米兵の一人を除いて誰も気づかなかった。
 このシーン、原作にも書かれてある。というより、映画の原作者・脚本家はコーネリアス・ライアンだから、映像的にも印象に残るこの場面を漏らすことなく盛り込んだのだろう。

□コーネリアス・ライアン(近藤等・訳)「いちばん長い日」(『世界ノンフィクション全集 15』、筑摩書房、1968/後に(広瀬順弘・訳)『史上最大の作戦』、ハヤカワ文庫NF、1995)
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【サルトル】『実存主義とは何か』 ~アブラハムの不安~

2016年08月25日 | 批評・思想
 
 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 (1)本書で言及される「アブラハムの不安」は、注釈によればキェルケゴール『恐怖と戦慄』に出てくる考え。要するに、天使がアブラハムに自分の息子を犠牲に捧げよ、と命令するが、あれは確かに天使なのか、自分は確かにアブラハムなのか、何がそれを証明するのか、幻覚ではないか、と疑う不安のことだ。
 <一つの声が私に語るとすれば、その声が天使の声であると決定するのは常に私である>
 <それは、責任を負ったことのある人ならばみんな知っている単純な不安なのである>

 (2)「アブラハムの不安」は、実存主義が(一見)過去のものとなった今日でも生きている。
 メンタルヘルスの分野において特にそうだが、それはそれとして、情報化社会において、その情報の真偽は多くの場合根拠を確認できない。調査して(ある程度)確認できるが、決断を急ぐ緊急事態には、不確かな情報に基づいて決定的な行動を選択しなくてはならない。これも「アブラハムの不安」の一変種だ。
 <不安はわれわれを行動から距てるカーテンではなく、行動そのものの一部なのである>

□ジャン=ポール・サルトル(伊吹武彦・訳)『実存主義とは何か』(人文書院、1955)
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 【参考】
【本】サルトル『悪魔と神』


【サルトル】『悪魔と神』

2016年08月25日 | 小説・戯曲
 
 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 16世紀ドイツ農民戦争において各地に転戦した傭兵隊長ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンを主人公とする劇作。
 非情かつシニックな私生児ゲッツは、兄を攻め滅してその領土を奪い取る。だが、「賭け」の結果、滅ぼすつもりだった都市の攻囲を解き、領土を開放して理想郷建設を志す。ところが、周辺の戦火はいっそう燃えさかって理想郷に及び、ただ一人の生き残りを除いて破壊つくされる。ゲッツは、無名の一介の兵士として再出発しようとするが、その経歴を知る者たちから指揮官への就任を要請される。ゲッツは、聖者への道を捨て、ふたたび傭兵隊長として立つ。
 つぎのやり取りは、劇の一部。

 <第三の士官/おれが大将なら、今夜のうちに攻囲を解くんだが。
 <ヘルマン/賛成だ。しかし大将はきみじゃない。>

□ジャン=ポール・サルトル(生島遼一訳)『悪魔と神』(新潮文庫、1971)
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【永田耕衣】忌 ~8月25日~

2016年08月25日 | 詩歌

 近海に鯛睦み居る涅槃像
 夢の世に葱を作りて寂しさよ

 永田 耕衣、1900年2月21日生、1997年8月25日没。本名軍二(ぐんじ)。別号、田荷軒主人。禅的思想に導かれた独自の俳句理念に基づき句作。また諸芸に通じ書画にも個性を発揮、90歳を超えた最晩年に至るまで旺盛な創作活動を行った。
 神戸市須磨区にて阪神淡路大震災に遭遇。
 毎日新聞神戸版の選者、 神戸新聞俳句選者などを努めた。
 1974年神戸市文化賞受賞。
 1981年神戸新聞社「平和賞」受賞。
 1985年兵庫県文化賞受賞。
 1990年第2回現代俳句協会大賞。
 1991年第6回詩歌文学館賞受賞。

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【木山捷平】山陰

2016年08月25日 | 小説・戯曲
 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 短編小説「山陰」は私小説で、「私」は下関から出発し、行きあたりばったりに川棚、湯本、玉造、皆生に一泊する。さらに鳥取県中部の、やや奧へ入ったところに位置する三朝温泉に至る。ラジウムを含む出湯の町である。ここで2泊する日々のほんのちょっとした出来事、住民との淡々たる会話。
 ストーリーはそれだけのことで、ストーリーと呼ぶほどのものではない。旅先の、その土地にすっぽり身を浸し、住民との会話を淡々と書きとめる。飄々と流れていくようであり、肝が据わっているようでもある。この短編小説、エッセイと呼んでもそれで通る文章で、読み流しても一向にさしつかえないのだが、妙に記憶に残る。

□木山捷平「山陰」(『日本文学全集65 ~現代名作集3~』、筑摩書房、1970)
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【米国】大統領選の主役は「アウトサイダー」 ~トランプ=サンダース現象が生んだ亀裂~

2016年08月25日 | 社会
 (1)11月の米国大統領選挙に向け、共和党と民主党が全国大会を開いてドナルド・トランプ、ヒラリー・クリントンを大統領候補として正式に指名した。いよいよ火ぶたが切られたわけだ。だが、大統領候補指名の大イベントは、候補者選びでそれぞれの党に小さくない亀裂が走ったことを印象づける結果となった。
  (a)共和党・・・・混乱ぶりは、全国大会への出席を大物政治家がボイコットしたことに端的にあらわれていた。ブッシュ前大統領、ロムニー前回大統領候補らが欠席、ケーシック・オハイオ州(開催地)知事も姿を見せていない。
  (b)民主党・・・・党執行部の幹部がクリントンに肩入れをしてバーニー・サンダースの躍進を阻むために協議していたことを裏づけるメールが曝露され、党全国委員長が辞任に追い込まれた。

 (2)それぞれの党に亀裂を生じさせた①トランプと②サンダースには、「アウトサイダー」という共通点がある。
 ①は、「不動産王」と呼ばれる一方、政治経験がない。
 ②は、米国政治史上初めての「社会主義者の上院議員」だ。
 ①は、大統領候補指名の受諾演説で、サンダースの支持者たちに呼びかけるような物言いをした。サンダースの支持者は、クリントンではなく自分を支持するだろうと自信を見せ、その根拠について「私たちが彼の最大かつ唯一の課題、つまり、わが国から雇用や富を奪っている貿易の取り決めについて正すから」と述べた。
 自由貿易が党是ともいえる共和党の大統領候補としては異例の主張だが、確かに①はTPPを激しく攻撃した点で②と息が合っていた。②が多国籍企業の利益を守るための壊滅的な貿易協定だと批判したのに呼応するように、①は「米国の労働者を傷つけ、自由と独立を軽んじるいかなる貿易協定にも決して署名しないと誓う」と指名受諾演説で明言した。

 (3)フランシス・フクヤマ(政治学者)は、「2016年の政治的意味合い」(「フォーリン・アフェアーズ」2016年7月号)で、①トランプと②サンダースが予想外の支持を獲得したことを念頭に、次のように分析した。
 <経済格差が拡大し、多くの人が経済停滞の余波にさらされた数十年を経て、米国の民主主義がついに問題の是正に動き出した>
 フクヤマによれば、米国政治に
   「経済的な格差問題」(=「階級問題」)
が主要なアジェンダとして登場したのは今回の大統領選が初めてだという。アウトサイダーが支持を集めたのは政治の場に声を届けることができないでいた白人のブルーカラー層などを引きつけたからで、①や②の主張の是非とは別に、遅まきながら民主主義が機能し始めたと解釈している。

 (4)サンダースは大統領選挙の舞台から退場したが、トランプが「トランプ=サンダース現象」が生んだ大統領候補であるかぎり、「ポピュリスト」の一言で片付けることはできない。
 「トランプ=サンダース現象」が、貿易政策や移民政策の抜本的見直しを求める経済ナショナリズムに共鳴する人びとによって支えられていた事実は注目に値する。

□佐々木実「「トランプ=サンダース現象」が生んだ亀裂 米国大統領選の主役は“アウトサイダー”」(「週刊金曜日」2016年8月5日号)
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