語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【メディア】への政治家による圧力は犯罪とならないのか ~停波問題~

2016年05月10日 | 社会
 (1)与党政治家またはそれに近い者が何らかの形でマスメディアを統制している。だが、それがどこでどのように行われているかはわからない。以下紹介するのは、理論的にありうる犯罪である。
  (a)前提1・・・・現実には何の犯罪も行われていなかったとしても、現在の日本のメディアのあり方は外国から見ると民主主義に対する脅威であることを確認しておく。
   ①マスコミの幹部が政治家と会食などしようものなら、それだけで当該メディアの中立性に対する国民の信頼は害されると考えられている。
   ②英ガーディアン紙やエコノミスト誌は、2016年2月に相次いで、日本の複数の放送局で人気キャスターの降板が決まったことなどを疑問視する記事を公表した。
   ③同月8日に高市早苗・総務相が、政治的に公平でない放送を繰り返した放送局に電波停止を命じる可能性を述べたことなど、意味がわからないレベルの事態だろう。
 
  (b)前提2・・・・不正な目的のための公金支出は一切ないものと考えて説明を進める。
   ①そうした支出があれば、業務上横領罪(刑法253条)や背任罪(同247条)に該当しうることはもちろんだ。
   ②それ以外の場合については、「情報操作の罪」という犯罪類型はない(どころか、逆に特定秘密保護法や個人情報保護法により、情報を流通させることが処罰されるに至っている)ので、その手段となる行為を既存の法律で規制しうるのかが考察の対象となる。
   ③実は日本でも、証券市場における情報操作は、厳罰の対象とされてきている。ライブドア事件で、堀江貴文・被告人は、金融商品取引法上の有価証券報告書虚偽記載罪などで懲役2年6月の実刑判決を受けた(最高裁もこの結論を維持)。堀江氏は不正行為によって私腹を肥やしたわけではないため、従来の量刑基準からすれば執行猶予となるはずだったが、それよりはるかに重い刑が選択された。
   ④2015年11月10日に東京地裁が言い渡した早大マネーゲーム愛好会OB事件判決では、③と同法の相場操縦罪により、30代半ばの被告人らに対し、3億9,000万円という巨額の追徴が命じられている。ともかく、市場の情報操作については厳罰化傾向が看取される。
   ⑤しかし、他の場面での情報操作が広く犯罪とされているわけではない。
    ・詐欺罪は財産をだまし取る場合だけだし、
    ・偽造罪は書類や電子ファイルのねつ造が対象で、
    ・偽証罪・虚偽告訴罪は司法作用に対する罪だ。
   ⑥特定の勢力がマスコミの操作によって主権者をだますことは、民主主義を破壊する「大罪」であるにもかかわらず、これ自体を直接に規制する法律はない。

 (2)ある者が暴行や脅迫によってマスコミに文字どおりの圧力をかけた場合、「人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害」する罪=強要罪(刑法223条)や脅迫罪(同222条)が成立する。
 そのような粗暴犯はまさかあるまい・・・・と思うのは早計で、暴行罪(同208条)を通り越して傷害事件(同204条)になっている例が国会議員について報道されている。
 想定される犯罪類型の幅は広がっている。
 暴行・脅迫にまでは至らなくとも、人の自由意思を制約する「偽計」や「威力」を用いた場合には、業務妨害罪(同233条・234条)となりうる。最高裁の判例によれば、ここでいう「妨害」とは、実際に業務を遂行できなくしたことまでを要件とするものではなく、妨害「行為」を意味する(危険犯説)。
 さらに、主体が議員などの公務員である場合には、偽計や威力を手段とするのではなくても、公務員職権濫用罪(同193条)に該当しうる。「公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した」場合に成立する罪だ。強制やだます行為が要件でないため、本罪は比較的広く解釈されている。安川判事事件の最高裁決定では、裁判官が女性被告人を夜間に喫茶店に呼び出して同席させたことで、この罪による有罪判決を受けている。
 そうだとすると、
   たとえば議員が職権を濫用して、
マスコミ関係者を食事に呼び出して同席させたり、あるいは報道したいと思っている情報を報道させなくしたりすると、本罪に該当しうることになろう。

 (3)公務員職権濫用罪においては、呼び出された者が具体的な被害者となるだけでなく、同時に、国に対しても、職務の公正さを害する罪を行ったことになる。
 同様に、職務の公正さを害する公務員犯罪として代表的なものが、賄賂罪だ。しかし、通常の賄賂罪は、公務員が利益を収受し、民間業者が贈賄するものだから、ここで対象としている形態とはむしろ逆だ。ここで扱うのは、マスコミなどの民間企業に対して、政治家が賄賂を贈ってこれを買収し、自己に有利な報道をさせる場合だ。
 整理して比較すると、公務員の職務の公正を守るための処罰を定める刑法197条1項(賄賂罪)は、次のように定める。
 <公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する>
 このほかにも多くの加重処罰類型があり、全体に対応する贈賄罪の処罰が198条で定められている。

 (4)民間における贈収賄罪を(3)と比べてみると、その処罰規定は次のとおりだ。会社法967条(取締役等の贈収賄罪)
 <第1項 次に掲げる者が、その職務に関し、不正の請託を受けて、財産上の利益を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。
 一号 第960条第1項各号又は第2項各号に掲げる者(引用者注:株式会社の役員・従業員等のこと、二号・三号は略)>
 <第2項 前項の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する>
 この処罰規定は、会社の国民経済的重要性を背景として、1938年に最初に設けられた。立法目的は、株式会社の取締役等の職務の公正さを守ることだとされる。刑法に規定される贈収賄罪との違いは、
  (a)主体が公務員ではなくて株式会社の役員や従業員であること。
  (b)刑法では、「賄賂」の中には、財産以外の利益(情交など)も含むとされるが、会社法では対象が「財産上の利益」=金銭に換算できる利益に限られる。だがもちろん、これには有償役務の無償提供や「饗応」なども含まれる。
  (c)「不正の請託」という要件における「請託」は、明示的である必要はなく、黙示的に依頼の趣旨を表示することも含まれるとされる。そして、「不正の」は、法令に違反する場合のほか、会社の事務処理規則の重要なものに違反する場合も含むとされる。形式的には裁量権限内の行為でも、職務上の義務に違反してなされ、著しく不当のものであるときは、これに含まれる。

 (5)会社法上の贈収賄罪は、これまでにほとんど適用された例がないが、(4)のような解釈からすれば、実際には適用の余地がかなりありそうに見える。明文の規定に違反する場合だけを考えてみても、放送法3条(放送番組編集の自由)は、
 <放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない>
としているのであり、干渉や規律を加えることはこれに明らかに反する。
 法律による制限の例は、少年の匿名報道(少年法61条)が挙げられるだろう。
 こうした実質的な制限根拠がない限り、何人も放送番組を干渉や規律の対象としてはならないのだ。放送法は、1条・4条1項でも、真実の報道と表現の自由を求めている。

 (6)情報操作が(5)に反することも明らかだろう。
 情報操作は、積極的に虚偽の情報を流す場合だけでなく、相対的に重要性の低い情報ばかりを流すことによってより重大な情報の流通を妨げる場合や、誤解を招く方法を用いる場合にも行われている。
 <例>特定の政治家の意見をそのまま流す場合、それは個人の意見であるという情報がカッコ書きなどでわずかに示されていたとしても、視聴者はその「内容」が真実であるかのように誤解しやすい。
 このような工作も、結局において国民の知る権利やその他の視聴者の権利を侵害する(詐欺罪の領域では、こうした「真実主張による詐欺」も犯罪として処罰されている)。

 (7)高市早苗・総務相発言が象徴するように、一部の政治家は、およそ表現の自由を含む基本的人権という観念自体を共有していない。そのことは自民党改憲草案が明らかに示している。同草案21条 (表現の自由)は、
 <第1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する>
 <第2項 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない>
とし、まさに表現の自由の保障を正面から否定したも同然だ。自国民は弾圧できても、国際関係がこれで成り立つとは到底思われない。

 (8)次の参議院選挙で与党が改憲勢力に達した場合に導入されるといわれる、同草案の「緊急事態条項」は、国民の多数派が事実上の憲法停止状態を無期限に続けることができる内容になっている。
 それは「政府は法律を制定することができる」とした1933年のナチス全権委任法1条に類似し、また関東大震災後の混乱を契機に緊急勅令から出発した日本の治安維持法の展開を想起させる。
 北朝鮮やソ連におけるような「表現の自由」が日本で実現する日も近いのか。

□高山佳奈子(京都大学大学院法学研究科教授)「政治家によるメディアへの圧力は犯罪とならないのか」(「世界」2016年5月号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【メディア】放送の「自由」と「公平・公正」とは ~停波問題~
【メディア】安倍首相のメディア対策に高まる国際的批判 ~停波問題~
【メディア】自民党のテレ朝への圧力が契機に ~停波問題~
【メディア】安倍政権による行政指導の誤り ~放送電波停止発言~
【メディア】高市総務相は「脅し」の政治家、報道は「健忘症」
【メディア】総務大臣には、停波命じる資格はない ~放送電波停止発言~ 
【メディア】や高市発言にみる安倍政権の「表現の自由」軽視
【古賀茂明】一線を越えた高市早苗総務相の発言
【メディア】政治的公平とは何か ~「NEWS23」への的外れな攻撃~
【NHK】をまたもや呼びつけた自民党 ~メディア規制~
【テレビ】に対する政権の圧力(2) ~テレ朝問題(9)~
【テレビ】に対する政権の圧力(1) ~テレ朝問題(8)~

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする