語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【保健】長寿の要因 ~長寿県と短命県とは何が違うのか(2)~

2016年05月29日 | 医療・保健・福祉・介護
 (承前)

 (8)いま男女とも長寿日本一の長野県も、以前は長寿県ではなかった。長寿日本一となった要因は大きく二つ挙げることができる。(a)「巡回健診」と、(b)「保健補導員」だ。
 (a)は、昭和30年代に県東部の佐久市で、全国に先駆けて導入した「巡回健診」だ。健康に関心を払おうとしなかった農村部に健診車を走らせることで、病気予防と早期発見への意識を持たせることに成功した。その成果は、全国に知られる。
 (b)は、市町村の委嘱を受けて、健康情報の広報活動にあたる住民組織だ。地域によって異なるが、多くは任期2年、医療者ではなく、主婦を中心とした一般市民が担う。
  ①保健補導員を対象とした勉強会に参加したり、専用のテキストブックなどで学んだ健康に関する知識を、各自の担当エリアを個別にまわり、あるいはPTAや婦人科医などの集まりを利用して伝えていく。地道だが、確実性の高い啓蒙活動だ。そこで伝える情報は、「栄養と食生活」「身体活動と運動」「禁煙への取り組み」「心の健康」「口腔衛生」「がんを含む生活習慣病の予防」など。小規模な集まりでの“伝道”なので、一人ひとりの住民に合わせた助言ができる。
  ②保健補導員の発祥の地は、長野県須坂市だ。そこでは今も活発な保健活動が展開されている。各区の役員という位置づけなので役職に対する責任感が後押しするし、町のお付き合いや回り持ちで引き受けても、実際に活動を始めれば地域住民に喜ばれ、頼りにされる機会も多いので、次第にやりがいを感じるようになっていくらしい。
  ③海から遠く、冷蔵庫の普及前は「塩漬け」が基本だった長野県。名産の野沢菜漬けなどからの塩分摂取量も多く、脳卒中による死亡率が高かった。その名残りで今でも長野県の脳卒中死亡者は全国平均を上回っている。中でも(a)の佐久市はその傾向が顕著で、1961年に「日本一脳卒中による死亡率の高い市」という不名誉な記録を樹立した。
  ④③の状況を改善すべく立ち上がったのも保健補導員だった。それまでどんぶりから各自が“直箸”で食べていた野沢菜漬けを最初から小鉢に分けるだけでも塩分摂取量は押さえられる。・・・・そんな具体的な工夫を伝えていくことで、住民の意識に変化が生まれた。変なkは着実に市民の寿命を伸ばし、約30年後の1990年、佐久市は「長寿日本一」に輝いた。
  ⑤④のような取り組みが、県内の各市町村で行われている。長野県の長寿日本一は、市町村単位の地道な活動の成果だ。そして、それを支えるのは保健補導員だ。現在でも、長野県内には10,600人の保健補導員が活動している。また数多くのOBがその活動をサポートしている。

 (9)青森はいかなる対策をとっているのか。
  (a)男性の喫煙者率が全国1位だ。そこで、禁煙外来の受診者のうち、健康保険の適用を外れる人に、禁煙モニターになってもらうことで自己負担額が保険診療と同程度になる補助制度を敷いた。
  (b)癌検診の受診率を高める目的で、前年より受診率が上がった市町村には、“ご褒美”として上昇分にかかる費用の半額を県が負担する制度も行っている。
  (c)次世代に向けた取り組みも始まっている。2005年から弘前大学など産官学が一体となって進めている「岩木健康増進プロジェクト」。弘前市岩木地区の延べ11,000人を対象とした、10年にわたる生活習慣病の大規模疫学調査を行い、ここで得られたビッグデータ(1人の調査対象から600項目の健康情報)を疾患予防法や治療法確立に役立てようというプロジェクトだ。
  (d)教育現場でも、「子や孫の世代が長生きできるように努力する」試みが始まっている。青森県南部の穀倉地帯にある平川市、人口33,000人。基幹産業は稲作やリンゴ栽培を中心とした農業だ。同市猿賀小学校は、全校児童200人。ここでは昨年度、弘前大学の協力を得て、5、6年生を対象とした「健康教育授業」を行った。
   ①授業は、「生活習慣病ってどんな病気?」「運動プログラムをつくろう」「短命県を返上しよう」など、全6回。授業の中で自分たちの血圧を測り、その数値を友だちと比較することで、生活習慣病がどんなものなのかを体験を通して学んでいく。
   ②そうした体験は、親の健康にも目を向けさせる。
   ③大人が集まっても知識がなければ与太話しかできない。しかし、知識があれば中学生でも天下国家を論じられる。行動変容には、知識が必要。日本人なら誰でも九九を諳んじて言えるように、子どものうちから健康に関する最低限の知識を常識として身につけさせることが不可欠だ。

 (10)沖縄はいかなる対策をとっているのか。
  (a)沖縄でも、子どもを対象とした取り組みを行い、医師会や栄養士会が小学校の教員と一緒になって作った小学生向けの副読本を県内すべての小学校に配布している。内容は、食育、タバコの害、生活習慣病の予防や対策などで、学校で学ぶだけでなく、家族との話題にさせることも狙っている。
  (b)沖縄の子どもたちにとって、喫緊の課題は運動不足だ。沖縄県の小中学生の通学は、マイカーでの送迎が多い。学校の近くは朝の渋滞が日常茶飯事。交通事故も多いので、ある小学校が事故防止のため徒歩通学を推奨したら、子どもたちの肥満が解消し、体力がつき、給食を残さなくなり、集中力も高まって学力が向上するなど、いいことだらけの結果だった。本来子どもや生徒は歩いて通学するのが当たり前だった。その当たり前のことをやらないから、不健康になり、大人になると短命のリスクを背負い込むのだ。
  (c)実は、青森県でもマイカー通学の子どもは多い。こちらの背景には冬の大雪や、過疎化による学校の統廃合で学区が広がったことがある。子どもの運動不足解消が、短命県最大の課題の一つであることは確かだ。

 (11)首都圏にも意外な長寿地域がある。2010年の市町村別の平均寿命(男性)を見ると、
   1位 長野県北安曇郡松川村 82.2歳
   2位 神奈川県川崎市宮前区 82.1歳
   3位 神奈川県横浜市都筑区 82.1歳
 いずれも東京のベッドタウンとして開発された新興の街で、経済的にもゆとりのある層が多く住むことで知られている。しかし、他の市区と比べて医療提供体制が充実しているというわけではない。渋谷駅から東急田園都市線で20分ほどのこのエリアの平均寿命が、なぜ高いのか。
  (a)地域で“公園体操”が盛んだったり、比較的坂道が多いという環境が足腰の強化に役立っているのかもしれない(一説)。
  (b)マスコミの情報に敏感な患者が多い。外来でも、テレビや雑誌で見た健康法などについて質問が医師に対して頻繁にある。経済的に余裕があっても、ジェネリックと先発品の違いについてはきちんと確認した上で選ぶなど、健康に対する興味の大きさ、理解の深さが住民にある。
  
 (12)健康問題への意識の高さが関係してくる。
 医療提供体制が整備された現代日本で、長寿を全うするか、短命で終わるかを左右する最大の要因は、ヘルスリテラシー、つまり健康に関する確かな情報を得て、それを利用して自らの健康に役立てる行動力の有無だ。

□長田昭二「ルポ長寿県と短命県は何が違うのか」(「文藝春秋」、2016年6月号)
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 【参考】
【保健】短命の要因 ~長寿県と短命県とは何が違うのか(1)~


【保健】短命の要因 ~長寿県と短命県とは何が違うのか(1)~

2016年05月29日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)長寿県の代表は長野県であり、短命県の代表は青森県だ。都道府県別の平均寿命(男性)の
   長野県:80.9歳(長寿日本一)
   青森県:77.3歳(短命日本一)
 その差は3.6歳。
 阪神・淡路大震災で約6,500人が亡くなり、その大半が兵庫県の住民だったので、同県の平均寿命は大きく落ち込んだ。それでもその影響は男性0.5歳、女性1歳の短縮だった。要するに、不慮の大震災で多数の死者が出たときの何倍もの差が、長野と青森の間で最初から付いてしまっているのだ。

 (2)青森県民が短命日本一である大きな原因は食生活だ。
  (a)塩分摂取量・・・・1日当たり食塩摂取量は【2012年国民健康・栄養調査結果】、
     青森県 :男性11.7g、女性 9.8g
     全国平均:男性11.3g、女性 9.6g    
で、男女とも全国平均をやや上回っている。そのせいか、脳血管疾患による死亡順位は全国8位だ【2013年人口動態統計】。 
  (b)味噌汁・・・・青森県では三食とも味噌汁を飲む人が多い。さらにそれにたくあんが添えられることが多い。農村部を中心に、「味噌汁とたくあん」を基本とした献立づくりを続ける家庭が多い。
  (c)郷土料理・・・・塩分過多の傾向がある。
   ①津軽地方で代表的な「けの汁」は味噌を使うことが多くて、体が温まる半面、塩分の摂取量もしっかり稼ぐことになる。
   ②「じゃっぱ汁」も名高くて、塩で味つけする。これも塩分が豊富なのだ。
  (d)酒・・・・青森県民の寿命を短くさせている。実は、青森県は飲酒率でも首位なのだ。銘酒「田酒」があるとはいえ酒づくりでは隣の秋田県の後塵を拝する。ところが、生産量では敵わなくても、飲酒率ではトップなのだ。
  (e)サイダー・・・・消費量日本一。糖分を溜め込んでいる。
  (f)喫煙・・・・男性の喫煙率が全国一(女性は2位)。 

 (3)青森県民が短命な理由として、食事、酒、たばこ、さらに雪国特有の運動不足とそこから来る肥満なども指摘されて、複合的に作用し合うことで不名誉な記録を後押ししている。例えば、青森県は【2014年の都道府県別データ】、
   ①癌による死亡率2位
   ②腎不全1位
   ③糖尿病1位
   ④肝疾患5位
   ⑤心疾患による死亡率13位
 何か一つの要因で短命県になっているなら対策も簡単だ。しかし、青森県のそれは、いろいろな要因が複雑に絡み合っての結果だから始末に悪い。

 (4)沖縄県は、日本一の長寿県だったが、急速に順位を落としている。
   1985年、男女ともに長寿日本一。
 長寿日本一は、世界一を兼ねた。そのため、世界中の長寿研究者の間で沖縄県の知名度は高かった。
   1990年、男性の平均寿命が5位に落ちた。
   1995年、4位まで持ち直した。
   2000年、一気に26位まで低下した。
 それでも女性は何とか首位を守り続けてきたが、
   2010年には女性もついに3位に転落(同年、男性は30位にまで落ち込み)。 
 この凋落ぶりは「沖縄クライシス」と呼ばれ、世界の研究者から注目されている。

 (5)「沖縄クライシス」の大きな原因も食生活だ。
  (a)歴史的に白米はほとんど食べず、芋と野菜が中心の食生活が沖縄の長寿を支えてきた。沖縄料理といえば豚肉主体の肉料理というイメージを持つ人が多いが、沖縄の長寿を支えてきた世代にとって、豚肉は決して身近な存在ではなかった。昔の豚肉は貴重品で、正月などのお祭りごとの時に食べる程度だった。かつての沖縄の長寿は「粗食」に支えられる部分が大きかった。
  (b)そこに米軍とともにハンバーガーやステーキ、スパムなどの“動物脂肪・獣肉文化”が一気に流入してきた。食生活の激変が短命化の一因だ。戦後の米国との密接な関係が県民の寿命に大きな影を落とした。
  (c)“主犯”は戦後に米やパンなど「糖質」の摂取量が増えたからだ、という主張もある。近年話題の
糖質制限」こそ、沖縄県を救う最良の策だというわけだ。
  (d)酒も「沖縄クライシス」の原因だ。米を原料とする「泡盛」が知られている。「県民ビール」ともいえるオリオンビールもある。
   ①これら沖縄の酒が他の銘柄と比べて健康に悪いわけではない。摂取量も青森県のように上位ではない。
   ②問題なのは「飲み方」だ。沖縄では、深夜営業の居酒屋が多い。どの店も夜通し酒を酌み交わす地元客で連日賑わっている。沖縄には古くから地域のつながりを大事にする風習があり、離婚後に子育てしながら働く母親や、配偶者を亡くした高齢者を地域のみんなで支えていく“やさしいコミュニティ”が確立している。地域の連携が強い半面、コミュニティのベースに常に酒が介在するのが問題だ。そのため若年者のアルコール依存も他県より多い。
   ③日本では現在、肝癌といえばウイルス性肝炎から進展するケースが多数を占めるが、沖縄県はアルコール性肝炎に由来する肝癌のほうが多い。そのため血管がもろく、また血小板や凝固系因子が減っているため、手術中に大出血を招くリスクが高いことが外科医の間では知られている。
   ④沖縄県のアルコール性肝疾患の死亡率は、全国平均の2倍に上る。

 (6)青森県と沖縄県に共通する要因が見て取れる統計がある。年代別死亡ランキング(男性)だ。数字が大きいほど各年代の死亡率が高いのだ。
  (a)青森県は、「5~9歳」と「40歳以降」のすべての年代で死亡率が日本一高い。
  (b)長野県は、44歳以下の年代は二桁順位ながら、そこから上の世代は常に4位以内に入っている。長寿日本一の面目躍如だ。

 (7)沖縄県は、(6)の統計において特徴的な数字を叩き出している。80歳以上の高齢者は首位(つまり「日本で最も死亡率の低い県」)なのに、30~60歳代は軒並み30位如何に低迷。特に35~59歳は40位台で、最下位の青森県と肩を並べている。働き盛りの若い世代が多く早逝している。これが平均寿命の順位を急落させている最大の理由だ。
 年寄りは元気なのに、その息子世代が先に死んでしまう。残された孫の面倒をおじいちゃんとおばあちゃんが見ることも珍しくなくなっている。
 いまの働き盛りの世代は、子どもの頃には肉食中心の食生活がベースにあり、並行してモータリゼーションの台頭という環境変化を大きく受けた。栄養過多と運動不足の相乗作用により生活習慣病のリスクを上げたことが、死亡率を高める最大の要因といえる。
 沖縄県は、40代50代の若い世代が数多く命を落としていることで、いびつな人口ピラミッドになりつつある。「歳の順に死んでいかない」という現実がそこにある。

□長田昭二「ルポ長寿県と短命県は何が違うのか」(「文藝春秋」、2016年6月号)
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 【参考】
【詩歌】西脇順三郎「菫」
【詩歌】西脇順三郎「皿」
太陽
【詩歌】西脇順三郎「雨」
【詩歌】西脇順三郎「天気」
【詩歌】西脇順三郎「カプリの牧人」 ~シシリアの伝説~
書評:『後方見聞録』
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