語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】女が23年間悩みとおしたこと

2010年12月09日 | ノンフィクション
 大阪市生野区今里ちかくに住む63歳の女性が、刺身包丁で自分の腹を切って死んだ。
 北海道は室蘭生まれのこの女性、ものごころのつかないうちに父親と生別、母親ひとりに育てられた。
 涙とともにパン、の青春時代をすごした後、大阪に流れきて、阿倍野の旅館の仲居となった。
 ここで、仕事でたびたび宿泊した工員と知り合った。工員は当時21歳。くだんの女性は、当時すでに不惑に達していたが、ことのいきががり上、22歳ということにしてしまったらしい。
 十有余年のながい交際をへて、男性が36歳、女性が自称37歳のときに結婚。女性は実年齢よりもずっと若くみえ、結婚生活は平和につづいた。
 その平和を破ったのは、亡くなる3か月前のちょっとしたアクシデントだった。
 女性が棚のものをとろうとして椅子にあがったところ、足もとがよろけ、転倒してしまったのだ。寄る年波が、まず足にあらわれたのである。
 この小さな事件は、女性に相当のショックを与えた。以来、自分の実年齢を気にしはじめたらしい。
 鬼籍に入る4日前、勤め先の工場から帰宅した夫に、女性は神妙に切りだした。
 「大事なお話があります」
 じつは、18歳もサバを読んでいて、結婚したときは55歳、いまは63歳になっている・・・・。
 44歳になっていた夫は、
 「長年連れ添うて、いまさら齢のことはええやないか」
 そう慰めたが、女性はそのまま家出。自決する前日にひょっこり帰宅し、何事もなかったかのように奥四畳半の自分の布団にはいった。そして、夫が寝入ったのを確かめたあと、台所から包丁を持ち出したのである。

   *

 疑問を抱く読者もいるはずだ。入籍したなら、旦那は女性の戸籍をみる機会があったはずだし、当然、実年齢も知ったはずだ。仮にこのとき旦那が女性任せっぱなしだったとしても、旦那が加入する公的年金保険、公的医療保険の被扶養者として女性を加えるために、住民票の写しを添付することはなかったのだろうか。
 旦那はわけのわかった人らしいから万事承知のうえだった、ということはありそうな話だし、旦那が知っていることを知らなかったのは細君だけだった、ということもあり得る。
 細かいことはさておき、現代版『今昔物語(本朝篇世俗)』とでも呼ぶべき『デキゴトロジー』は、世の人の不思議な営みをどっさり発掘してくれた。『デキゴトロジー』は今いずこ?
 
【参考】週間朝日風俗リサーチ特別局『デキゴトロジー vol.1 -ホントだからまいっちゃうの巻-』(新潮社、1983)
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