語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】ヒトの行動の思いがけない理由 ~行動分析学入門(1)~

2010年12月13日 | 心理


【事例1】
(1)行動分析学を講義する著者の授業を履修している女子学生Xは、高校生の弟IP、両親の4人家族である。この一家は、冬はこたつで朝食をとる。IPは、いつもこたつに左手をつっこんで、右手だけで食事する。見苦しいので、親は当然注意する。注意されると、IPは両手で食事し始めるのだが、しばらくするとまた左手をこたつに入れ、片手だけで食べるようになる。親は、また注意する。また左手をこたつから出す。そのうちにまた片手になる。その繰り返しである。これが毎日続く。
(2)IPはなぜ右手だけで食事するのか。親の出した結論は、「行儀が悪い」から、「だらしがない」から、というものであった。
(3)Xは、結論を出す前に、朝食時のIPを毎日観察した。そして、気づいた。この一家の各自が座る位置は、決まっている。IPの座席は、ドアにもっとも近い位置である。ドアの向こうには寒い廊下がある。ドアはIPの左側にある。どの家庭でもそうだが、朝食時はあわただしい。頻繁にドアが開閉される。そのつど、冷たい空気が廊下から部屋に流入する。冷たい空気は、IPの体にまともに当たる。それも左半身から。
(4)Xは、温度計で、家族各自の座席の室温を測定してみた。他の3人の座席と異なり、IPのそれだけ2度低かった。
(5)Xは、IPが寒いから、殊に左半身が寒いから左手をこたつに入れるのではないか、と推定した。
(6)Xは、家族に何も明かさずに、観察した。IPが食事中に両手で食べている時間が合計して何分間あったかを測定した。併せて、1回の食事時間も測定した。4日間観察を続けたところ、、食事時間の20%しか両手で食べていなかった。
(7)寒いから左手をこたつに入れるのであれば、寒くなければ両手で食事するはずだ。そこで、Xは、ストーブをIPの左側、つまりドアとIPとの間に移動させてみた。そして、両手で食事する時間を測定した。すると、常時両手で食事するのであった。
(8)Xは、ストーブをIPの左側から撤去し、元の位置に戻してみた。すると、IPはまた片手で食べ始めた。
(9)Xは、再びストーブをIPの左側に移動させてみた。IPは、再び両手で食事した。

 (1)は、ヒトの行動の問題点である。
 (2)は、「概念的説明」または「心的な説明」であり、行動分析学の学祖B.F.スキナーの忌避するものである。
 (3)および(4)は、一定の観点からする目的をもった観察である。
 (5)は、行動の原因の推定であり、仮説を設定する段階である。
 (6)は、仮説に基づく観察の段階である((6)までは「ベースライン」)。
 (7)は、新しい条件を設けて実験する段階である(「介入」)。
 (8)は、実験の第二段階である。両手で食べるという行動が室温以外に起因する条件(例えば、たまたまその日にIPの彼女が「行儀が悪い」と非難した)を排除する作業である。
 (9)は、実験の第三段階である。ここに至って、対象となった行動(両手で食べる)と行動の原因(室温)との蓋然性がそれ以前よりも高まった。行動の改善という所期の目的が達成可能になった。

【参考】杉山尚子『行動分析学入門 -ヒトの行動の思いがけない理由-』(集英社新書、2005)

     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン