日曜日、日にちは、ちょっと遅くなりましたが、
前住職の祥月命日を家族で勤めました。
最近、年回忌は勤めても、「祥月命日」はお墓参りだけで、仏事を勤められない方が増えました。
お墓参りのついてに、お寺で祥月命日をされてはいかがでしょう?
もし、住職(僧侶)に頼むのが面倒なら、せめて、ご家族一同(子や孫がおられるならば若い世代も加えて)仏前で、
「きょうは、〇〇の祥月命日だから・・・」と、「正信偈」等の「おつとめ」(お経を称える)をなさってくださると、大変尊く、有り難いことです。
さて、前住職は、今年19回忌の祥月命日でした。
先日、寺族婦人研修会のご講師が仰っていたことですが
〇回忌の「忌」を使わずに「会」を使っておられるとか・・・
私たち、今、娑婆(しゃば:煩悩にみちみちて、堪え忍ぶ)世界に生きている者が
覚りの仏さまと成られている故人を縁として、仏前で合掌礼拝させていただき、
わが生き様を振り返る、尊い仏事の集いなのですから、
何となく忌まわしいイメージの「忌」より、集いの「会」(え)が、真宗の御教えには相応しいのかもしれません。
前住職の祥月命日を家族で勤めました。
最近、年回忌は勤めても、「祥月命日」はお墓参りだけで、仏事を勤められない方が増えました。
お墓参りのついてに、お寺で祥月命日をされてはいかがでしょう?
もし、住職(僧侶)に頼むのが面倒なら、せめて、ご家族一同(子や孫がおられるならば若い世代も加えて)仏前で、
「きょうは、〇〇の祥月命日だから・・・」と、「正信偈」等の「おつとめ」(お経を称える)をなさってくださると、大変尊く、有り難いことです。
さて、前住職は、今年19回忌の祥月命日でした。
先日、寺族婦人研修会のご講師が仰っていたことですが
〇回忌の「忌」を使わずに「会」を使っておられるとか・・・
私たち、今、娑婆(しゃば:煩悩にみちみちて、堪え忍ぶ)世界に生きている者が
覚りの仏さまと成られている故人を縁として、仏前で合掌礼拝させていただき、
わが生き様を振り返る、尊い仏事の集いなのですから、
何となく忌まわしいイメージの「忌」より、集いの「会」(え)が、真宗の御教えには相応しいのかもしれません。