お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

我執

2009年09月18日 | 仏教
 「我執」とは、自分の思いに執着することです。

 先日(15日夜)ご覧になられた方も多いと思いますが、
「緊急 世界サミット たけしジャパン」というテレビ番組が非常に面白かった

 あれを見ていたら、たけしさんも言っておられましたが、「戦争はなくならないなあ」と思いましたね。

 自国に誇りを持つことは結構なことですが
 他国を上から目線で見ているのが、ありありですし・・・

 自国、自分の価値観が「常識」で「正しい」と思いこんで、その自分の価値観に外れた他の価値観を決して認めず、攻撃する・・・

 番組内のやりとりを見ていて、あらためて、仏教っていいなあ 有り難いなあ~ と、思いました。

 仏教では
 「全ての いのち は 平等」 と説かれます。

 知能が高い人間、鯨?が、高級な「いのち」なのではなく、牛も豚も鶏も、魚も・・・植物も・・・みんな尊い「いのち」である と。

 その「いのち」を人間の都合で(生きるために食物として)殺して、頂いているという事実。 
 それに対して、「知能の高い人間が食べるのだから、当たり前」と思うのでなく、「申し訳ない、有り難い」という気持をもつこと。

 お互い、自分の価値観、思いに執着するから、争いがおこる。

 それぞれ違っていて当然なのだから、お互いの違いを認め合って、尊重できれば、いいのですが・・・

 自分の愛する者は、大切に思うが、それ以外の者の苦しみには無関心であること。
  なかなか「世界は 皆 同朋」と思えないところが、悲しいことです。

 「我執」から離れるところに(仏さまの心に私の心を合わせる・帰依する)ところに、世界平和があるのでしょう。

 人を責める、人ごとではなく、自分の「我執」の愚かさ・危うさに気づく・・・

 世の中安穏なれ 仏法広まれ   親鸞聖人の言葉です。

 

 

 

 

 
コメント (4)
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