監督:デビッド・フィンチャー 脚本:エリック・ロス 出演:ブラット・ピット ケイト・ブランシェット ティルダ・スウィントン
原作がフィッツジェラルドなのをエンドタイトルで知って、なるほどと思う。アメリカ南部出身の彼のことだから、Tall Talesと呼ばれるほら話の真っ当な系譜のなかに原作はあるのだろう。「ビッグ・フィッシュ」やマーク・トウェインの諸作が、その典型だろうか。
わたしの好きなほら話はこんなの。
大男がつまようじを使っているので「どこで手に入れたんだい?」ときくと「ほら、あっちの崖の上にあった大木を谷底に落としたら、こっちの崖とゴロゴロ行ったり来たりするうちに細くなっちゃったんだよ」
……スケールの大きさがいいでしょ。
「ベンジャミン・バトン~」は、生まれ落ちたときに80才の老人で、次第に若返っていく男の、文字どおり数奇な人生を描いている。第一次世界大戦の戦勝の日から、ハリケーン「カトリーナ」上陸までの80数年間、愛する女性との年齢が交差していく悲喜劇。日本では山田太一が「飛ぶ夢をしばらく見ない」で同じ手をつかっていました。
162分間という作品の長さがなんともいい。ベンジャミンだけでなく、登場人物たちの起伏の多い人生を静かに描くのにぴったり。
名セリフも満載。老人に見えても実は若いベンジャミンが、幼なじみのデイジー(フィッツジェラルドとくれば、この名前ですわね)とベッドの下で遊んでいるときのおばあさんの忠告。
「夜遊びには十年早いですよ」
そりゃそうなんだが、相手はベンジャミンですから。また、自分が子どもになっていくことを恐れるベンジャミンにデイジーは
「人間は、どうせ最後にはオムツをするのよ。」
ベンジャミンの人生が語られるのは、自分の人生は失敗だったのではないかと嘆く娘を、臨終の床でデイジーが励ますためでもある。
「色々な人生があるわ。やり直せない人生なんかない。」
(ネタバレだけど)その娘はベンジャミンの子どもでもある。遠い旅の空から彼女へ送ったベンジャミンの言葉。
「さまざまな価値観があることを、ぜひ知ってほしい」
彼が言うからこそ泣ける。
とんでもないほら話だから、役者が下手だとどうしようもない。ブラピ、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントンという名優たちは、だからこそ思いきり“うまい”演技を見せてくれる。
特にケイト・ブランシェット。ダンサーとしての若い肢体から、50才を過ぎて体型がくずれてからのベッドシーンにいたるまで、いったいどこからがメイクでどこからがCGなの?と感嘆。さすがSK=Ⅱを愛用しているだけあって年齢不詳にもほどがありますっ!
ブラピもすごい。若返りが進み、ある日突然オートバイに乗って現れるあたりの驚きは、美男でなければ出せない凄みだ。
愛する女性の胸の中で、赤子になって臨終を迎えるベンジャミン。ある意味、誰よりも平穏な死を迎えたことになるだろう。フィッツジェラルドには、ついに訪れなかった瞬間だ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます