「『ゴールデン・スランバー』をさ、さっきおまえが寝てる間、ずっと口ずさんでいたんだ」
「子守唄だからか?」直訳すれば、黄金のまどろみ、となるのかもしれないが、歌詞の内容はほとんど子守唄だった。ポール・マッカートニーの搾り出す声で、高らかに歌われるその曲は、不思議な迫力に満ちている。
「出だし、覚えてるか?」と森田森吾は言った後で、冒頭部分を口ずさんだ。
「Once there was a way to get back homeward」
「昔は故郷へ続く道があった、そういう意味合いだっけ?」
「学生の頃、おまえたちと遊んでいた時のことを反射的に、思い出したよ」
「学生時代?」
「帰るべき故郷、って言われるとさ、思い浮かぶのは、あの時の俺たちなんだよ」
……伊坂幸太郎お得意の、仙台の物語。青春を仙台で謳歌しながら、しかしあの頃にはもう戻れないという諦観まで、いつもの伊坂だ。ケネディ暗殺事件をモチーフにしているだけあって、「魔王」以上に政治的な小説だともいえるかもしれない。
仙台で首相の凱旋パレードが行われているちょうどそのとき、旧友に主人公は呼び出される。冒頭のやりとりがあった直後、旧友は「お前は陥れられている。逃げろ、オズワルドにされるぞ」と告げる。実は国家的な陰謀があったと噂されるケネディ暗殺が、オズワルドの単独犯行だと強引に結論づけられ、オズワルドや事件関係者の多くが後に殺され、あるいは不審死していることを指している。事実、旧友は直後に射殺される。
国家という化け物が総掛かりで主人公を追いつめる。彼にアドバンテージがあるとすれば、宅配便の経験があることから仙台の地理に明るいことと、人柄の良さ(笑)だけなのだ。この追跡劇は読ませる。別れた恋人とのかかわりで、青春の残像(この小説、英語題名は“A MEMORY”)をお互いが抱いていることが窮地を脱する伏線になっているあたり、うまい。
登場人物がまた魅力的。特に主人公の父親は泣かせる。息子がこんな事件にまきこまれたとき、父親としてここまで毅然としていられるか、と自問してしまった。
時制を行ったり来たりさせて読者を幻惑させるいつもの手口も、職人芸と言えるレベルまで達している。張った伏線をすべて刈り取り、ちょっとびっくりするぐらい気持ちのいいラストにつなげているのだ。読みおえたら絶対に冒頭を読み返したくなるはず(わたしはやりました)。至福の読書体験。ぜひ。
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