事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「もう年はとれない」「もう過去はいらない」 ダニエル・フリードマン著 創元推理文庫

2016-12-08 | ミステリ

 

最後には常に拳銃にものをいわせて事件を解決してきた元刑事。ダーティハリーなみにクリント・イーストウッドが似合いそうな主人公だけれど、なんとまもなく90歳という設定が泣かせる。同じイーストウッドでも、ハリー・キャラハンではなく、「人生の特等席」「グラン・トリノ」のジジイの方でした。

高齢者がなぜ主人公になりにくいかといえば、まずアクションが成立しない。それどころか恋愛もありえないので、読者が感情移入しにくいわけだ。そのあたりは作者も十分に意識的で、作者の分身的存在の映画評論家をたびたび登場させて、高齢キャラ設定の苦労を解説してくれます。

ミステリとして、お宝探しや意外な真犯人などの趣向がこらしてあってけっこうなのだけれど、それ以上に主人公がユダヤ人である部分が興味深い。警察という封建的な業界で、ユダヤ人であることはそれだけで息ぐるしい。そのために主人公は清廉な正義漢であることを放棄しなければならなくなるあたり、深い。

設定も泣けるのよ。彼は(まだ事情は明かされないが)ひとり息子を失っている。この一節だけは紹介しなくては。

ビリー(孫)が生まれた夜、ブライアン(息子)は青い毛布に包んだ赤ん坊を抱いて分娩室から出てくると、ローズ(妻)とわたしに見せてくれた。

「やあ、坊主」わたしは言った。「じいちゃんだぞ。お前の世話を手伝ってやるからな」

「この子がかわいくてたまんないよ、父さん」そう言ったブライアンの目もうるんでいた。

「人生に生きる目的が欠けていると感じることがあったとしても、そんなふうに感じることはこの先もう二度とないのがわかっただろう」わたしは息子の肩を握りしめた。

「朝ベッドから起き出す原動力がこれだ。残酷で気まぐれな世の中をなんとかしようと努力する理由がこれだ。この子を守ること、お前がいるのはそのためだ。安全に過ごさせて、ぜったいに一人じゃないとちゃんとわからせてやるんだ」

「そうだね、父さん。そのとおりだと思うよ」

わたしは上着のポケットからウィスキーのフラスクを出した。大きく一口あおって、フラスクを息子に渡した。「ああ、おれはその気持ちを知ってる」

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