陶然とする。死ぬまでに、あと何本のスピルバーグ作品を見ることができるのか、とまで考える。いっしょに見ていた妻は
「これを一年の最初に見ちゃったら、次に苦労するわね」
まったくです。
スピルバーグの映画は、いつも上手に撮ってあることは確かだけれど、妙にあざとい部分があったのも否定できない。でももうこの作品ぐらいになると、悠揚たる雰囲気が(それはヤヌス・カミンスキーの撮影によるところが大きいはず)横溢し、あっという間に作品を仕上げる手管もあって、イーストウッドとともに名人級といえる。っていうかほんと名人。
大好きなスパイ映画ではあるけれど、007やナポレオン・ソロ、ましてやキングスマンとは対極にある、地味なエスピオナージュもの。ル・カレやグレアム・グリーンの世界に近い。
捕獲したソ連のスパイ(マーク・ライランス)と、撃墜された米軍のパイロット(「セッション」で主人公とはりあったオースティン・ストウェル)の交換のお話。スパイものとして異色なのは、この交換を仲介したのがまったくの民間人、保険業専門の弁護士(トム・ハンクス)だったことだ。
東ベルリンに乗りこんだものの、ヤンキー(じゃないか)どもにコートを奪われ、鼻をぐしゅぐしゅいわせながら交渉する主人公に、ヒーローのオーラはまったくない。しかし、ラストで思い切り感動させてくれる。そうきたかあ。
練りに練られた脚本(書いたのはなんとコーエン兄弟!)、陰影が特徴的なカミンスキーの画調、切れ味鋭いスピルバーグの演出、そして彼でなければ達成できないトム・ハンクスの演技……しかししかし、それ以上にこの映画を傑作たらしめたのは、ソ連のスパイを演じたマーク・ライランスのおかげだろう。
「きみは、不安じゃないのか」
「それ(不安)は役に立つのか?」
感情をまったく見せない彼が、一度だけ激情を爆発させた瞬間……すばらしい。これ以上の映画に、今年ほんとうに会えるのかしら。
最新の画像[もっと見る]
-
「落語速記はいかに文学を変えたか」櫻庭由紀子著 淡交社 2日前
-
日本の警察 その146 警視庁いきもの係 大倉崇裕著 講談社 2日前
-
今月の訃報2024年6月号PART3 佐々木昭一郎 88歳没 4日前
-
今月の訃報2024年6月号PART2 梁石日(ヤン・ソギル) 87歳没 6日前
-
今月の訃報2024年6月号PART1 ドナルド・サザーランド 88歳没 7日前
-
「ミステリ作家の自分でガイド」本格ミステリ作家クラブ編 原書房 1週間前
-
今月の名言2024年6月号PART2 わたしは35才 1週間前
-
光る君へ 第26回「いけにえの姫」 2週間前
-
「還暦不行届」安野モヨコ著 祥伝社 2週間前
-
あじさい2024 2週間前
「洋画」カテゴリの最新記事
史劇を愉しむ その36章「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」The Iron Lady(...
「355」The 355(2022 ユニバーサル)
ヘアーの不毛 その17「ニンフォマニアック」Nymphomaniac(2014 ブロードメディア)
「特攻サンダーボルト作戦」Raid on Entebbe(1977 日本ヘラルド)
「わたしを離さないで」Never Let Me Go(2010 FOXサーチライト)
「続・激突!カージャック」The Sugarland Express(1974 ユニバーサル)
「ガール・オン・ザ・トレイン」 The Girl on the Train(2016 ユニバーサル)
「マーベラス」The Protégé(2021 ライオンズゲート)
「ザリガニの鳴くところ」Where the Crawdads Sing(2022 SONY)
史劇を愉しむ その35章「リトル・ブッダ」Little Buddha(1993 ミラマックス)
ロビーがやたら混んでてもしかしたら
そこにご夫婦でいらしていたのかもしれませんね。
「母と暮せば」は原爆の所から涙止まらなくて…。
「ブリッジ…」は1/23に鑑賞予定です!
あのロビーにいました。
妖怪ウォッチの客がかぶるかぶる(笑)
招待券を忘れて「どわっ」と思ったけれど、モギリの
おじさんから
「あの……50才以上のご夫婦ですと……」
ありがたい話です。
すばらしい映画なのでぜひ見てね。
んなことを言いながら、わたしは山田洋次が苦手
なので「母と暮らせば」はちょっとなんだけどさ(^_^;)
何度か使われる遣り取りでした。スパイの言葉だけに、リアルでした。
ソ連のスパイが好い味をかもしてました。^^
まったく役に立つはずのない芸術家を妻に
していることを考えると、最初からあんな
性格ではなかったはず。
スパイとしての生活がそう彼を変えていった
んでしょう。怖い怖い。