泣ける、との評判でヒット中なのだそうだ。確かに館内では鼻をすすりあげる音が盛大に聞こえてきた。でも、でもこの話で“泣ける”かなあ。
主人公は、子どもの頃から物事に熱中するとまわりが見えなくなるタイプ。あこがれの女性と見合い結婚し、りんご農家を継ぐ。
農薬散布は必須の作業だけれど、妻は農薬に過敏な体質で、そのたびに寝込んだりじんましんが出たりする。一念発起した主人公は、そのために無農薬でりんごを栽培しようと……あれ?こうまとめるといい話だ。
でもね、彼は無農薬にこだわるあまり(妻をしあわせにしたいという当初の目的をおそらくは忘れて)、家計やご近所の迷惑も省みずに突っ走り、三人の娘もふくめて貧乏のどん底に沈むのだ。
結果的に彼は無農薬栽培に成功したから『奇跡のリンゴ』(スティーブ・ジョブズのお話ではありませんよ)として称揚される。でも一歩まちがえば単なる「かまどけし」であり、自己満足のために家族を犠牲にしたと指弾されてもしかたがない状況にあったでしょう?
いいじゃないかこれは映画なんだから。一種のファンタジーとして楽しめばいいのでは?という理屈はもちろん成立する。でもね、農村に生まれ育った身からすると、おそらくは、映画で描かれた以上に主人公は地域からつまはじきにされたであろうことが容易に想像でき、息がつまる。
ある方法で無農薬栽培に成功したはいい。しかしその方法にご近所が耐えられるのか?おれはりんごが病気になってしまう“あの作業”を柿畑で先週もやっちゃったよ
阿部サダヲという、愛敬のかたまりである俳優を起用してもこんなことが気になるのだ。これでシリアスで被害者っぽい役者を使っていたら目も当てられない映画になっていただろう。
聖母的な妻である菅野美穂、理解ありまくりの義父を演じる山崎努、いずれもすばらしいけれど、そんなアンサンブルのおかげでようやく見通すことができたわたしはやっぱりひねくれ者なのだろうか。手練れの中村義洋にしては脚本もこなれてないし。
そういう客がこの映画を選んだのがよくない?そりゃそうだ。わたしだって実は見るつもりはなかったのである。でも、わたしが行った回だけ「オブリビオン」が機器調整のために上映中止になってたんですもの!