陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

リング・ラードナー 「金婚旅行」その6.

2007-10-26 23:09:58 | 翻訳
第六回

 飯をすませたところでわしらはふたりを家に連れてくることにした。みんなで居間でくつろいだんだが、その部屋はわしらにお客があるようなときには、家主の未亡人が使わせてくれるのさ。わしらがあのころの話を始めたんで、かあさんは、わたしたち三人の昔話を聞いてる奥さんは、さぞかし退屈でしょう、と心配していたんだが、ところがどっこい、ハーツェルのかみさんが話に入ってきたら、もうだれも口を開けるチャンスなんぞはなくなってしまうんだ。わしもおしゃべりがちと過ぎるような女はずいぶん見てきたが、あのかみさんは、そういった女どもが束になったところで、かないっこないぐらいのものだった。わしらにミシガン州に住む自分の一族の家系を細々としゃべくるわ、息子の自慢を延々と半時間がとこ続けて、グランド・ラピッズで薬屋をやっておるだの、ロータリークラブの会員だのと教えてくれたのさ。

 そのうちわしとハーツェルがやっとのことで割りこめたんで、わしらはさかんに冗談を言い合った。で、わしはやっこさんが馬医者だということをカモにしてやったんだ。

「ところでフランク、おまえさんはずいぶん景気が良さそうだが、ヒルズデイルあたりじゃ馬鼻疽病はずいぶん流行っとるらしいな」

「まあどうにかこうにか人並みにおまんまはいただいてはおるがね。それも身を粉にして働いたおかげだな」

「そうともさ」とわし。「おまえさんのことだから、夜中の何時だって、馬のお産だ、なんだ、と呼び出されるんだろうな」

 そこまででかあさんはわしを黙らせたがな。

 ともかくふたりはいっかな帰りそうにないもんで、わしもかあさんも、何とか起きていようとみじめなありさまだった。なにしろわしらはたいがい、昼飯のあとは昼寝をすることにしておったからな。やっと帰ってくれたんだが、その前に、また明日の午前も公園で会おう、という約束をしたんだ。ハーツェルのかみさんの方が、うちにファイヴ・ハンドレッドをやりにいらして、と言ったんだが、そう言った本人がその晩にミシガン州人会があるのを忘れておって、結局二日後の晩に、わしらははじめてトランプの手合わせをやることになった。

 ハーツェルとかみさんは北三番街の家に住んでおったんだが、そこには寝室よりほかに、特別にしつらえられた個室もあった。ハーツェルのかみさんは、その部屋がどれだけすばらしいか、しゃべり出したらどうにもとまらなくなったよ。わしら四人はトランプを始めたんだが、かあさんとハーツェル、わしとハーツェルのかみさんがそれぞれ組んだ。そのハーツェルのかみさんときたら、まったくひどいもので、わしの組はさんざんな目にあった。

 ゲームのあとで、ハーツェルのかみさんがオレンジののった皿を持ってきたから、わしらはしょうことなしに、喜んでいるようなふりをしなきゃならんかったよ。フロリダあたりのオレンジは、若い衆の髭のようなもんでな。最初のうちは悪くない、と思っておっても、じきに持て余してわずらわしいだけになるものなのさ。

 翌日の晩は、こんどはわしらの家でトランプをやって、また同じ組み合わせ、そうしておんなじようにハーツェルのかみさんがまたやられた。かあさんとハーツェルは、わたしたち、なんてすばらしい組なんでしょう、とかなんとか、互いを褒めそやしておったが、実のところ、ここまでうまく行った秘密はよくわかっておったと思う。全部合わせて十日ほどはやったにちがいないんだが、ハーツェルのかみさんとわしの組が勝ったのは、たった一晩だけだった。その夜だけは、ヘマをしなかったからな。

 そこに二週間ほどいたんだが、ある夕方、わしらはハーツェル夫妻に招かれて、会衆派教会に行った。ミシガン州デトロイトから来た人が、「どうして私はおしゃべりから足を洗ったか」という話をした。講演者は大柄な男で、ロータリークラブの会員でもあり、なかなか気の利いた話をする人物でもあった。

ほかにも、オクスフォードというご婦人が歌を何曲か歌ったんだが、ハーツェルのかみさんの話では、なんでもオペラのなかに出てくる歌らしかった。だが、なんにせよ、うちの娘のエディなら、もっと上手に、おまけにあんな大騒ぎをすることもなく、やったと思うよ。

 それからグランド・ラピッズから来た腹話術師が腹話術をやってみせて、そのあと四十五歳の若いご婦人が、いろんな鳥の鳴き真似をやった。わしはかあさんにこっそり言ってやったよ。どれもヒヨコに聞こえるな、とね。かあさんはわしをつついて、黙らせたんだ。

 ともかくこの出し物が終わって、わしらはドラッグストアに寄ると、清涼飲料水を飲んでから帰ったんだが、結局寝床に入ったのは夜中の十時をまわっとったよ。かあさんとわしは映画でも見に行ったほうがよほど良かったんだが、かあさんは、ハーツェルの奥さんの機嫌を悪くするようなことをしちゃダメ、と言う。だからわしは聞いてやった。それなら、わしらはあのミシガン出身のおしゃべりばあさんを怒らせないために、わざわざフロリダくんだりまで来たのかね、とな。

 ある日の午前は、ハーツェルに気の毒なことをしてしまった。女たちが連れだって足治療医のところへ出かけたところ、公園でハーツェルに出くわしたんだ。すると、やっこさん、向こう見ずにもわしにチェッカーを挑んだじゃないか。

 やろうと言い出したのはやっこさんで、わしじゃない、ともかく一ゲームも終わらないうちに、やっこさん、後悔したにちがいないね。だがやつも頑固で、まいったとも言わないまま続けるものだから、わしは立て続けに負かしてやった。おまけにもっと悪いことに、わしがチェッカーを始めると、大勢の人間が見物に来るのがつねなんだが、そのときもみんなが見ていたんだ。とうとうフランクがヘマをやるのを見て、連中がからかったり、批評を始めたりしだしたんだ。こんな具合にな。

「それでチェッカーをやってるなんて言えるのかねえ」

だの

「円盤投げならできるかもしれんが、チェッカーはなあ」

なんてことだよ。

 わしとしては、なんとか二ゲームくらいなら勝たしてやっても良かったんだがな。だが見物人がいるんじゃ、すぐに八百長が知れてしまうからな。

(この項つづく)


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