陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

陰陽師的2006年占い

2005-12-31 21:25:31 | weblog
わたしは占いがキライだ、と、昨年ここで書いた。
いまでももちろん好きになったわけではないのだが、考えてみれば日常的に似たようなことをやっているのである(「はぁん……。この文章じゃちょっと××は辛いなぁ」)。ここでやってみるのも一興だろう。

一応星占いの分類に従っているけれど、これは一切占星術とは関係ない。
以下の占いは、わたしの観察の結果、導き出されたものである。
各星座のキーワードが、おそらくは来年のあなたを救ってくれることもあるかもしれない可能性は決して否定できないはずである。


【牡羊座】2006年のキーワード:親切は必ずしも報われるわけではない
とても親切なあなたは、目の前の困っている人を放っておけません。ところが電車で目の前に小さなおじいさんがきて、席を譲ろうとすると「わしはそんな歳じゃない! 失礼な!」と怒鳴られることがあるかもしれません。そういうとき、このキーワードを思い出してください。降りるとき一緒におじいさんをかついでホームに放りだしたくなる衝動は十分に理解できますが、実行してはいけません。

【牡牛座】2006年のキーワード:モノを捨てる
あなたの家はものでいっぱいです。もちろんです。それはすべてあなたが生きてきた証です。でも周囲を見回してください。詰め込みすぎて開かなくなった引き出し、うずたかく積み上げられていまにも崩れそうな雑誌、空き瓶のなかの輪ゴムやペーパークリップ、冷凍庫の中には正体不明のタッパーウェアはありませんか? 2006年には新しいモノをひとつ持ち込む際には、古いモノをふたつ捨てることにしてください。1月1日から、それがムリなら2日から……少なくとも、12月31日までには。

【双子座】2006年のキーワード:モノを大切にする
世の中は新製品のニュースでいっぱいです。新しい型の車。新しいデザインのブーツ。新しいパソコン。iPodだってつぎつぎニューバージョンが出ます。でもちょっと待って。最新型はあっというまにつぎの最新型に取って代わられます。その「最新型」は、つぎに改良される前の、出来の悪い「つなぎ」かもしれません。どうせ中身はたいして変わりはしないのです。「新製品? まだそんなことを言ってるの? フッ」と肩をすくめて笑って、いま使っているモノを大切にしましょう。

【蟹座】2006年のキーワード:蓄財の精神に目覚める
ほしい、と思うものは、まちがいなく必要のないモノです。ほんとうに必要なモノなら、あなたはすでに買っているはずだからです。耳元で買え、買えと囁く物欲番長に屈してはなりません。お金には「使う」「払う」よりほかに動詞があることを学びましょう。「作る」、「稼ぐ」、「貯める」、「使わない」(「払わない」は犯罪に結びつく可能性が高いので、やめておきましょう)。

【獅子座】2006年のキーワード:神は細部に宿る
あなたの家の冷蔵庫をよく見てください。捨てるには惜しいけれど、いざ食べるとなるとちょっと、という残り物や半端物がずいぶんありませんか? 冷凍庫になると、さらにそれは「そこにしまう」ことが目的となっている可能性があります。あなたがもし神の存在を信じているのなら、このキーワードを思い出してください。神はおそらく三ヶ月前のガチガチに凍ったひじきの煮付けの残りのなかに宿りたくはないはずです。冷蔵庫のモノの出入りのチェックはお忘れなく。

【乙女座】2006年のキーワード:細かいことにこだわらない
長年使っているモノに対しては、あなたは、必要以上にそのモノに愛着を抱いていませんか? いつも身近にあり、それが同じモノ、あるいは同じブランド、同じ型であれば、人生に連続性が与えられるような気がします。だから、もしかしたらあなたはお気に入りの消しゴムを(あるいはヘアブラシを、靴クリームを)見つけるたびに買ってくるので、家にはそれが17個あるかもしれません。でも、大丈夫。あなたの人生に連続性を与えているのは、あなた自身です。MONO NONDUST消しゴムが手元になくなったからといって、世界が終わるわけではありません。

【天秤座】2006年のキーワード:自分が知らないことを他人が知っているわけではない
Webの検索機能のおかげで、おどろくほどさまざまな情報を容易に知ることができるようになりました。「マルホランド・ドライブ」をたとえぼけーっと見ていて店の裏の一瞬のショットを見逃したとしても、検索すればあらましを知ることができます。それでも「父方の叔母さんの結婚相手の“ヒロシ”という漢字は弘だったか博だったか宏だったか」という疑問に他人が答えてくれる可能性は限りなく低いことを知りましょう。

【蠍座】2006年のキーワード:自分が知らないことをみなが知らないわけではない
自分が知らないことは他人も知らない、自分が読めない漢字は他人も読めない、自分が書けない英語のつづりは他人も書けない、ということは、決してありません。それどころか、それを知らないのは、もしかしたらあなただけかもしれません。人に聞いて恥をかくまえに、辞書を引きましょう。
「グッドタステ? これ、どういう意味?」
「知らへん」
「新製品ちゃうの? よいタステ」
隣で聞いている人間が辞書をぶつけてやろうかと思っているかもしれません。(ちなみに実話。紙コップに書いてあったのは"good taste"という文字)

【射手座】2006年のキーワード:うまい話に注意
「全品売り尽くしセール」と書いてあったら、それはたいしたセールではありません。件名に女性名の書いてあるメールはスパムで、儲け話はマルチ商法です。自分が儲けることに一生懸命な人は、あなたのことを誘ってはくれませんし、あなたを誘ってくれる人は、あなたと楽しみたいから、もしくはあなたから金をはき出させたいからで、儲けさせてあげたいわけではないのです。

【山羊座】2006年のキーワード:忘れ物に注意
何か忘れているのではないだろうか、と思ったら、まちがいありません。必ず何か忘れています。忘れていないかどうか考えることさえ忘れるかもしれません。ですからこのキーワードは熟読しておいてください。歯は磨きましたか? 鍵は持ちましたか? ちゃんと靴をはいてますか? メールを出さなければならない人を忘れていませんか? 思い出したら、即実行。あとでやろう、は禁物です。まちがいなく、また忘れてしまいます。

【水瓶座】2006年のキーワード:新しいことを学ぶ
指を折らずに数を数えるとか、ペルシャ語でスイカはヘンダワネというとか、椅子に坐ってぼんやりとするとかの新しいことを学ぶのがいいでしょう。こうしたことは、一見無駄にも見えますが、けっしてそんなことはありません。たいせつなのは、人生にできるだけの新鮮さを加えることです。高い山に登ることやインドを放浪することも、生きるすばらしさを思い出させてくれるでしょうが、新しい画家をひとり知ることも、負けないくらい人生を豊かにしてくれます。

【魚座】2006年のキーワード:経験から学ぶ
あなたが選んで並んだレジは、一番遅いレジで、同じ失敗は何度でも繰り返します。誤ったことをして、あとで謝罪しても、それをなかったことにすることはできません。あなたはこうしたことをすでに経験から学んでいるはずです。経験は、たいがいのことに「答え」などないことを教えてくれますが、それでも答えを知っているかのようにふるまうことが大切です。

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明日はせっかくのお休みなので、ネコのように怠惰にすごすつもりです。"Live at Budokan"のDVDも買ったし、DVD見て、あとは本の整理をしていたら出てきたディックの『ユービック』でも読んで、ほかはなーんにもしないつもりです。

ほんとはリリアン・ヘルマン、部分的にずいぶんおかしなことを書いているし(なんで書いてるときは視野狭窄になってるって気がつかないんだろう)、書き直さなきゃいけないとも思ってるんですが。まぁそれはまた後日、ということで。

ということで、みなさま、よいお年を!
「陰陽師的日常」は、2日からまた再開します。

みなさまにとって、2006年がすばらしい年でありますように。

 椎茸と昆布で年越しそばのだしをとりながら
  陰陽師 拝

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
謹賀新年 (arare)
2006-01-01 02:44:53
おめでとうございます。新年早々から笑わかせてもらいました。



「ほしい、と思うものは、まちがいなく必要のないモノです」は、なるほどそうですね。私が欲しいと思って買ったもののほとんどは、無くても生活に困らないものです。ただ、私の知的好奇心を満足させてくれるということが、買うことを正当化させてくれます。





「親切は必ずしも報われるわけではない」というのは、つい先頃、経験しました。報われなくてもするのが本当の善でしょうけど、私は善人にはなれません。



「新しいことを学ぶ」は、一見無駄に思える知識でも役に立つことがあるというわけですね。ではこういうのはご存じでしょうか。



・ギリシャ語では魚のタラを「バカヤロ」と呼ぶ。



・「去年今年」は新年の季語だが、「去年」、「今年」だけでも新年の季語である。



今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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あけましておめでとうございます (陰陽師)
2006-01-01 09:07:47
arareさん、あけましておめでとうございます。



曇っていたのでベランダから初日の出は見えなかったけれど、いましがた初日は拝んできた陰陽師でございます。



一応これは占いでございますから、



> 笑わかせ



がおもな目的ではないのです(多少、狙ってはおりますが)。



笑っていただいたのは大変うれしゅうございますが、加えて「当たっているか」「まったく的はずれ」かを教えていただければ、今後の参考になりますので、なにとぞよろしくお願いいたします。



ただ、一年通しての占いでございますので、いまたちまち、ご覧になっていらっしゃるかたが、

「冷酷無比の牡羊座」



「倹約型の蟹座」



「博覧強記、知らないことはなにもない蠍座」



「ものすごく記憶力の良い山羊座」



であったとしても、365日のなかでは



「つい目の前で転んだ子供を助け起こしてしまって“図書館で走るんじゃない”とたしなめたら、“うざい! ジジィ!”と毒づかれた」



「ああ、また物欲番長の誘惑に屈してしまってBOSEのスピーカーを買ってしまった」



「アナンダ・チャクラバーティの名前を知らなかった!」



「十三年と七ヶ月と六日前、自分が晩ゴハンに何を食べたか思い出せない! 十三年と七ヶ月と七日前の分は思い出せるのに!」



という事態に遭遇しないとも限りません。

「当たっていない」というご批判をなさりたい場合は、その点をいまいちどお考えくださるよう、お願いいたします。



なお、この「占い」は「観察の結果」に基づいております。各々の「星座」にはモデルとなる人物がおります。わたし自身をモデルにした項目もございます。



***



> 報われなくてもするのが本当の善でしょうけど



これはむずかしゅうございますね。

「報われなかったが自分はそれでも気にしない、こういう自分は本当の善人だ」と自己満足に浸っている人が「本当の善人」かどうかはかなり疑問と言わざるを得ませんし、そもそも「本当の善人」が自分を善人と評価するかどうか、という問題もあります。



結局はどこまでいっても人間はこの「自意識」という厄介なものとは縁が切れないのかもしれませんね。

せいぜい「えへっ、自分だってけっこういいとこもあるじゃん(はぁと)」ぐらいが相応なのではないか、という気もいたします。 



> ・ギリシャ語では魚のタラを「バカヤロ」と呼ぶ。



では、海に向かって「バカヤロー」と叫ぶ日本人を、ギリシャ人は「あっ、魚屋さん(あるいは漁師さん)だ」と思って見てらっしゃるわけですね。



勉強になりました。

ありがとうございました。



本年もなにとぞよろしくお願いいたします。
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あけましておめでとうございます (ゆふ)
2006-01-01 14:23:20
獅子座のゆふです。



我が家の冷蔵庫に余分なものは一切ありません。そのかわり、必要なものもありません。占いがあたってるかどうかはわかりません。



参考にしたいのは「モノを大切にする」と「蓄財の精神に目覚める」です。諸事情から暮れにパソコンの買い替えをしましたが、先に読んでたら買わないですんでたかもしれません。「払わない」のはやっぱり駄目でしょうか。PCの新製品情報はこれから見ないようにします。アマゾンで買わなくてごめんなさい。神は財布に宿る。





>経験から学ぶ

一旦レジに並んだら、むやみに列を移動しないことです。あ、やっぱりあっちの方が早そうだって別の列に並び直すとロクなことはありません。たいがい最初に並んでた方が早く進みます。





>椎茸と昆布で年越しそばのだしをとりながら

文章だけ読んでると、料理がすごーくうまいんだろうなって思いますけど、私の誤読じゃないですよね。



そういえば、別のところに書いてあったことですけど



>基本的に、「能書きたれ」なんで、絵もピアノも、全然自分がやるほうはたいしたことないです

え? そうなんですか、てっきりプロ級かと。 「ひとりよがりな読み方」をしてしまいスイマセン。



>もちろん八方がつかないほうのそれでもないけれど

え? そうなんですか。文章が醸し出す雰囲気から逆のことを想像してました。「自分勝手な読み方」をしてしまいごめんなさい。



ということで、自分は、文章の読み方が根本的にまちがっているような気がしてきました。どうしたらいいでしょうか。

(困り度2。でも答えなくていいです)

返信する
今年もよろしくお願いします (陰陽師)
2006-01-01 22:37:00
ゆふさん、あけましておめでとうございます。



申し訳ございません。



「獅子座」に該当する人間を、わたしはこれまでにひとりしか知らず、その人物がかつて冷蔵庫の話をしていたのを思い出したので、このような内容の文章になったのです。大変料理のうまいイギリス人だったのですが(どこかでじゃがいもがイギリスの主食ではないか、という話を聞いた、と書いた記憶があるのですが、その話を聞かせてくれたのがこの人です)、その人の家の冷蔵庫が実際にこのようなものであったかどうかは存じ上げません。



ただ楽屋裏をお話しすれば、ここらへんはネタに困って、苦し紛れに捏造した部分でこざいます。十二本、オチのある話を書くのは、いささか苦労いたしました。これなら血液型でいけば良かった……と、思ったものでございます。



ゆふさんが「獅子座」であるとわかれば、またちがうネタで書いたかと思います。かくなるうえは臥薪嘗胆、今年の年末、ふたたび挑戦してみましょう(覚えていれば、の話ですが)。ネタの提供、今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。



> 神は財布に宿る。



けだし名言でございます。2007年占いでは、どこかで使わせていただければ幸いに思います。



***



ここからマジレスなんですが「読み」「誤読」の問題に関しては、わたし自身、すごくぶれてる。自分のなかでどう考えたらいいだろう、って、未だにあっちへいったり、こっちへいったりしている部分なんです。



「読み手」ということから考えていけば、「誤読」なんてものはそもそも存在しない、って思うんですよね。「読み手」というのは自由じゃなきゃいけないし、「読み手の自由」を束縛するような文章っていうのは、良くない文章だ、みたいに思っている。



その一方で、「書き手」であるわたしは、やはり読んでほしい、読みとってほしい部分っていうのは、あきらかにあるんです。ここを読んでほしい、っていう部分を読んでもらったとき、っていうのは、ほんとうに、書いて良かった、って思います。



何か、自分の中でまだうまく整理がついてないなーって。まぁそこらへんのことはぼちぼち本を読んでるんで、もうちょっとまとまったら、また書いてみたいと思っています。



ただね、コミュニケーションという観点から言えば、やはりわたしたちは人と話をするとき、いつも、言葉に表れた意味をもちろん受け取るけれど、それ以上に、この人は何を思ってこんなことを言ってるんだろう、みたいに、常に考えてる。



メールのやりとりにしたって、こういう場所でのやりとりだってそうですよね。

わたしたちはいつも書いてある文章の内容を超えて、なんとかその人の輪郭をとらえようとするし、その人の「意図」を知りたいと思う。



だから、文字面だけを追ったら、同じことが書いてあったとしても、受ける印象は人によってまったくちがうんです。何を言うか、ではなく、誰が言うか、であり、どういう意図のもとに言っているか、なんですね。



表面に表れた文章の意味の把握、というレベルでなくて、その背後の「意図」を読み損なう、なんてしょっちゅうあるわけです、というか、それがピタッと合う方がめずらしい。めずらしいからこそ、たまたま合ったとき、ああ、気持が通じたんだ、ってほんとうにうれしくなる。

わたしたちは、互いに誤解しながら、相手の意図を読み損ないながら、結局は、この「ピタッ」とくる感じを求めてるんだと思うんです。



ずれてたら、そのときはわからなくても、だんだんかみ合わなくなって、あれ? みたいになってくる。

そこで、軌道修正する。アプローチを変えてみたりね。



だから、「誤読」っていってしまえば、わたしたちは自分ではない人間が書いた文章を、絶対に完全には理解できない。誤読しかできない。

それでも、相手は何を考えているんだろう、この人はどういう人なんだろう、って考えながら、読んでいくしかないんだと思います。



ただたまに、まったく軌道修正しない人がいる。なんでだろう、と思うわけです。かみ合ってないよ、ってサインをこっちが出しているのに、気がつかない。

そういうので、たまにいらだったりしちゃうんですが、そういうのはよくないね。自分でも恥じてはいるんですが。



>> 椎茸と昆布で年越しそばのだしをとりながら



あはは、ゆふさん、料理しない人でしょ?

これ、ただ鍋に張った水の中に昆布と干し椎茸を放りこんでた、っていうだけです。昨日はこのブログをアップしてから、椎茸を煮て、そのあとつゆをつくりました。「かえし」を作るほど、本格的じゃありません。



> 料理がすごーくうまいんだろうなって思いますけど



どうもありがとうございます。うまいかどうか、比較の対象が身近にいないからよくわからないんですが(母親に較べると全然ダメ。なんでだろうな。味がふたまわりくらい母の方がシャープなんですよね)、包丁使うのは、ヘタです。切ったり、皮剥いたりするのは激しくヘタ。毎日やってるくせに、ちっともうまくならない。不器用なんです。



わたし、好きなことしかやりたくないんですね。料理も義務にならないように、本を見て、おもしろそうなのを作る。だから、本はいつも必要ですが、変わった料理はけっこう作れます。クスクスとかハバーダとか。

まぁたいていは魚を煮て、ほうれんそうのおひたし作って、ゴハン食べたりしてますが。



> 文章が醸し出す雰囲気から逆のことを想像してました。



これまたどうもありがとうございます。どんな想像をなさってくださってるのか、ちょっと不安になってきました。どこかでそんなふうなこと、書きましたっけ(冷や汗)。

現実は、地味というか論外というか箸にも棒にもかからないというか、いわゆるそうした評価の対象にはならないんじゃないでしょうか。たぶんそんなところだと思うな。ま、いいんですけどね、あんまりそんなことは気にしたことがないから。



いや、たぶんこういうことは書いたことないと思うんで、「文章の読み方が根本的にまちがっているような」ことではないと思います。



ただ「誤読」の問題は、また項を改めて考えてみたいと思います。

そのときはまたよろしく。
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