その5.
メドノウじいさんは、トカゲのような舌で唇をなめまわしながら、長いことビンをながめていた。やがて元の位置に戻ると、いつもどおり、年寄りらしい、甲高い声で話を始めた。
「こりゃいったい何じゃろうか。オスかメスか、それともただのありふれたものなんじゃろうか。わしはときどき、夜中に目を覚まして、敷物の上で寝返りを打ちながら、あのビンのことを考えるんじゃ。真っ暗い中で、長いことな。あれのことを考える。アルコールのなかで、安らかに、カキの身みたいに青白くて。ときに、ばあさんを起こして、いっしょに考えることもあるんじゃ……」
話をしながら、老人はパントマイムでもやっているかのように、ふるえる指を動かしていた。みんながその太い親指が左右にくねり、ほかの四本の大きな爪の指がひらひらと動くのをじっと見ていた。
「…わしらふたり、そこに寝ころがって考えたんだ。そしたらふるえがきた。そりゃ暑い夜だった。木も汗ばむし、蚊だって暑すぎて飛べないぐらい暑い夜だったんじゃぞ。なのに、わしらはおんなじようにふるえたんじゃ。寝返りを打って、なんとか眠ろうとしたんじゃが……」
じいさんは口をつぐんだ。ここまで言えば十分じゃろう、この驚きも、恐ろしさも、不思議さも、誰かほかの者が語ってくれ、とでもいわんばかりに。
ウィロウ沼地から来たジューク・マーマーが、膝頭にのせていたてのひらの汗をぬぐって、低い声で話した。
「おれがまだ鼻を垂らした小僧だったころのことだ。ネコを飼ってたんだが、そいつときたら、年がら年中、仔ばかり産むんだ。なんとまあ、こいつはどんなときだろうがはね回るわ、垣根は飛び越えるわで――」ジュークはどこか敬虔な口調で語った。「仔はよそにあげていたんだが、また産気づいた。うちの近所の家という家には、うちのネコが一匹や二匹、いるようなことになってたっていうのに。
「そこでおふくろは裏のポーチに10リットルほど入る、大きなガラスビンを用意して、水をいっぱい入れた。おふくろは言ったんだ。『ジューク、子猫を沈めとくれ!』ってね。おれはいまでもよく覚えてるんだが、そこにじっと突っ立ったままだった。子猫たちはみゃーみゃー鳴きながら走り回ってる。まだ目が見えなくて、ちっぽけで弱々しくて、何かおかしな感じだった。ちょうど、目が開きかけたぐらいのころだ。おれはおふくろに目を遣った。おれは言ったんだ。『いやだよ、かあちゃん、やってよ』って。だけどおふくろは青ざめてしまって、誰かがやらなきゃいけないし、ここにはおまえしかいないんだよ、って言った。そのまま、肉のスープをかきまわしたり、鶏の面倒を見なきゃならない、とか言って、行ってしまった。おれは――おれは、いっぴきつかまえた――子猫をな。手に取った。あったかかったよ。みゃーみゃー言ってる。逃げ出したかった。二度と帰らなくていいところへ」
(この項つづく)
メドノウじいさんは、トカゲのような舌で唇をなめまわしながら、長いことビンをながめていた。やがて元の位置に戻ると、いつもどおり、年寄りらしい、甲高い声で話を始めた。
「こりゃいったい何じゃろうか。オスかメスか、それともただのありふれたものなんじゃろうか。わしはときどき、夜中に目を覚まして、敷物の上で寝返りを打ちながら、あのビンのことを考えるんじゃ。真っ暗い中で、長いことな。あれのことを考える。アルコールのなかで、安らかに、カキの身みたいに青白くて。ときに、ばあさんを起こして、いっしょに考えることもあるんじゃ……」
話をしながら、老人はパントマイムでもやっているかのように、ふるえる指を動かしていた。みんながその太い親指が左右にくねり、ほかの四本の大きな爪の指がひらひらと動くのをじっと見ていた。
「…わしらふたり、そこに寝ころがって考えたんだ。そしたらふるえがきた。そりゃ暑い夜だった。木も汗ばむし、蚊だって暑すぎて飛べないぐらい暑い夜だったんじゃぞ。なのに、わしらはおんなじようにふるえたんじゃ。寝返りを打って、なんとか眠ろうとしたんじゃが……」
じいさんは口をつぐんだ。ここまで言えば十分じゃろう、この驚きも、恐ろしさも、不思議さも、誰かほかの者が語ってくれ、とでもいわんばかりに。
ウィロウ沼地から来たジューク・マーマーが、膝頭にのせていたてのひらの汗をぬぐって、低い声で話した。
「おれがまだ鼻を垂らした小僧だったころのことだ。ネコを飼ってたんだが、そいつときたら、年がら年中、仔ばかり産むんだ。なんとまあ、こいつはどんなときだろうがはね回るわ、垣根は飛び越えるわで――」ジュークはどこか敬虔な口調で語った。「仔はよそにあげていたんだが、また産気づいた。うちの近所の家という家には、うちのネコが一匹や二匹、いるようなことになってたっていうのに。
「そこでおふくろは裏のポーチに10リットルほど入る、大きなガラスビンを用意して、水をいっぱい入れた。おふくろは言ったんだ。『ジューク、子猫を沈めとくれ!』ってね。おれはいまでもよく覚えてるんだが、そこにじっと突っ立ったままだった。子猫たちはみゃーみゃー鳴きながら走り回ってる。まだ目が見えなくて、ちっぽけで弱々しくて、何かおかしな感じだった。ちょうど、目が開きかけたぐらいのころだ。おれはおふくろに目を遣った。おれは言ったんだ。『いやだよ、かあちゃん、やってよ』って。だけどおふくろは青ざめてしまって、誰かがやらなきゃいけないし、ここにはおまえしかいないんだよ、って言った。そのまま、肉のスープをかきまわしたり、鶏の面倒を見なきゃならない、とか言って、行ってしまった。おれは――おれは、いっぴきつかまえた――子猫をな。手に取った。あったかかったよ。みゃーみゃー言ってる。逃げ出したかった。二度と帰らなくていいところへ」
(この項つづく)
ワインズバーグ・オハイオ少し読みました
「母」と森の中で老いた女性が死んでいる、とかいうお話でした。いずれも、他の作家との組み合わせの短編集です
こちら様の英語力と私の拙さでは比較にならないところです。
ヘミングウエイとフォークナーが好きで、アンダーソンが彼らをいわば売り出してやったのに、2人にその才能とアンダーソンからすれば非礼な態度で裏切った、といた文をフォークナー関連文で読んで興味を持った次第です。
黄ブログでも書評やっております、今後とも宜しくお願いいたします。
https://suzielily.exblog.jp/
https://stefanlily.exblog.jp/
さっさと終わらせて、
陰陽師さんの近況話など聞かせてください。
翻訳のあとがきで「ワトソンは当主が不在」と書かれていますが、思うに、ワトソンの父親(家長)は数年前にくじにあたっており、その後息子が成人(ここでは16歳でしたか)するまで母子家庭として、くじから免除されていたのではないでしょうか。ワトソンの息子の発言や、周囲からの「おまえの母ちゃんが一人前の男を育てたことがわかって」云々の反応から、そう推測しております。
名作と言われていた本編をやっと読んだもののどう受け止めていいかわからず、ググって貴サイトに辿り着きました。本当に考えさせられる作家ですね。勉強になります。これからもブログ・サイトとも読ませていただくつもりです。