(その4)
過去十年間にわたってわたしが何よりも目指したのは、政治的な作品を、芸術の域に高めていくことだった。わたしの出発点は、つねにある種の政治的主義主張、不正を嗅ぎつける感覚である。一冊の本を書くために腰を下ろして、わたしは決して「芸術作品を書いてやろう」などと自分に言いきかせたりはしない。わたしが書くのは、暴いてやりたい虚偽があるからであり、社会の注意を喚起したい出来事があるからなのだ。だからこそ、わたしがまず初めに心がけるのは、話を聞いてみたい、という気持を起こさせることなのである。
だが、それが美に関わる仕事でないなら、わたしには一冊の本も、雑誌に掲載する長めの論文さえも、書くことはできないだろう。わたしの作品を丁寧に読んでもらえればわかると思うが、仮にまぎれもないプロパガンダの箇所であっても、プロの政治家の目から見れば、無用な部分がずいぶんあるにちがいない。
だがわたしには、子供のころから育んできた世界観を、振り捨ててしまうことなどできないし、またしようとも思わない。命があるかぎり、散文形式に固執することをやめないだろうし、この世界の表層を愛し、身の回りのことどもや、役に立たない情報のがらくたから、喜びを引き出し続けていくのだろう。自分のそうした側面を押さえつけようとしても、無駄なことだ。この仕事は生来の好悪の情と、この時代がわたしたちの誰もに強いる、本質的には公に属する、非個人的な活動とのあいだに折り合いをつけていくしかないものなのである。
これは簡単なことではない。作品の構成の面でも言葉の面でも問題が起こってくるし、誠実ということの問題も、異なった様相を帯びてくる。こうした難問のなかでも比較的単純な例をあげてみよう。
わたしの本で、スペイン内戦のことを扱った『カタロニア賛歌』という本がある。もちろんこれは、明確に政治的な作品ではあるのだが、ある程度の距離を保ち、形式を尊重しようとした。なかでもわたしが苦心したのは、自分の文学的直観に抵触することなく、あますところなく真実を伝えることだった。
何よりも、ひとつの長い章のなかで、フランコと共謀したとして告発されたトロツキストを擁護するために、新聞を大量に引用したのである。どう見ても、一年か二年すればこんな章は、一般読者には何の関心も引かなくなってしまうだろうから、本全体を損なう恐れは十分にあった。
尊敬するある批評家は、読後わたしに苦言を呈した。「なんであんなものを挿入したのか」と彼は言った。「すばらしい本になるところだったのに、新聞記事になってしまったじゃないか」
確かに彼の言う通りだった。だが、わたしにはこれしか方法がなかったのだ。イギリスではほとんど知られていなかったが、偶然わたしは無実の人が誤って告発されていることを知ったのだ。もしそれに対して怒りを抱かなければ、わたしが本を書くことはなかっただろうから。
この問題は、これからもさまざまなかたちでわたしに持ち上がってくるだろう。言葉に関しては、さらに微妙な問題をはらんでいるので、ここで論じる余裕はありそうにない。ただわたしに言えるのは、これまで以上に華美を排し、正確に書こうと心がけているということだけだ。いずれにせよ、わたしがどんな文章のスタイルを完成させていくにせよ、完成したときは、すでにそれを脱ぎ捨てている時期でもあるのだ。
『動物農場』は自分がやろうとしていることを、すみずみまで理解した最初の作品となった。政治的な目的と芸術的な目的の融合がそれである。それから七年間、長編小説を書いてないが、近い将来、もう一冊書きたいと思っている。失敗することになるだろう。あらゆる本は失敗なのだ。だが、わたしには自分の書きたいものは、はっきりとわかっている。
ここまで書いてきて、このページとその前を読み返してみると、あたかも自分の書こうとする動機は、ことごとく公的な意識によるもの、と受けとられかねないようにも見える。だが、結論部では、そうした印象を与えたままにしておくのはよそう。作家というものは、誰もみな虚栄心があり、利己的であり、怠惰でもある。なによりも、かれらの動機の根底は、謎が潜んでいる。
本を書くということは苦しく、疲労困憊する仕事で、いつまで経っても良くならない、ひどく痛む病気を引きずっているようなものだ。悪魔じみたものに取り憑かれでもしないかぎり、こんなことをしようという人間はいない。こいつには抵抗することもできなければ、その正体を知ることもできないのだ。この悪魔はもしかしたら、人の注意を引くために赤ん坊を泣きわめかせる本能と同じものなのかもしれない。そうであっても、その人固有のゆがみを消すための努力を続けないかぎりは、読むにたえるものは書けないというのもまた真実なのである。
良い散文というのは、枠にはまった窓ガラスのようなものだ。自分の動機のうち、どれが一番強いのかはわからない。だが、そのうちのどれを追求する価値があるかは、はっきりしている。自分の仕事を振り返ってみると、政治的な目的を欠いているときは、たいがい血の通っていない本を書くことになる。美文調だの意味を欠く文章だの、派手派手しい形容詞や、たわごとを並べる羽目になってしまうのだ
(※後日手を入れてサイトにアップします。お楽しみに)
旧年中は当ブログ及び「ghostbuster's book web」に遊びに来てくださって、ほんとうにありがとうございました。いつも訪問してくださる方、コメントをくださった方、あるいはどこのどなたかもわからない、カウンタに刻まれた数字のひとつである方、すべての方にお礼を言います。
今年もまたかたつむりのような歩で、おもしろい短篇やエッセイを翻訳したり、自分が読んで考えたことを書いたりしていきたいと思っています。
一年は正月に、一生は今に在り (正岡子規)
この句を書いてから、子規の人生はもう五年ほどしか残っていませんでした。病床に就く日の方が多くなった子規が、どんな思いでこの句を読んだか、にもかかわらず、というか、それゆえの、というか、とにかくこの句の強さと覚悟を前にすると、わたしの背は自ずと伸びていきます。
この句をいつも、心のどこかに留めて、毎日毎日を大切に、せいいっぱい生きていきたいと思っています。
どうか今年もよろしく。
みなさまにとって、今年がすばらしい年でありますように。
2010年 元旦
過去十年間にわたってわたしが何よりも目指したのは、政治的な作品を、芸術の域に高めていくことだった。わたしの出発点は、つねにある種の政治的主義主張、不正を嗅ぎつける感覚である。一冊の本を書くために腰を下ろして、わたしは決して「芸術作品を書いてやろう」などと自分に言いきかせたりはしない。わたしが書くのは、暴いてやりたい虚偽があるからであり、社会の注意を喚起したい出来事があるからなのだ。だからこそ、わたしがまず初めに心がけるのは、話を聞いてみたい、という気持を起こさせることなのである。
だが、それが美に関わる仕事でないなら、わたしには一冊の本も、雑誌に掲載する長めの論文さえも、書くことはできないだろう。わたしの作品を丁寧に読んでもらえればわかると思うが、仮にまぎれもないプロパガンダの箇所であっても、プロの政治家の目から見れば、無用な部分がずいぶんあるにちがいない。
だがわたしには、子供のころから育んできた世界観を、振り捨ててしまうことなどできないし、またしようとも思わない。命があるかぎり、散文形式に固執することをやめないだろうし、この世界の表層を愛し、身の回りのことどもや、役に立たない情報のがらくたから、喜びを引き出し続けていくのだろう。自分のそうした側面を押さえつけようとしても、無駄なことだ。この仕事は生来の好悪の情と、この時代がわたしたちの誰もに強いる、本質的には公に属する、非個人的な活動とのあいだに折り合いをつけていくしかないものなのである。
これは簡単なことではない。作品の構成の面でも言葉の面でも問題が起こってくるし、誠実ということの問題も、異なった様相を帯びてくる。こうした難問のなかでも比較的単純な例をあげてみよう。
わたしの本で、スペイン内戦のことを扱った『カタロニア賛歌』という本がある。もちろんこれは、明確に政治的な作品ではあるのだが、ある程度の距離を保ち、形式を尊重しようとした。なかでもわたしが苦心したのは、自分の文学的直観に抵触することなく、あますところなく真実を伝えることだった。
何よりも、ひとつの長い章のなかで、フランコと共謀したとして告発されたトロツキストを擁護するために、新聞を大量に引用したのである。どう見ても、一年か二年すればこんな章は、一般読者には何の関心も引かなくなってしまうだろうから、本全体を損なう恐れは十分にあった。
尊敬するある批評家は、読後わたしに苦言を呈した。「なんであんなものを挿入したのか」と彼は言った。「すばらしい本になるところだったのに、新聞記事になってしまったじゃないか」
確かに彼の言う通りだった。だが、わたしにはこれしか方法がなかったのだ。イギリスではほとんど知られていなかったが、偶然わたしは無実の人が誤って告発されていることを知ったのだ。もしそれに対して怒りを抱かなければ、わたしが本を書くことはなかっただろうから。
この問題は、これからもさまざまなかたちでわたしに持ち上がってくるだろう。言葉に関しては、さらに微妙な問題をはらんでいるので、ここで論じる余裕はありそうにない。ただわたしに言えるのは、これまで以上に華美を排し、正確に書こうと心がけているということだけだ。いずれにせよ、わたしがどんな文章のスタイルを完成させていくにせよ、完成したときは、すでにそれを脱ぎ捨てている時期でもあるのだ。
『動物農場』は自分がやろうとしていることを、すみずみまで理解した最初の作品となった。政治的な目的と芸術的な目的の融合がそれである。それから七年間、長編小説を書いてないが、近い将来、もう一冊書きたいと思っている。失敗することになるだろう。あらゆる本は失敗なのだ。だが、わたしには自分の書きたいものは、はっきりとわかっている。
ここまで書いてきて、このページとその前を読み返してみると、あたかも自分の書こうとする動機は、ことごとく公的な意識によるもの、と受けとられかねないようにも見える。だが、結論部では、そうした印象を与えたままにしておくのはよそう。作家というものは、誰もみな虚栄心があり、利己的であり、怠惰でもある。なによりも、かれらの動機の根底は、謎が潜んでいる。
本を書くということは苦しく、疲労困憊する仕事で、いつまで経っても良くならない、ひどく痛む病気を引きずっているようなものだ。悪魔じみたものに取り憑かれでもしないかぎり、こんなことをしようという人間はいない。こいつには抵抗することもできなければ、その正体を知ることもできないのだ。この悪魔はもしかしたら、人の注意を引くために赤ん坊を泣きわめかせる本能と同じものなのかもしれない。そうであっても、その人固有のゆがみを消すための努力を続けないかぎりは、読むにたえるものは書けないというのもまた真実なのである。
良い散文というのは、枠にはまった窓ガラスのようなものだ。自分の動機のうち、どれが一番強いのかはわからない。だが、そのうちのどれを追求する価値があるかは、はっきりしている。自分の仕事を振り返ってみると、政治的な目的を欠いているときは、たいがい血の通っていない本を書くことになる。美文調だの意味を欠く文章だの、派手派手しい形容詞や、たわごとを並べる羽目になってしまうのだ
THE END
(※後日手を入れてサイトにアップします。お楽しみに)
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旧年中は当ブログ及び「ghostbuster's book web」に遊びに来てくださって、ほんとうにありがとうございました。いつも訪問してくださる方、コメントをくださった方、あるいはどこのどなたかもわからない、カウンタに刻まれた数字のひとつである方、すべての方にお礼を言います。
今年もまたかたつむりのような歩で、おもしろい短篇やエッセイを翻訳したり、自分が読んで考えたことを書いたりしていきたいと思っています。
一年は正月に、一生は今に在り (正岡子規)
この句を書いてから、子規の人生はもう五年ほどしか残っていませんでした。病床に就く日の方が多くなった子規が、どんな思いでこの句を読んだか、にもかかわらず、というか、それゆえの、というか、とにかくこの句の強さと覚悟を前にすると、わたしの背は自ずと伸びていきます。
この句をいつも、心のどこかに留めて、毎日毎日を大切に、せいいっぱい生きていきたいと思っています。
どうか今年もよろしく。
みなさまにとって、今年がすばらしい年でありますように。
2010年 元旦