陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ロアルド・ダール「味」その1.

2008-04-10 06:28:35 | 翻訳
(※昨日ルーターの調子が急に悪くなって接続できなかったのでアップできませんでした。これは昨日のぶんです)

今日からロアルド・ダールの「味」の翻訳をやっていきます。
ダールらしい皮肉なオチの効いた、しゃれた味わいのあるものです。
一週間ぐらいをめどに訳していくので、まとめて読みたい人はそのころにどうぞ。

原文はhttp://membres.lycos.fr/jpcharp/Taste.htmlで読むことができます。

「味」( Taste )
by
Roald Dahl

* * * *


 その晩、わたしたち六人はロンドンにあるマイク・スコフィールド家の夕食の席を囲んだ。スコフィールド夫妻と娘、私と妻、そうしてもうひとり、リチャード・プラットという人物だった。

 リチャード・プラットは美食家として有名だった。彼は“美食同盟”として知られる小規模な団体の代表で、毎月、メンバーに限って料理とワインについてのパンフレットの頒布をおこなっていた。食事会を開くこともあったが、そこには贅を尽くした料理と珍しいワインがふるまわれる。自分の味覚に差し障りがあるようなことがあっては一大事、とばかりにタバコは断ったし、ワインについて語り出すと、まるでそれが生き物のことでも言っているかのようなくちぶりになるのが、いささか滑稽でもあった。「思慮深いワインだ」といったことをよく言うのだった。「どちらかといえば気の弱い、逃げ腰のところがあるが、確かな思慮深さを感じるね」あるいは「陽気なワインだ。善良で、にぎやかだ――いささか品はない、かもしれない……だが、そうであるとはいえ、陽気なことには変わりはない」

 私はこれまでに二度、マイクの家の食事会でリチャード・プラットに会ったことがあるが、いずれのときも、マイクと夫人は格別に念を入れて、有名な美食家に供する特別な料理を用意していた。そうして今回も例外ではなかったらしい。私たち夫婦がダイニングルームに入った瞬間、すばらしいごちそうの用意ができていた。丈の高いキャンドル、黄色い薔薇、銀食器は燦然と輝き、ひとりに三つ用意されたワイングラス、そうしてなによりもキッチンから漂ってくる、肉のローストされるかすかな匂いに、私の口の中にさっそく暖かな唾液がわきあがってくるのだった。

 席に着いたとき、リチャード・プラットが来ていた過去の二度とも、マイクはクラレットをめぐって、品種と醸造年を当てさせる、ちょっとした賭をやっていたことを思い出した。プラットは、当たり年なら難しいものではありませんね、と答えていた。そこでマイクは、当てられない方に、その問題のワインをひとケース賭けたのである。プラットはそれに応じると、二度とも勝ちを収めたのだった。今夜もあのちょっとした賭をするにちがいない、マイクときたら、自分のワインの名が知れ渡っていることを証明するためなら、よろこんで賭けに負けるにちがいない、そうしてまたプラットにしてみれば、自分の蘊蓄を披露できることに、しかつめらしい顔の裏にいかにもうれしげな様子をちらりとのぞかせていたのだから。

 食事はバターで香ばしく焼き上げたイワシで始まり、それに合わせてモゼールワインが出された。マイクは席を立って自らワインを注いで歩き、ふたたび自分の席にもどったときに、わたしは彼がリチャード・プラットをじっと見つめているのに気がついた。マイクは私の前にボトルを置いたので、ラベルを読むことができた。そこには“ガイエルスレイ、オーリクスベルク 1945年”とある。マイクは私に身を寄せてささやいた。ガイエルスレイというのはモーゼル地方にある小さな村で、ドイツのなかでもほとんど知られていないはずれにあるんです。いまお飲みのワインは大変めずらしいもので、葡萄園そのものが小さいために収穫量も少ない、そのために外国人はほとんど手に入れることもできないのです。私は、去年ガイエルスレイに自分で出向いていって、数ダース譲ってもらったんですよ、と言うのだった。

「この国でいま私のほかにこれを持っている人間はおらんでしょう」と彼は自慢した。そこでまたリチャード・プラットにちらりと目を遣ったのに気がついた。「モーゼルのすばらしいところは」と声を高くして続ける。「クラレットの前に出すには申し分のないワインなんです。たいてい、ラインものを出すんですがね、それもただそれよりいいものがあるのを知らないだけなんだ。ラインワインじゃ繊細なクラレットの風味を殺してしまう、そうじゃありませんか? クラレットの前にラインを出すなんて野蛮な話だ。だがこのモーゼルときたら! モーゼルこそまさにふさわしいと言えましょう」

(この項つづく)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿