陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ウィリアム・ゴーイェン「白い雄鶏」 その5.

2013-03-05 22:46:51 | 翻訳

その5.

 窓辺にいたサミュエルズ老人には、何か恐ろしいことが起ころうとしているのがわかっていた。黙ったまま、身じろぎもせずに見守った。サミュエルズ夫人のでっぷりした体が植え込みの陰でしゃがんで、雄鶏に飛びかかろうとしている。

不意に、サミュエルズ夫人は巨体を揺らして雄鶏に飛びかかった。金切り声で「おまえなんか死んでしまえばいいんだ!」と叫んで、つかまえたのだ。

雄鶏は抵抗もせず、クゥと一声鳴いただけで、そのままぐったりと身を預けた。サミュエルズ夫人は雄鶏を持ったまま、鶏小屋に走っていき、金網のところで脚を止めた。だが、そこに投げ入れる前に、力強い両手の指を首に巻きつけ、歯を食いしばって、一瞬、息を止め、ときの声を上げるその部分に力をこめた。あたかも、もろい小さな笛を砕こうとするかのように。それから金網越しに雄鶏を放り投げた。白い雄鶏は仰向けに落ちた。ぼろぼろで、うつろな目をし、黄色い脚は宙に突き出されたままだ。動かない蹴爪は、握りしめたこぶしのように固く結ばれて、かすかにふるえている。

サミュエルズ家で飼っている、立派な金色の雄鶏がやってきて、こいつは何だろう、と眺めた。俺のすみかにやってきたこいつは。そうして、どうも死んでいるらしいな、と考えたようだ。白い雄鶏の体にぴょんと飛び乗ると、自分のしっかりした蹴爪を、死んでいるのを確かめるかのように、力ない羽毛に食い込ませた。大事にされ、よく太った雌鶏たちが、そのまわりを囲んでいる。別に驚いたわけではないけれど、いささか興味はある、といったふうの、ニワトリ特有の優雅で無頓着なようすで見つめていた。

金色の雄鶏は、つやのある羽毛を逆立てて、自分がどれほどの価値があり、しかも恐れを知らぬ生きものであるか、と感じながら、記憶の内にある、すばらしい祖先を模して、しばらくポーズを取った。そうして、ハットピンのガラス玉のように赤い目をきらめかせて、侵入者についての説明をしながら、自分こそが疑問の余地なく、ここの主人である、と示したのである。なんてすばらしい雄鶏でしょう、雌鶏たちの顔も誇らしげだった。侵入者を捕らえたのは彼ではなく、サミュエルズ夫人だということも、いささかも彼の武勇を損なうものには映らなかったらしい。

そうしてサミュエルズ夫人も、胸のつかえもすっかり取れて、金網の脇に立って、雌鶏たちが目にしたのと同じ、残忍な誇りに満ちた表情を浮かべて、この光景を眺めていた。それから自分の手から白い羽を払ってさっぱりすると、勝ち誇ったように家に帰っていった。

 サミュエルズ老人が、戸口で待っていた。挑みかかるような顔で言った。「捕まえたのか」

「庭にいるわ。ワトソンが帰ってきてから、始末してもらうつもり。あのならずものが息ができないようにしてやった。鶏小屋でひっくり返ってるから、ひょっとしたら死んでるのかもね。もうあたしの部屋の窓の下で鳴くこともないし、あたしのパンジーの花壇を荒らすこともない。いい? あたしは胸のつかえをひとつ取っただけよ」

「マーシー」老人は穏やかだが、力のこもった声で言った。「あの雄鶏はそんなに簡単に死にゃしない。雄鶏には手出しができない何かがあるのがわからないか? そうやすやすと死ぬことのない生きものがいるってことを知らないのか?」そう言うと、車いすで居間に入っていった。

けれどもサミュエルズ夫人は台所から怒鳴り返した。「あいつらの首をひねってやりゃ、それでしまいよ!」



(この項つづく)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿