その子の水着はくすんだピンクっていったらいいのか、ベージュっていったらいいのか、まぁそんな色で、一面に小さなこぶがついていて、とにかくサイコーなのは、両方のストラップが外れていることだった。肩からゆるく輪を描くようにたるんで、なんともステキな腕のつけねあたりにかかっている。そのせいで、水着も少しずりさがってたんだと思うんだけど、水着の境い目にそって、輝くばかりの白い縁取りができていた。その部分がなかったら、あの肩より白い肌があるなんて思いもよらなかったにちがいない。ストラップが外れているせいで、水着のてっぺんと頭のてっぺんの間にあるのはただ彼女の肌だけ、鎖骨から胸元へと、なめらかで剥き出しの肌は、まるで起伏のある金属板を光にかざしたようだった。つまり、美しい、なんて言い方じゃとても足りやしないのだった。
髪の毛は褐色が陽と潮風にさらされて明るくなった感じ、上に束ねたおだんごが、少しほどけかけてて、なにか、つんとすましたような顔をしていた。まぁストラップを下げてA&Pに入ってこようっていうんだから、そんな顔しかないのかもしれない。頭を昂然と掲げていたから、白い肩からすらりと伸びた首が、なんだか引っ張られてるようにも見えるけれど、それがどうしたというんだ。首が長けりゃそのぶん、肌がたくさん見えるじゃないか。
その子は視界の隅で、ぼくと、ぼくの肩越しに二番レジのストークシーがじっと見ているのを感じているのにちがいないのだけれど、動揺するような気配は微塵もない。女王様はそんなことは気にしないんだ。棚に目をやって、立ち止まり、たいそうゆっくりと振り返る。あんまりごゆっくりなんで、ぼくの胃がひっくり返りそうになって、エプロンの裏をこするのを感じたくらいだ。その子がほかのふたりになにか囁くと、ふたりはほっとしたようにそばに寄った。それから三人そろって、ペットフード、朝食用シリアル、マカロニ、ライス、干しぶどう、スパイス、ジャム、スパゲッティ、清涼飲料、クラッカー、クッキーが並ぶ通路を進んでいった。
この三番レジからは、食肉コーナーまで通路がまっすぐ見渡せるものだから、ぼくはずっと三人を目で追った。日焼けした太めちゃんが、クッキーの箱を手にとって迷っているみたいだったけれど、思いなおして棚に戻す。女の子たちは人の流れに逆らって歩いていたので(別に一方通行の標識があるわけじゃないんだけどね)、カートを押して通路をやってくる普通の客の反応は、けっこう笑えた。真っ白なのが、女王様の肩だとわかって、ギクッとして身をひいたり、ぴょんと飛び上がったり、しゃっくりの発作に襲われたりするんだけど、すぐに自分の買い物カゴに目を戻して、そのままどんどん行ってしまう。
A&Pの店内にダイナマイトをしかけたって、たいていの客は、棚に手を伸ばして買い物リストからオートミールを片付けて、「なんだったかしら、アで始まるもののみっつ目は、アスパラガス……、じゃない、そうそう、アップルソース!」とかなんとかそんなことを言っているものなんだ。ところがこの事態でみんなは動揺している。頭にカーラーをつけたままの主婦が何人か、カートを押して通り過ぎたあとでわざわざ振り返って、いま見たものが現実の光景かどうか確かめたほどだ。
ほら、水着の女の子がビーチにいるんだったら、照りつける太陽の下で他人のかっこうなんてだれも見やしないだろ? だけど、ひんやりしたA&Pの店のなかで、蛍光灯の明かりの下、山と積まれた商品をバックに、緑色とクリーム色の市松模様のラバータイルの床を、はだしでぺたぺた歩くのは、そういうのと全然話がちがうんだ。
「パパー」隣にいたストークシーが言った。「アタシ、気を失っちゃいそう」
「ダーリン」ぼくも調子を合わせる。「ボクをしっかりささえてて」
ストークシーは結婚していて、すでにふたりの赤ん坊を抱える身だったが、ぼくの見る限り、そのことだけがふたりのちがうところだった。ストークシーは22で、ぼくはこの4月に19になったところだ。
「あれはまずくないか」と聞いてくる声は、所帯持ちの責任ある男のそれになっていた。言い忘れてたけど、ストークシーはいつか店長になるつもりらしい。たぶん1990年代、A&Pがグレート・アレキサンドルフ・アンド・ペトルーシュキ・ティー・カンパニーとでも呼ばれるようになるころに。
ストークシーが言ったのは、この街は、ビーチから8kmほど離れているってこと。大勢の避暑客が集まるビーチからは遠く隔たり、ぼくらがいるのは街のどまんなか、車から通りへ出てくる女の人は、たいていシャツとかショートパンツとか、とにかく何かを身につける。おまけにそういうのは6人ばかり子どもを引き連れ、脚に静脈瘤が浮き出てるようなおばさんたちだったから、どのみち、向こうもこっちも気にするはずがないのだった。
さっきも言ったみたいに、ここはほんとに街のどまんなかで、店の前に立ったら、銀行がふたつと会衆派教会、新聞販売店と、不動産屋が三軒、おまけに下水管がまた壊れたもんだから、27人くらいの人夫が、中央通りを掘り返しているのが見える。まぁケープ・コッドほどでかいわけじゃないけど、とにかくここはボストン北部で、街には二十年も海をみたことがない、ってひともいるくらいだ。
(この項続く)
19歳の男の子が、意外なところで水着姿の女の子を見かけて、心がさまざまに揺れていきます。
おそらく時間にしたら、全編通じても15分かそこらのストーリー、だけど、不思議なくらい、ドラマ性もあるんです。
さて、店長が出てきました。
女の子たちはどうなるのか。
そして「ぼく」はどうする?
NMGさん、今後ともよろしく。