陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

フィリップ・K・ディック『変種第二号』その1

2009-03-31 23:03:48 | 翻訳
今日からフィリップ・K・ディックのSF短篇「変種第二号」を訳していきます。
ちょっと長いので、二週間ほどかけてたらたら訳していきます。まとめて読みたい人はそのくらいに読みにきてください。

原文は
www.dvara.net/HK/Second_Variety_v1.0.rtf で読むことができます。

* * *

SECOND VARIETY(変種第二号)

by Philip K. Dick(フィリップ・K・ディック)


その1.

そのロシア人兵士は、銃を構えて、荒涼とした丘の斜面をびくびくしながら上っていた。乾いた唇を舌で湿しながら周囲に目をやったが、その顔はひどく緊張している。ときおり手袋をはめた手をあげると、上着の襟元をゆるめて首筋の汗をぬぐった。

 エリックはレオーネ伍長を振り返った。「伍長がやりますか? それともオレが?」照準器を調節し、ロシア兵の顔を画面いっぱいにまで広げた。厳しい、暗い面貌に、深いしわが刻まれている。

 レオーネは考えていた。ロシア兵は接近してくる。それも急いで、ほとんど駆けていると言ってもいい。「撃つな。待て」レオーネは身体をこわばらせた。「お呼びじゃなさそうだ」

 ロシア兵はペースをあげ、灰や積もるがれきを蹴散らしながら進んだ。丘のてっぺんにさしかかったあたりで足を止め、ぜいぜい言いながら、周囲に視線を走らせた。空は灰色の雲が低く垂れこめている。裸木の太い枝が、あちこちから突き出していた。焼け野原と化した大地には、がれきが散乱し、ビルの残骸が、まるで黄ばんだ頭蓋骨のように、そこここに立ったまま朽ちていた。

 ロシア兵は不安げなようすだった。なにか不測の事態が起こっていることに気がついているらしい。丘を降り始める。もう掩蔽壕(※えんぺいごう:斜面や地面を掘り抜いて作った強固な軍事シェルター)まで数歩というところだ。エリックはいらいらした。銃をいじりながら、レオーネに目をやった。

「心配いらない」レオーネは言った。「ここまでは来られりゃしない。あいつらが始末してくれるはずだ」

「ほんとでしょうね? もうすぐそこまで来てるんですよ」

「あいつらは掩蔽壕のすぐそばを徘徊してるんだ。やっこさん、ひどいところに足を突っこむってわけだ」

 ロシア兵はあたふたと丘をすべり降り始めた。ブーツがうずたかく積もる灰のなかにもぐり、何とか銃を高く掲げようとしている。少しのあいだ足を止めると、双眼鏡を持ち上げて顔に当てた。

「こっちを見てますよ」エリックが言った。

 ロシア兵はこちらに向かってくる。彼らには、ロシア兵のふたつの青い石のような目が見てとれた。口を半開きにしている。ひげを剃る必要があった。あごには無精ひげが伸びている。高い頬骨の片方に、四角く切った絆創膏が張ってあり、そのまわりが青くなっていた。真菌性の発疹だ。上着は泥まみれで裂けている。手袋は片方がなくなっていた。

 走るのに合わせて、ベルトのカウンターが身体に当たって上下に揺れた。レオーネがエリックの腕にふれた。「おいでなすったぞ」

何か小さい金属状の物体が、真昼の日の光を浴びて鈍く光りながら、地面を横切ってやってきた。金属の球体である。ロシア兵を追いかけて、丘を飛ぶように素早く動いた。ごく小さな、あいつらのなかでも最小のやつだ。クロー(かぎ爪)を突き出し、ふたつのカミソリの刃のような突起物は、白い刃がぼうっとかすむほどの速さで回転していた。ロシア人の耳にもその音が聞こえたらしい。振り向いて撃った。球体は粉々に砕けた。だが、すでに第二弾が現れ、最初のものに続いた。ロシア兵はもういちど撃った。

 三番目の球体が、カチカチと音を立て、回転しながらロシア人の脚に飛びついた。さらに、肩まで跳び上がる。回転する刃はロシア兵の喉元深く、沈み込んだ。

 エリックは緊張を解いた。「やれやれ、これで終わりだ。まったく、あいつらにはぞっとするな。ときどき昔の方が良かったような気がしますよ」

「もし我々があれを発明していなかったら、向こうの方が発明していただろうな」レオーネがぶるぶる震える手で煙草に火をつけた。「だが、あのロシア兵はなんでまたひとりでこっちまでやって来たんだろう。援護している人間がいるようにも見えなかったが」スコット中尉が地下道を抜け、掩蔽号にそっとすべりこんできた。「どうした? スクリーンに何か見えたか」

「イワン(※ロシア兵)がひとりやってきました」

「たったひとりで?」

 エリックがスクリーンの画像をそちらに回した。スコットはそれをのぞきこむ。いまでは無数の金属球が横たわった死体に群がっていた。鈍く光る金属球は、カチカチいいながら回転し、ロシア人の身体を運び去ろうと、小さく解体しているところだ。「なんて数のクローだ」スコットはつぶやいた。「ハエみたいに群がってくるんだな。あいつらの獲物も、いまはもうたいして残ってない」スコットは嫌悪の表情を浮かべて、スクリーンを押しやった。「ハエみたいに……。それにしてもロシア兵がそこにいたのが解せない。われわれが一面にクローを配置しているのは知っていただろうに」やや大きいロボットが一体、小さな球体のなかに加わっていた。長く尖っていない管の先から接眼レンズが突き出し、あれこれ指図している。もはや兵士の身体はどれほども残っていない。残留物は、クローの群れが丘の斜面を運び降ろしていた。
「中尉殿」レオーネが言った。「もしよろしければ、あそこに出て、ロシア兵をちょっと調べてみたいのですが」

「なぜだ」

「何かを届けにきたのかもしれないと思いまして」

 スコットは考えていた。やがて肩をすくめた。「いいだろう。だが、気をつけるんだぞ」

「自分のタブがありますから」レオーネは手首に巻いた金属のバンドを軽く叩いた。「これで近づけないでしょう」

(この項つづく)






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