陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「七つのクリーム入れ」

2011-02-25 23:29:23 | 翻訳
今日からしばらくサキの短編をいくつか訳していきたいと思います。
ごくごく短いのを何日かに小分けして訳しますから(笑)、まとめて読むのがおすすめです。三日後くらいにまとめて読んでみてください。


では第一回目。
原文はTHE SEVEN CREAM JUGS
で読むことができます。


サキ・コレクションvol.8
(※これまでに訳したサキの短編はこちらへ
「サキ コレクション」

* * *

THE SEVEN CREAM JUGS (「七つのクリーム入れ」)

by Saki (H. H. Munro)


その1.

「この先、うちにウィルフリッド・ピジョンコートが来てくれるようなことは、もう二度とないでしょうね。准男爵の爵位とあれだけの財産を相続したとなっては」ピーター・ピジョンコート夫人は残念そうな顔つきで夫に言った。

「おそらくそうだろう」と夫は答えた。「これまでずっと、うちの方が何とかして来させまいとしてきたんだ。なにしろ、先行き、見込みのありそうなやつじゃなかったからな。十二のときに来たのが最後か」

「おつきあいを控えてきたのにも、それなりの理由があったんですよ」と夫人は言った。「いわくつきの人ですからね。どこのお宅だって、お客に迎えるなんてまっぴらだったはずよ」

「確かにな。例の癖はまだ治ってないのかね? それとも財産ってやつには、相続した人間をまるっきり別人にしてしまえるような力があるものなのかね?」

「治るわけがないでしょ。だけどねえ。この先、一族を背負って立つ人ともなれば、誰だってお近づきになりたくもなるわよ。たとえそれが興味本位ってだけでもね。これは嫌味でもなんでもないんですけど、世間ってものは、お金持ちに対しては、たとえどんな欠点があったにせよ、まるっきりちがう見方をするものでしょ? そこへもってきて、ちょっとした小金持ちなんかじゃない、桁外れの大富豪になったんですもの。これから先、何をしたって『お金ほしさでやったんだ』なんて、思う人はいないわよ。ただの“こまった病気”で収まるんでしょうね、きっと」

 サー・ウィルフリッド・ピジョンコートの跡を急遽継ぐことになったのは、甥のウィルフリッド・ピジョンコートである。従兄弟のウィルフリッド・ピジョンコート少佐が、ポロ競技中の事故の後遺症がもとで急逝した結果、そういう運びになったのだ(一族が“ウィルフリッド”という名を偏愛しているのは、元祖ウィルフリッド・ピジョンコートがマールボロ将軍の軍事行動において叙勲されたことに由来する)。

爵位と財産を新たに相続した二十五歳そこそこの青年は、ピジョンコート一族の中でも、とかく噂のある人物だった。しかもその噂というのが、いささか外聞をはばかる体のものだったのである。

一族中にあまたいる“ウィルフリッド”たちは、“ハブルタウンのウィルフリッド”とか“砲術長のウィルフリッド”などと、住所や職業をつけることで区別されているのだが、彼だけは“かっぱらいウィルフリッド”という不名誉かつそのものずばりの名で知られていた。というのも、小学校時代の終わりごろから、“かっぱらいウィルフリッド”は、執拗かつ猛烈な盗癖にとりつかれていたからだった。

見ようによっては「収集家の資質を備えていた」と言えなくもない。ただ、収集家につきものの偏愛とは無縁だった。食器棚より小さくて、持ち運び可能、しかも9ペンス以上の値打ちがありさえすれば何であれ、彼にはあらがいがたい魅力を持つ。もうひとつ、他人の所有物であること。それが、欠くべからざる要件だった。

何かの拍子に郊外の屋敷で開かれるパーティに招待されようものなら――近年ではそんな機会にも、とんと縁がなくなっていたが――そこを発つ前夜には、かならず招待主かその家の誰かが愛想を振りまきながら彼の荷物を改めにやってくる。ごめんなさいね、ほかの方のものが「まちがって」まぎれこんでないか、確かめさせてくださいね、とかなんとか。そうしてさまざまなものが、つぎからつぎへと発見されることになるのだった。

「妙なことがあるものだ」ピーター・ピジョンコート氏は、ウィルフリッドの話をしてから半時間もしないうちに妻にそう言った。「やっこさんから電報が来たぞ。車でこのあたりに来ることになったんだそうだ。だから顔を見せに来たいんだと。おまけに、さしつかえなければ一晩泊めていただけませんか、とある。『ウィルフリッド・ピジョンコート』と署名してあるんだが、“かっぱらい”に相違あるまい。自動車なんぞ持っている者はほかにはおらんからな。やっこさん、わたしたちに銀婚式の祝いの品を持ってくるつもりらしい」

「あらまあ、大変!」不意にミセス・ピーターはあることを思い出した。「いま手癖の悪い人に来られちゃ大変だわ。客間には贈り物の銀器があんなに飾ってあるんですよ。これから先だって、郵便屋さんが来るたびに、いろんなものが届くんだから。何をいただいたんだが、これからいったい何が来るんだか、わたしだってわからなくなってるのに。全部片づけて鍵をかけたって、きっとムダよね。見せろって言うに決まってるんだから」

「やっこさんから目を離さないようにすることだな」ピーターはそう言ってなだめようとした。

「だけどああした筋金入りの盗みの常習者って、ほんとに頭が切れるものなのよ」と妻の不安は去りそうもない。「第一、見張ってるのがばれたら、わたしたちの方がきまり悪いわ」




(この項つづく)





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