陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

シャーリー・ジャクスン 『くじ』 その4.

2004-10-16 07:39:59 | 翻訳
(承前)
 それから長い間があった。息詰まるような時間が過ぎ、やがてサマーズ氏が自分の紙片を虚空に掲げた。「よし、みなの衆」しばらくだれも動けずにいた。それから一斉に紙片が開かれる。「だれだ」「当たったのはだれだ」「ダンバーか」「ワトソンじゃねえか」やがてあちこちでこんな言葉が乱れ飛ぶようになった。「ハッチンスンだ。ビルだよ」「ビル・ハッチンスンが当たったんだ」
「父ちゃんに言ってきな」ダンバー夫人が長男に言った。
 
 村人たちは、ハッチンスンの姿を探して、あちこち見回した。ビル・ハッチンスンは押し黙ったまま、手の中の紙切れを食い入るように見つめている。突然、テシー・ハッチンスンがサマーズ氏に向かってわめいた。「あんたはうちのひとにくじを選ぶのに十分な時間をくれなかったじゃないか。あたしゃ見てたんだよ。こんなの、ずるいよ」
「テシー、あきらめな」ドラクロワ夫人が声をかけると、グレイヴス夫人も同調した。「いちかばちかだったのはみんな同じさ」
「静かにしろ、テシー」ビル・ハッチンスンは言った。

「さて、みなの衆。ここまでのところはうまい具合に片づいた。もうひとふんばり、やることはやって、時間通りに終わらせよう」サマーズ氏は次のリストに目を走らせる。「ビル、さっきはハッチンスン一族を代表してあんたが引いた。あんたの一族にはほかに家族がおるかね」
「ドンとエヴァがいるよ」ハッチンスン夫人が金切り声をあげた。「あの夫婦にも、いちかばちかやらせなきゃ」
「娘は嫁ぎ先の一族で引くんだよ、テシー」サマーズ氏は優しく諭した。「あんただってみんなと同じぐらい、そのことはよくわかっているだろうに」
「こんなの、ずるいよ」
「ほかにはおらんようだな、ジョー」ビル・ハッチンスンは悔しそうに言った。「娘は嫁ぎ先の一族で引く。そういう決まりだ。となると、オレのところにはほかに家族はない。あとはチビたちだけだ」
「となると、一族を代表して引くのは、あんただ」サマーズ氏は説明口調で続ける。「その一族のなかで家族を代表して引くのも、あんただ。そうだね?」
「そうだ」
「子どもは何人だね、ビル」サマーズ氏は手続き通りそう聞いた。
「三人だ。ビルジュニア、ナンシー、デイヴィ。あとはテシーとおれだ」

「了解した。さて、と」サマーズ氏は言った。「ハリー、みんなのくじは回収してくれたかな」
グレイヴス氏はうなずくと、紙片の束を差し上げて見せる。「くじを箱に戻してくれ」サマーズ氏は指示した。「ビルのも一緒に中へ」
「もういっかいやりなおそうよ」ハッチンスン夫人は努めて冷静なふうを装いながら言った。「たしかにさっきのはズルだったよ。うちのひとには選ぶのに十分な時間がなかったんだもの。みんなだって見てただろ」

 グレイヴス氏が束の中から五枚の紙片を選び出し、箱に入れる。残りは全部地面に落としたので、紙片は風に吹かれてぱっと舞った。
「みんな、聞いとくれよ」ハッチンスン夫人は周りのひとびとになおも言い募る。
「いいかね、ビル」サマーズ氏が訊ね、ビル・ハッチンスンは妻や子どもたちに素早い一瞥をくれると頷いた。

「わかってるな。くじは全員が引き終わるまで、たたんだままだ。ハリー、デイヴィ坊やを手伝ってやってくれ」グレイヴス氏が小さな男の子の手を取ってやる。その子は手を引かれてうれしそうに箱のところへやってきた。「その箱のなかから、ひとつだけ取るんだよ、デイヴィ」サマーズ氏が言うと、デイヴィは手を突っ込んで笑い声をあげた。「ひとつだけだよ。ハリー、君が預かっておいてくれ」グレイヴス氏は子どもの手を取ると、ぎゅっと握ったままの拳を開いて、紙片を取り出した。デイヴィ坊やはグレイヴス氏の傍らで、大人を不思議そうに見上げていた。

「次はナンシーだ」十二歳のナンシーは、クラスメイトがあえぐように見つめるなかを、スカートのすそを翻して進み出て、しとやかな仕草で箱の中から紙片をつまみ上げた。「ビル・ジュニア」赤ら顔で大足のビリーは、箱を危うくひっくり返しそうにしながら一枚取り出した。「テシー」しばらくためらったハッチンスン夫人は、挑むようにあたりを見回し、それから唇を固く引き結んで、箱に近寄った。ひったくるように取り出すと、さっと自分の背中に隠す。
「ビル」サマーズ氏が呼ぶと、ビル・ハッチンスンが箱に近寄っていった。しばらく手探りしていたあげく、最後の一枚をつかんで手を引き抜いた。

 ひとびとは静まりかえっていた。少女がつぶやく。「ナンシーじゃなきゃいいんだけど」その囁き声は、会衆の間を、端から端まで渡っていった。
「むかしはこんなやり方はしとらんかった」ワーナーじいさんがみなにはっきりと聞こえるように言った。「ひとの作風もむかしとは変わってしもうたの」

「よし」サマーズ氏が言った。「開いてもらおうか。ハリー、デイヴィ坊やの分は君がやってくれ」
 グレイヴス氏が紙片を開いた。白紙であることがみんなに見えるように高々と掲げると、会衆のあちこちからほっとしたような溜息が洩れた。ナンシーとビル・ジュニアもそれぞれのを同時に開いた。ふたりの顔がぱっと輝いて、笑顔になり、会衆に向かって、紙片を頭上高くにかざした。
「テシー」サマーズ氏が言った。しばらく待ってから、サマーズ氏はつぎにビル・ハッチンスンの方に目を遣った。ビルが紙片を開き、それを見せる。白紙だった。

「テシーだな」そういったサマーズ氏は、声を低めて続けた。「テシーのくじをみんなに見せてくれ、ビル」
ビル・ハッチンスンは女房の傍へ行くと、力ずくで紙片をもぎ取った。黒々とした丸、サマーズ氏が前の晩、石炭商会の事務所で、濃い鉛筆で記した黒い丸がそこにあった。ビル・ハッチンスンがそれを高々と差し上げると、会衆の間にざわめきが拡がった。
「よし、みなの衆」サマーズ氏が言った。「さっさと終わらせるとしよう」

 儀式の多くを忘れ、もともとの黒い箱がなくなっていたにもかかわらず、石を使うことはいまだに村人の間にしっかりと記憶されていた。少年たちがさっき積み上げた石の山は、準備万端、ひとびとを待っていたし、かつて箱にあったくじの残骸が風に舞う地面にも、石はたくさん落ちていた。デラクロイのかみさんは両手で持ち上げなければ担ぎ上げられないほどの石を選び、ダンバー夫人を振り返る。「さあ、あんたも急いで」

 ダンバー夫人は両手いっぱいに小石を持ち、息を切らせていた。「全然走れないんだよ、あんた先に行っとくれ。あたしはあとから追いかけるからさ」
 子どもたちはとっくに石を握っていた。小さなデイヴィ・ハッチンスンも誰かにもらった小石を何個か持っている。

 テシー・ハッチンスンは、ぽっかり空いた空間の真ん中に、ひとり取り残されていた。自分の方に歩を進めてくる村人たちに向かって、絶望的に手をかざす。「こんなのずるいよ」石がひとつ、こめかみをかすめた。ワーナーじいさんが疾呼する。「さぁさぁ、みなの衆」スティーヴ・アダムズが村人の先頭に立ち、その傍らにグレイヴス夫人が続く。

「ずるいよ。まちがってるよ」ハッチンスン夫人は悲鳴をあげた。そこに村人たちが殺到した。


                          ―了―

(この項終わり)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿