葉月のブログ

中高生が死亡していたら河野太郎は総裁選落ちるよね、厚生科学審議会開かなかったのは忖度?

ノーマの本から メキシコ 17歳のYaelさん

2019-07-15 | ノーマの本から
Yaelさん

これは、HPVワクチン副反応の私の体験ですーHPVワクチン後症候群、HPVワクチン後に発症するかもしれない新しい病態。

過去6年間、HPVワクチンの副反応にずっと苦しんできました。2013年2月、ガーダシル3回目接種の後、病院を巡る私の巡礼が始まりました。

未だに昨日のことのようです。不確かさ、恐怖、完全に道に迷ったような感覚。今日のような普通の日に、HPVワクチンが私の生活から普通の日を奪いました。それは、痛みと、放棄と、他の様々な感情をもたらしました。

突然、すべての友人がいなくなりました。私の日常は、それまで通りではなくなりました。私は生きることを止め、その日を生き延びることだけを考えていました。未だに、混乱と過去への郷愁を感じています。私の生活の全てが、本当に劇的に変わりました。

少しづつ、数日が数週に、数週が数カ月に、数カ月が数年へとなりました。他の日よりももっと大変な日もありますが、すべての日は、痛みと苦しみに満ちています。過去6年間を生きて、私は「痛みには慣れることが可能である」と言うことはできません。可能なことは、痛みを抱えて生きることを学ぶことと、痛みを受け止めることです。

何時終わるのかわからないという不確かさで生活していると、いくつかの症状には慣れてきます。そして、新しい症状が現れ、それらに慣れなくてはなりません。新しい症状がでるたびに、いつか痛み無しに普通の生活が送れるようになるだろうという希望に集中しようと試みます。

私と家族は、どんな未来が待っているのか依然としてわかりません。時間を遡ることができたらとだけ願っています。私は人生の3分の1を大変な痛みで生きてきたので、症状がないことがどんな感じなのか思い出せません。私には、悪い日ともっと悪い日だけがあります。

今の生活は、想像していた17歳の生活と違います。ビデオを公開することは断りましたが、私には自分のストーリーをみなと共有する権利があります。親は、もし娘さんが副反応が発症する少数に含まれる場合、どんなことが娘さんに起こるのかをきちんと知っておく必要があります。気絶(神経心臓性失神)、低血圧、頻脈、レイノー病、線維束形成、脚の不随意な震え、手の振戦、脱力、歩行困難、昼夜の睡眠中でさえ起こる身体の全ての箇所での言語に絶する痛み。病院で丸一日過ごすこと。ガーダシルの副反応には、これらともっとたくさんのことがあります。

私たちは、私の病態をメキシコの健康省医薬品安全監視局と、メキシコと米国の薬剤師に報告しました。これらの病態の治療プロトコールがあると期待していました。けれども彼らはプロトコールを持っていませんでした。健康省の回答は「これらのことは、このワクチンを接種した人の少数の割合で起こる」というものでした。薬剤師の回答は、医薬品安全監視局に連絡するというものでした。私が彼らから得たものは、たった一枚の印刷物(folio)でした。誰も、どうしたらいいか、HPVワクチンの被害者を如何に助けるかを考えていませんでした。

過半数の利益のために少数が苦しむことを認めることは非人道的なことです。治療の期待なしに、普通の未来への期待無しに、苦しむものを放っておくことは、さらに非人道的なことです。
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ノーマの本から メキシコ

2019-07-15 | ノーマの本から
メキシコでのHPVワクチンプログラム

2008年導入
125地域のみ対象 全国民の5%に相当する最貧困地域であり、子宮頸がん発症率が最も高い地域である
ガーダシルを、移動型クリニックで接種
12歳から16歳の少女
初回接種率 98% 3回接種率 81%

2009年
対象地域を182地方自治体に拡大 これらの地方自治体も開発が最も遅れている地域に相当
9歳から12歳の少女に対象変更
接種スケジュール 最初の2回接種は6ヵ月間隔、3回目は5年後
(この接種スケジュールは、WHOで推奨されていない)
(当時、推奨と異なるスケジュールを採用していたのは、スイス、コロンビア、カナダのみ)
初回接種率 85% 2回目 67%

2011年
接種地域を全国へ拡大することが承認される
9歳の少女を対象に学校での集団接種

2012年
フェリペ・カルデロン大統領が、11歳~12歳の少女に、HPVワクチンを義務接種とすることを公表
このプログラムは、100万人の学校に通う少女と、学校に登録していない20万人の少女すべてを含む
(当時、HPVワクチンの接種を義務としていたのは、他にギリシャのみ)

2014年
14歳の少女が、2年間ガーダシルの副反応に苦しんだ後死亡

2015年5月
親が9歳の少女たちへの接種に反対し、ガーダシル接種義務プログラムで接種した人数は500人ほどであったため、このプログラムは中止となった
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ノーマの本から フランス その3

2019-05-06 | ノーマの本から
エイドリアナ

私たちの娘は、2010年10月20日に死亡した。たった17歳と5ヵ月だった。

私たちはどうして彼女がそんなに若い年で病気で死んでしまったのかわからなかった。多くの病院でたくさんの検査をしたが、なにも特定できなかった。

最後の3ヵ月間に彼女が受けた診断は、精神代償、うつ病、緊張病、神経弛緩薬性悪性症候群、自己免疫疾患、てんかんなどであった。これらの疑いを証明する具体的な検査結果はなかった。

最初から最後までエイドリアナを診ていた医師だけが、自己免疫性脳炎ではないかと診断した。

これらの理由で、病院は検死解剖の同意を私たちに求めてきた。明らかに、答えを見つけようとしていたのは、私達だけでなかった。

検死の結果が出るまでほぼ1年かかった。2011年9月、エイドリアナの死因は、自己免疫性髄膜脳炎であると知らされた。だが、脳炎の原因の手掛かりは提供されなかった。

2011年10月、偶然ガーダシルワクチンの副反応の記事を見つけた。それはショッキングだった。いくつかの症状が、エイドリアナの経験したものと似ていた。そして、インターネットで検索して、このワクチン後に障害を負った他の人たちの証言の多さに驚いた。

2008年がどんなであったかの記憶をたどった。当時メディアがガーダシルを大々的に宣伝した。新聞記事、病院のポスター、あらゆる場所にあった。HPVがどんなに危険で、責任ある親なら子供を子宮頸がんから守りたいとおもうだろうと説明していた。

私たちの娘を守るため、また宣伝の影響と医師の勧めで、ワクチンに同意した。残念ながら当時ワクチンが既に議論の的であったことを知らなかった。

2008年10月の最初の注射の後、エイドリアナは、頭痛と胃痛があったが、10代の少女が特別に心配するようなことはなかった。

2008年12月19日の2回目の接種の後、これらの症状は悪化し、さらに不安発作、ほてり、脚のピリピリ感、筋肉痛、歩行困難、脱毛などがあり、2009年4月18日に、大きな失神の発作が起きた。

2009年4月24日、エイドリアナは3回目の接種を受けた。再び、同じ症状が断続的に続き、新しい症状が出現した。衰弱性の疲労、気を失う、大きな気分変動、食欲低下などがあった。

これらの症状のどれにも医師は心配していないようであった。彼は、精神科医にかかるようにアドバイスした。医師は、エイドリアナの問題が主に心理的なもので、失神は迷走神経のわずかな違和感によるものと信じているようであった。医師は脳波の検査をしたが何も異常はなかった。それで、私たちは医師を信頼し、エイドリアナは精神科医の診察を受けた。残念ながらこの受診が、有害な結果をもたらした。

2010年6月16日、エイドリアナは扁桃摘出とアデノイド切除を受けた。手術は上手くいき問題はなかった。

9月に高校に戻るという期待から、2010年7月16日エイドリアナはDTPワクチンを受けた。後から考えると、このワクチンはガーダシルの副反応を悪化させただけであった。

2010年7月23日、DTPワクチンの2週間後、2週間のホリデーに行った。最初はとても元気がよかったが、徐々に気分が変わって、おとなしくなり、ほとんど存在しないかのようになった。家に帰りたいとさえ言った。ボーイフレンドに会いたいためだろうと私たちは気にしなかった。

ホリデーの最初の週はまぁまぁだった。エイドリアナは疲れやすかった。食欲もなく、元気がなかった。けれども、私たちと一緒に、散策したり、ゲームをしたり、観光に参加していた。2週間目に他の障害が目立ち始めた。他のすべての奇妙な症状以外にも、忘れやすくなったり、不安発作があったり、一瞬攻撃的になったり、自分のことが分からなくなったりした。現地の医師に診てもらい、軽度のうつ病と診断され、リラックスするための抗うつ剤を処方された。よくならなかったのでもう一度医師の所にいったら、薬を飲み続けること、家に帰ったらかかりつけ医にみてもらうようにと言った。

2010年8月7日、ホリデーから帰宅した。翌朝、エイドリアナは、興奮した状態と、冷静な状態をいったりきたりした。歩行が困難だった。近所の病院の救急へ連れて行った。病院に到着したときエイドリアナは立っていられなかった、完全に脱力していた。

ここから悪夢が始まった。医師は、答えられるような状態ではないエイドリアナに質問攻めにした。医師は彼女が薬物を使っていないかどうか確かめたかった。医師はテンションが高い話し方で、エイドリアナは圧倒されて何も話せなくなった。医師は、妻が説明しようとしても何も聞こうとしなかった。

後に、精神科医へ私たちが車で連れて行くように言われた。私たちは他に選択肢がなかった。エイドリアナは精神病院に入院した。

この時が私たちが「生きている」エイドリアナをみた最後だった。当初面会は禁止されていた。1週間後エイドリアナが転院した病院に行くことが許され、そこでエイドリアナは不可逆的痙攣のため人工的昏睡状態となっていた。彼女は病院を出ることはなかった。

親として、私たちはエイドリアナが所謂うつ病以上の多くのものに罹っていると信じていた。救急科の医師は私たちの言うことに耳をかさなかった。エイドリアナが精神科医を受診した事実だけで、精神病院に送ることに満足していた。










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ノーマの本から フランス その1

2019-05-03 | ノーマの本から
フランス
ガーダシル2007年承認、サーバリックス2008年承認
個人で購入するが、価格の65%を国の健康保険プログラムが支援する

対象は14歳少女、キャッチアップは15歳から23歳まで

接種率推移
2007年 50.8%
2008年 41.7% (すくなくとも1回接種)
2009年 20.5% (同上)

この低い接種率でも、ガーダシルは健康保険プログラムの中で5番目に高額な支出となっている

保健省の役人は、ワクチンを接種していてもスクリーニングが必要とされているので、この投資が賢明なのかどうか疑問に思っていた

フランスでのガーダシル宣伝に多数の間違った情報があったため、健康製品の安全性を管理する機関(AGSSAPS)は、ガーダシルの宣伝を如何なる方法によるものでも禁止した 2010年8月31日

2012年 フランスの国会議員からなる委員会は、ガーダシルが癌の撲滅のために理想的な方法なのかを分析した結果を発表。「リスクベネフィットのより網羅的な分析が明確になるまでガーダシルを促進しないことを推奨」

議会は、免疫学者と他の研究者からなるグループに、ワクチンの安全性とガーダシルの長期の有効性、及び最も適した対象年齢の調査を依頼。さらに、接種群が子宮頸がんに罹患しないと考えてスクリーニングに参加しない可能性があるかどうかの調査も行う。

この間、多くの少女がHPVワクチン後に新しい病態を発症。症状には、四肢の刺通、眩暈、慢性疲労、筋痙攣、失神、視覚・聴覚・発話障害や、ループス、ギランバレー、多発性硬化症などの自己免疫疾患が報告されている。多数は車椅子使用者となり、補償請求が提出された。

2013年末までに、ガーダシル接種後に自己免疫疾患を発症した少女の家族49組がサノフィー・パスツール社(フランスでのガーダシル販売権保持者)を刑事告訴した。

2014年6月現在、訴訟に参加している家族は100組になっている。

世論と多くの役人は、数十年後の将来罹患するかどうかもわからない病気を予防しようという試みで、健康なフランスの少女たちに、日常生活ができないほどの新しい病態や、死さえも経験させることが、倫理的なのかどうか疑問に思い始めている。

この疑問は、特に、子宮頸がんは、安全で有効であることが証明されている方法でほとんどのケースが予防できるという観点から、深刻である。HPVワクチンは、本当に、フランスの医療費予算に大きな負担を課してまで価値のあるものなのか。

HPVワクチンは、良い面よりも悪い面の方が大きかったという可能性はなかったか?

2018年までに、HPVワクチンを規定回数接種した16歳の少女は、19%であった。
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