中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

もうひとつのナポレオン余波

2006年04月02日 | 

 朝日新聞ブログ「ベルばらkids ぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第7回には、「ナポレオンの兵隊さん」を書いた。

 これはナポレオン旋風によって、北の小国デンマークがさんざんに翻弄されたこと、そしてその国に住むひとりの貧しい靴職人の心身を狂わせ死期を早めたこと、「スズの兵隊さん」ならぬナポレオンの兵隊さんになったこの靴職人の息子こそ、あのアンデルセンだったというエピソードである。

 のちにアンデルセンと深く関わることになるメンデルゾーンもまた、ナポレオンの影響を間接的に受けたひとりだ。彼はハンブルク有数の実業家の息子として生まれたが、3歳のとき、ナポレオンがハンブルク貿易封鎖したため、父親は拠点を他の都市へ移さざるをえなくなる。

 けっきょくメンデルスゾーン家はベルリンへ引越した。父親はその地でさらに銀行業を拡大し、市参事会員に選ばれ、郊外にツタのからまる豪壮な邸宅をかまえる。アンデルセンのばあいと違い、ナポレオン余波はプラスに転じたかに見えた。

 しかし後年メンデルスゾーンは、ユダヤ人差別からくるベルリン音楽界の閉鎖性を、嫌というほど味わわされるはめになる。一方アンデルセンは、父の早死にによって自立を早め、成功へのステップを確実に踏んだ。

 最初は幸運と思えたことがあとから苦の種となり、はじめ不運に見えたことが最終的には吉と出る、そういう運命のいたずらはよくあることといえるだろう。 

 *拙著「メンデルスゾーンとアンデルセン」⇒http://www.saela.co.jp/

コメント (6)
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