中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

ピンカートン私立探偵社とピンカートン海軍中尉(世界史レッスン第101回)

2008年02月26日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第101回目の今日は、「世界初の私立探偵社」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/02/post_3dc0.html#more スコットランド移民で元シカゴ警察刑事ピンカートンが設立した、世界初と言われる私立探偵社について書きました。

 ピンカートンという名前を聞いて、音楽好きがまっ先に思い浮かべるのは、実在したこの私立探偵ではなく、架空の人物である海軍中尉の方ではないだろうか?プッチーニのオペラ『蝶々夫人』で、アメリカ的ノー天気ぶりを発揮して蝶々さんを見殺しにした男が、ピンカートンだからだ。

 『オペラギャラリー50』(学研)で、わたしが『蝶々夫人』について書いた一文から、少し抜粋したい。

<登場人物紹介>より
ピンカートン~健康でハンサムで女性にやさしくて、人生楽しければそれでいいという、たぶん牡牛座の男。悪意は全くない。ただ想像力が欠如しているだけ。異文化への敬意もないから、蝶々さんの自害も理解不能と思われる。

<男女間の深い溝、そして人種偏見>

 フェミニズムの立場から『蝶々夫人』に対する批判は二つある。まずアジア女性のステレオタイプ(愛する男のため犠牲になる、優しい、はかない女)を讃美していること。もうひとつは、人種を超えて愛し合ったとしても、結局は別れることになる、というパターンを肯定したこと。

 これが一理あることを劇的に証明したのが1986年に発覚したスパイ事件だ。フランス人外交官が、中国人の京劇俳優を女性と思い込んで恋仲になり、国家機密を盗まれていたというもの(『M,バタフライ』のタイトルで映画化された)。

 何と外交官は20年もベッドを共にしながら、男と気づかなかったという。裁判で彼は、裸を見ればすぐわかったはずではないかと詰問され、こう答えている、「アジア女性はつつしみ深く、どんなときでも男に裸は見せない、と言われていたので裸を見たことがなかった」と。

 これを偏見といわずして何と言おう。人はイメージに恋し、信じたいから信じる生き物であることがよくわかる。ピンカートンがそうであったように、蝶々さん自身もまた同じ間違いをしでかしたのだ。愛に値しない男を、ただ西洋人というだけで、つまり無骨な日本男性とタイプが違うというだけで、夢を託したのだから・・・

☆☆いま書店に出ている「サンデー毎日3/9号)の123ページをごらんください。南伸坊さんが「怖い絵」の書評を書いてくださっています♪
 少しだけ抜粋するとーー「・・・これを知ってから見れば絵は、いままでと違う見え方をするし、面白がり方ができる。わたしはこの本を読んで、そうした新しいアングルをたくさん教えられた。こういう切り口で編集された絵の本というのは今までなかったのではないか。もっと読んでみたい」

☆「表紙からして怖すぎる『怖い絵』は、古今東西の呪われた名画とその慟哭の背景を紹介する恐怖の一冊」--これは年始の「週刊現代」で、桜庭一樹さんが書評してくださった文章の導入部です♪

怖い絵
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中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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『アメリカン・ギャングスター』の驚き

2008年02月19日 | 映画
 今日の世界史レッスンはお休みです⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/02/post_0870.html#more

 パソコンにへばりついていたので、久しぶりに映画を見に行ってきました。リドリー・スコット『アメリカン・ギャングスター』。残酷描写をもう少し抑えてほしかったなあ、と思うけれど、なかなか良かった。実話!です。

 ベトナム戦争真っ盛りのニューヨークが舞台。ハーレムの黒人やくざが、いかにしてのし上がっていったか、不正を許さない一徹の刑事が、いかにしてそれを摘発するかが、丹念に描かれる。前半もたつくが、2筋の道が交差するあたりからしり上がりに面白くなった。

 まだ黒人差別があからさまで、ベトナム戦でも集中的に黒人が最前線にやられた、と言われていた時代、そしてマフィアといえばイタリア系が幅をきかせていた時代に、黒人が影でここまでのことができたという事実にびっくりした。ほんとに実話なのか、と一瞬疑ってしまった。映画の中でも、捜査官たちが彼を黒幕と突き止めるまでに時間がかかり、確証を得てからも上司にそれを納得させるのが大変だったのも、全てこの人種差別の壁であろう。

 興味深いのは、デンゼル・ワシントン演じるこのやくざの企業家感覚。
 当時、日本産のテレビを量販店が直接メーカーから仕入れて安く売っていることに目をつけ、それを麻薬で行なうことにするのだ。つまり東南アジアで直接、純度の高い麻薬を買い入れ、アメリカ軍のパイロットを買収して密輸し、安価で売りさばいて巨万の富を得る。

 黒人なので疑われにくいところへもってきて、非常に用心深く行動を地味にしたおかげで何年もばれずにすむのだが、たった一度だけ気が緩み・・・
 というところもなかなか人間的だ。

 追う側のラッセル・クロウは、仕事の清潔さと裏腹に私生活はダメ人間。汚い仕事をしながらふだんの生活は一見美しいというデンゼル・ワシントンとの対比も鮮やかだった。

 それにしても軍と警察の腐敗ぶりの物凄さには、うんざりしてしまう。今は大丈夫なんでしょうね、と言いたくなる。

 ☆『怖い絵』、5刷中。
☆☆年始の「週刊現代」で、桜庭一樹さんが書評してくださいました♪

怖い絵
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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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「世界史レッスン」100回目♪

2008年02月12日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第100回目の今日は、「もうひとりのオスカル」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/02/post_541e.html#more 『ベルサイユのばら』の我らがヒロイン、オスカルさまの名前にちなむコラムを、記念すべき第100回目で書けたのはメデタイことです♪

 さて、「世界史レッスン」を始めて、今日でほぼ2年がたちました。そして100回です!いやあ、我ながらよくもまあ、こんなに続くなあと感心してしまいます(誰も誉めてくれないから、自分で誉めよう!)

 最初は20回くらいの連載と勝手に思っていたので、軽い軽い、と始めたため、50回目あたりが、何というか、一番大変でした。もう書くことなんてないような気がして・・・

 でもそうでもないんですね。その一山を越えると、わりあいスムーズに運んでいます。だってフランス革命の前後100年ずつ、つまりこの200年間というのは、絶対王政の確立、血みどろの革命、市民の台頭ですから、とうぜん社会も文化も目まぐるしく変わり、人間も奇人変人のオンパレード。エピソードには事欠きません。
 けっきょく歴史の面白さというのは、人間に尽きますね~
 
 「世界史レッスン」は、絵で言えばスーラの点描画のようなものを目指しています。ある人物の、ある事件の、ある現象の、ほんの短いエピソードを点でぽつりぽつりと画布に置いてゆく感じでしょうか。その点々が、いつしかひとつの大きな絵になり、なるほど世界はこのように、網の目のようにつながっていたのかと、驚いてもらえれば、書き手としても楽しいかなあ、と。 

 その点々が100個にもなったわけですので、いよいよこの連載も書籍化されることになりました。ビジュアル面を充実させた、見て読んで楽しい本にしたいと思っています。出版日は未定ですが、わかり次第お知らせいたしますので、手にとっていただけたら幸いです♪

 ブログの連載はまだ続きます。来週はお休みしますが、2月26日からの第101回目以降も、どうぞよろしくお願いします!

 ☆『怖い絵』、5刷中。
☆☆年始の「週刊現代」で、桜庭一樹さんが書評してくださいました♪

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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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ナポレオンは「性的に不完全」?(世界史レッスン第99回)

2008年02月05日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の『世界史レッスン』第99回目の今日は、「敵国の元帥を国王に」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/02/post_f255.html
 スウェーデンの現ベルナドット王朝について書きました。

 オーストリアのナポレオン嫌いを反映してか、著名な文化史家であるパウル・フリッシャウアーは、こう書いている、

 「ナポレオンは、彼が立身するまでは衣食にもこと欠いた家族の小市民的根性からついに抜け出せなかった」
 「貴族的なロココのフランスを市民化したのは、革命でも総裁政府でもなく、王冠で満足せずに皇帝としてヨーロッパの支配者たちの元首になろうとした、落ち着きない成り上がり者である」
 「ナポレオン風の豪華は外装であり、伝統的な生活技術を欠く不自然なファサードにすぎない。皇帝はさまざまな恩恵を与えるといって、革命を生きのびた貴顕男女を宮廷に呼び寄せようとしたが、それもさっぱり効き目がなかった。そういう人たちには、帝位についた成り上がり者の環境が、彼自身感じていたのと同じように、快く感じられなかったのである」

 全くさんざんの言われようだ。もっとひどいのは、

 「当時のもっとも偉大な人物である彼が、セントヘレナで死んだ後の検証によれば、きわめて小さい、ほとんど退縮したと行ってもよいくらいの・・・・持ち主であったことに起因するのかもしれない。性的に不完全だという感情に苦しめられ、衝動を十分に満足させられなかった彼であればこそ、平和よりも戦争を好んだとも考えられる」

 新聞で読んだことがあるが、ナポレオンの遺体解剖した医師が密かに彼の身体の一部を切り取って保存、後にそれが実際にサザビーズにかけられたが、買った者はいなかった由。売買されるというところが凄すぎる!


☆『怖い絵』、5刷中。
☆☆年始の「週刊現代」で、桜庭一樹さんが書評してくださいました♪

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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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