中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

「ハプスブルク帝国の情報メディア革命」

2008年01月29日 | 
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」、第98回目の今日は「人間公衆トイレ?」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/01/post_5a32.html#more
 パリ・ロンドンの18,19世紀公衆トイレ状況について書きました。

 でも今日は本の話。
 「マリー・アントワネット」(角川文庫)ですばらしい解説(「物語の富の奪還」!!)を書いてくださった、菊池良生・明治大学教授による新刊「ハプスブルク帝国の情報メディア革命ーー近代郵便制度の誕生」(集英社新書)について。

 この本を書くきっかけとなったというエピソードが面白いのだが、著者が数年前ヴィーンに長期滞在していたとき、(以下、引用)

 「ヨーロッパは鍵社会だから、我々夫婦が借りていたアパートにも入り口に鍵がついていて、住人以外は勝手に入れない仕組みになっていた。おかげでセールスマンの応対に悩まされることは全くなかった。プライバシーはこんな風に保証されているのだ。
 ところが、である。郵便配達人は受け持ち地域のすべてのアパートの入り口の鍵のマスターキーを持っていて、いつなんどきでも堂々とアパートの中に入ってこれるのだ。考えてみれば、これは莫大な特権を握っているようなものである。だからこそヴィーンの郵便配達人はアパートの住人のプライバシーを侵さないように、自分が配達する郵便の宛名を決して見ないのである。彼らが見るのはひたすら所、番地だけである。所、番地があれば宛名に関係なく何でもかんでも郵便受けに突っ込んでゆく」

 かくして外国生活だというのに、著者のポストは常に満杯になったのだという。このあたりから俄然、ヨーロッパの郵便制度への興味がわいてきての研究成果がこの本へ結実した由。

 「16世紀、神聖ローマ帝国マクシミリアン1世によって整備されたヨーロッパ郵便網は、ハプスブルク家の世界帝国志向がもたらした情報伝達メディアであった」
「ヨーロッパは郵便を駆使して最初の世界経済システムを築き上げてゆくことになる」

 ハプスブルク家の郵便事業を請け負ったタクシス家なるものの存在を、この本で初めて知った。しかもこのタクシス・ファミリーは現在まで続く大富豪で、世界中に50以上もの企業を持ち、居住している城はバッキンガム宮殿より大きい!のだとか(ヨーロッパ貴族の凄さは、なかなか日本人にはぴんとこない)。

 グーテンベルクの活版印刷の影響力についてはよく語られるが、伝達メディアである郵便制度もまた、社会を激変させたという意味では、まさしく現代のインターネットと同じであり、ヨーロッパを緊密にしたという意味からは、現・欧州共同体の源だったのだ。いろいろ勉強になって面白かった! 歴史好き、ハプスブルク家好きには必読の書です。


☆『怖い絵』、28日の産経新聞で「話題の本」として紹介されました♪

怖い絵
怖い絵
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中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)
     
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モーパッサンの幽霊譚(世界史レッスン第97回)

2008年01月22日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」にて連載中の「世界史レッスン」第97回目の今日は、「遺体盗掘から殺人へ」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/01/post_79d3.html#more
 解剖ブーム?だった17,18世紀には、死体の数が足りなくなり、墓地を荒らして遺体を盗掘する犯罪者たちがはびこるという、負の側面について書きました。

 墓地といえば、モーパッサンの短編『一場の夢』がまっ先に思い出される。「ぼくは彼女を気の狂うほど愛していた」で始まる、切なくも怖い幽霊譚である。

 彼の恋人は、ある嵐の晩、濡れ鼠になって帰宅して以来、肺炎を併発してあっけなく死んでしまった。あきらめきれない彼は、毎日、彼女の墓に通って歎いたが、その日は「夜っぴて彼女の墓に涙を注いで過ごそう」と、そのまま墓地に居残る。
 
 凄まじい夜となった。真夜中を過ぎたころ、墓という墓が動き出し、中から死人が這い出てきたのだ。彼らは一様に自分たちの墓碑銘を読み、それを正しく書き換えはじめる。たとえば次のようにーー
 
 「ここにジャック・オリヴァン眠る。享年51歳。かつてその家族を慈しみ、心優しく、誇り高く、神の恵みのうちに逝けり」を、
 「ここにジャック・オリヴァン眠る。享年51歳。かつて遺産を奪うため父を早死にさせ、妻を虐待し、子どもたちを苦しめ、隣人を騙し、あらゆる放蕩にふけり、あさましき悲惨のなかに死せり」と。

 震える彼の前に、ついに恋人もあらわれる。彼が大理石に彫らせた「彼女は愛し、愛され、そして逝った」という墓碑銘をゆっくり消し、こう書き換えたのだった、「恋人を裏切り、嵐のなか別の男のもとへ行き、風邪をひいて死せり」と・・・

 真実は残酷だ。
 それともこれは、そうとでも思わなければ彼女を諦めきれないと思った彼の無意識がみさせた、まさに「一場の夢」だったのだろうか・・・?

 ☆『怖い絵』5刷中です。
紀伊国屋書店キノベス第7位に選ばれました。るんるん♪
☆☆先日NHKラジオ「深夜便」で、小池昌代さんがご紹介くださったとのこと。残念、わたしは聞き逃してしまいました(早寝早起きのため・・・)

怖い絵
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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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モーパッサンの幽霊譚(世界史レッスン第97回)

2008年01月22日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」にて連載中の「世界史レッスン」第97回目の今日は、「遺体盗掘から殺人へ」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/01/post_79d3.html#more
 解剖ブーム?だった17,18世紀には、死体の数が足りなくなり、墓地を荒らして遺体を盗掘する犯罪者たちがはびこるという、負の側面について書きました。

 墓地といえば、モーパッサンの短編『一場の夢』がまっ先に思い出される。「ぼくは彼女を気の狂うほど愛していた」で始まる、切なくも怖い幽霊譚である。

 彼の恋人は、ある嵐の晩、濡れ鼠になって帰宅して以来、肺炎を併発してあっけなく死んでしまった。あきらめきれない彼は、毎日、彼女の墓に通って歎いたが、その日は「夜っぴて彼女の墓に涙を注いで過ごそう」と、そのまま墓地に居残る。
 
 凄まじい夜となった。真夜中を過ぎたころ、墓という墓が動き出し、中から死人が這い出てきたのだ。彼らは一様に自分たちの墓碑銘を読み、それを正しく書き換えはじめる。たとえば次のようにーー
 
 「ここにジャック・オリヴァン眠る。享年51歳。かつてその家族を慈しみ、心優しく、誇り高く、神の恵みのうちに逝けり」を、
 「ここにジャック・オリヴァン眠る。享年51歳。かつて遺産を奪うため父を早死にさせ、妻を虐待し、子どもたちを苦しめ、隣人を騙し、あらゆる放蕩にふけり、あさましき悲惨のなかに死せり」と。

 震える彼の前に、ついに恋人もあらわれる。彼が大理石に彫らせた「彼女は愛し、愛され、そして逝った」という墓碑銘をゆっくり消し、こう書き換えたのだった、「恋人を裏切り、嵐のなか別の男のもとへ行き、風邪をひいて死せり」と・・・

 真実は残酷だ。
 それともこれは、そうとでも思わなければ彼女を諦めきれないと思った彼の無意識がみさせた、まさに「一場の夢」だったのだろうか・・・?

 ☆『怖い絵』5刷中です。
紀伊国屋書店キノベス第7位に選ばれました。るんるん♪
☆☆先日NHKラジオ「深夜便」で、小池昌代さんがご紹介くださったとのこと。残念、わたしは聞き逃してしまいました(早寝早起きのため・・・)

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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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双子と知らず結婚

2008年01月12日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 昨日11日のイギリスBBC放送によれば、先日ロンドンの裁判所で、ある新婚夫婦に婚姻無効の判決が出たという。理由は「近親婚」。

 このふたり、実は生後まもなく別々の養い親のもとへ預けられ、お互い双子とは全く知らず結婚してしまったとのこと。実の親を教えない今の法律に不備があるのではないか、と記事はしめくくっていた。

 「近親婚による婚姻無効」というのは、親子、祖父母、孫、兄弟姉妹、叔父叔母、甥姪関係にある場合、また血はつながっていなくとも、養子縁組後の子どもやその配偶者との結婚禁止の法律である。

 絶対主義時代のヨーロッパ王室が、叔父と姪の結婚を行っていたことはよく知られている。スペイン・ハプスブルク家滅亡の原因がそれだった(「世界史レッスン」に書いたことがあるのでお読みください。「血族結婚くり返しの果てに」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2006/06/post_77e5.html )

 ところで今回のイギリスの例では、心理学者が解説して曰く、「双子の男女は血縁を知っていると拒絶反応を示すが、知らないとお互いに強くひかれる傾向がある」ーー血の親和性は確かにあるだろう。

 それで思い出すのはヴァーグナーのオペラ「ヴァルキューレ」だ。離れ離れに育った双子が、会った瞬間、恋に陥る。女性の方はすでに人妻だったが、少しも障害とは感じない。いや、それどころか、互いに話し合ううち自分たちが双子とわかるのだが、それすら燃える恋情を抑えることはできないのだ。

 女は歌う、「あなたこそは春。凍てつく冬のさなかに、憧れつづけていた春です」と。男も歌う、「妹であり、花嫁である、おまえ」と。

 神話でありオペラであるからこそ、究極のタブー破りも許されるわけで。。。

☆『怖い絵』、5刷になりました♪
☆☆年末の日経新聞・書評委員が選ぶ「回顧2007 私のベスト3」に、井上章一氏が選んでくださいました♪
寸評は--「いわゆる泰西名画の背後に、むごい歴史、あるいはいとわしい社会を読み取っている。色と形だけでは語りつくせない、絵画の奥深さを教えてもらえる」

怖い絵
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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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ルーヴル美術館とナチス・ドイツ(世界史レッスン第95回)

2008年01月08日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 あけましておめでとうございます!
 今年もどうぞよろしく。すばらしい年になりますように!!

 さて、朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」2008年最初にして第95回目の今日は、「ルーヴル、城砦から美術館へ」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/01/post_df41.html#more
 もともとは城砦として建設されたルーヴルの、長い歴史についてざっと書きました。

 第二次世界大戦中、パリはナチス・ドイツに占領され、ルーヴル美術館も差し押さえられて一般人の入場は禁止された。そのころを舞台とした英仏合作映画『将軍たちの夜』(1966年製作、アナトール・リトバク監督)がすこぶる面白い。

 一見、ワーカホリックの完璧主義者と見えて、実はサイコ殺人鬼のナチス将軍(去年『ヴィーナス』に主演したピーター・オトゥールが鬼気迫る演技)が、ルーヴルに絵を見に行くシーンがあった。

 彼はほとんど美術に関心がないので、部下の説明などろくに聞きもせず、どの絵の前も足早に通り過ぎるだけなのだが、ふとゴッホ自画像(耳を切り落とした直後の作品)の前で足を止める。

 険しく鋭い眼つき、とがった頬骨、猛々しい髪と髭、妙に歪んだ肩、背景の渦巻く不安の青、どれも尋常ならざる負のエネルギーを放射するこの自画像に、将軍は自己を投影し、呪縛されたように動けなくなってしまうのだ。

 このシーンの強烈さは忘れられるものではない。オトゥールは入魂の演技で、鳥肌がたつくらい凄かった。ゴッホの狂気と彼の狂気がわんわん共鳴して、心底、怖かった。

 そもそもゴッホの絵はどれもわたしには不安と不快と恐怖のミックスなのだが、どうしてこれほど人気があるのだろう?色彩がきれいだ、と言う人が多いけれど、ああいう色の選択と重なりは人の心を脅迫すると思えるのだが・・・こればかりは人それぞれの感性なので仕方がないのかな。いつかわたしもゴッホの良さがわかるときがくるのでしょうか・・・

 ところで現在ではこのゴッホ、ルーヴルからオルセー美術館へ移されている。


☆『怖い絵』、年末の日経新聞書評委員が選ぶ「2007年わたしのベスト3」に、井上章一氏が選んでくださいました♪
寸評は--「いわゆる泰西名画の背後に、むごい歴史、あるいはいとわしい社会を読み取っている。色と形だけでは語りつくせない、絵画の奥深さを教えてもらえる」

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☆マリーもお忘れなく!(ツヴァイク「マリー・アントワネット」(角川文庫、中野京子訳)

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