中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

モーツァルト対クレメンティのピアノ競技(世界史レッスン第40回)

2006年11月28日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」に連載中の「世界史レッスン」第40回目の今日は、「ヨーゼフ2世、水戸黄門になる」。⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2006/11/post_e065.html#more
ヨーゼフ2世は死後、水戸黄門とよく似た伝説の主になりましたが、かなり笑えるそのエピソードについて書きました。お読みください。

 さてこのヨーゼフ2世、ミロシュ・フォアマン監督の映画「アマデウス」で、ひどくたどたどしくピアノを弾いていたが、実際の彼にはもう少し演奏技術があったといわれている。まんざら聴く耳をもっていなかったわけでもないことも、次のエピソードが証明していよう。

 1782年、宮廷からの要請で、モーツァルトとクレメンティ(イタリアの作曲家)がピアノ競演をしたときのこと。優劣を争う正式な競技とは違い、あくまで娯楽の一環ではあったが、それでもそれぞれに応援団がついた。華麗なテクニックを誇るクレメンティの方が腕は上、と評価した人が多かった。

 これに関して当時の人気作曲家ディッタースドルフが、ヨーゼフ2世と次のような会話をしたと、自伝に書いている。
ヨーゼフ「モーツァルトの演奏を聴いたことがあるか?」
ディッタースドルフ「3度ほどございます」
J「クレメンティは?」
D「聴きました」
J「彼の方がモーツァルトより優れていると申す者がいるが、どうか?忌憚なく述べよ」
D「クレメンティの演奏で優っているのはテクニックだけです。モーツァルトにはテクニックに加えて、音楽の趣というものがございます」
J「余もそう思う」

 ただしヨーゼフがモーツァルトのよりサリエーリのオペラの方を好んでいたのは間違いない。「後宮からの誘拐」は音符が多すぎると思ったし、「フィガロの結婚」は長すぎて退屈し、あくびをこらえきれなかった。

 まあ、わからないでもありません。妹の嫁いだ隣国では革命間近、自国の経済も逼迫と、政治で頭が一杯の彼には、せめてオペラは肩の凝らない気楽なものの方がいい。くたびれたサラリーマンがスポーツニュースを、くたびれたOLが恋愛ドラマを見る余力しか残っていないようなもので・・・

 わたし?くたびれたときは清水義範を読んでウフフと笑っています。

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

怖い絵
怖い絵
posted with amazlet on 07.07.14
中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

♪「メンデルスゾーンとアンデルセン」書評⇒http://www.meiji.ac.jp/koho/meidaikouhou/20060501/0605_10_booknakano.html

 
 







 
コメント (9)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジョージ・ワシントンはヴァンパイア?(世界史レッスン第39回)

2006年11月21日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」に連載中の「世界史レッスン」第39回目の今日は「早すぎる死への恐怖」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2006/11/post_e569.html#more
生きたまま埋葬されるのを恐れたサド、ポー、アンデルセン、ワシントンについてのエピソードを書きました。

 墓を掘り返してみると、死体が腐っていなかったり動いたあとがあったりして(土壌や温度の関係で科学的に説明可能な場合がほとんどなのに)、当時の人々はそれを棺の中で生き返ったと信じて恐怖にかられたのだろう。ヴァンパイア伝説の根に、これがあることはまちがいない。

 吸血鬼という観念に付随するものは膨大だ。「血は死者の食べもの」「死者の蘇生」「トランシルヴァニアのツェペシ公」「死に至る伝染病」「魔女」「コウモリ」「オオカミ」「フクロウ」「屍姦魔」「食屍鬼」「夢魔」「青い眼で赤毛」「犬死」「悪霊」「ニンニク」・・・

 心理学的には、夢の中でのオルガスム後、「吸い尽くされた」という感覚とともにあらわれるため、セクシャルな、しかも禁じられた悦びとも結びつき、ぞくぞくするほど魅惑的なドラキュラの誕生にもなってゆく。 

 また生血を吸い取ることから「人を苦しめる強欲な人間」の代名詞としても用いられる。それで思い出したが、ジョージ・ワシントンの生家を観光したときのこと。ポトマック川のほとりという絶好のロケーションにある広大な敷地には、なんと奴隷小屋も建っていて、人類の自由・平等を声高に唱えたワシントン本人が、300人ほどの黒人奴隷をこき使っていたのを知った。

 観光用に建てかえられたとおぼしき奴隷小屋は、すっきりきれいで、ちょっとした山小屋を大きくしたようなものだが、当然もとはこんなに居心地よかったはずがない。
 
 時代が時代とはいえ、毎日の暮らしのすぐそばで、自由を完全に奪われた人間が働いていること、いや、力ずくで彼らを働かせていたことに全く何の痛痒も感じていないというのは、どういう感性だったのだろうか。

 ワシントンは早すぎる埋葬によって自らがヴァンパイア化するのを怖れるより、すでにもうヴァンパイアになっていることに気づかなかったのだろうか。まあ、黒人奴隷の生血を吸って大国になったアメリカという国自体が、巨大なヴァンパイアといえるのだけれど・・・

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

怖い絵
怖い絵
posted with amazlet on 07.07.14
中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

♪[メンデルスゾーンとアンデルセン」書評⇒http://www.meiji.ac.jp/koho/meidaikouhou/20060501/0605_10_booknakano.html








コメント (15)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピョートル大帝の愚かな孫(世界史レッスン第38回)

2006年11月14日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」に連載中の「世界史レッスン」第38回目の今日は、「フリードリヒ大王にあこがれた小物」。ロシアのピョートル3世について書きました⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2006/11/post_1826.html#more
このピョートル大帝の孫は、愚かなばかりか人気もなく、即位してわずか半年後に暗殺されてしまう。

 ロシアをその剛腕で西欧化させたピョートル大帝は、前妻との間に娘をふたり、後妻との間に息子をひとりもうけた。順当にゆけばこの息子が跡を継ぐはずだったが出来が悪く、おまけに政治的にも父に背こうとしたため、逮捕。監獄でこの子は<病死>したことになっているが、ほぼまちがいなく殺されたと思われる。大帝自らが撲殺したとの噂もあるが、まあ、そこまではどうか。
 
 そういうわけで跡取りがいなくなってしまった。しかもピョートル大帝は健康自慢で急死したため、後継者指名をしなかった。その後のロシアの歴代皇帝は、ヨーロッパではちょっと考えられないような、妙ちくりんな顔ぶれになる(けっきょく西欧化に失敗?)

 即位順、及びピョートル大帝との関係&在位年数は、以下。

1、エカテリーナ1世(後妻。2年)
2、ピョートル2世(先妻の孫。3年)
3、アンナ(異母兄の娘。10年)
4、イヴァン6世(異母兄の曾孫。1年)
5、エリザヴェータ(後妻の娘。21年)
6、ピョートル3世(後妻のもうひとりの娘の子。半年)
7、エカテリーナ2世(6の妻。34年)

 一番すごいのは、エカテリーナ1世で、彼女は売春婦だったとの噂まである、少なくとも貴族では全くなかった女性。それが大帝の死後、即、帝位についてしまうのだからロシアは懐が深いというか、何というか・・・

 その後2から6までは、どうにかピョートルの血は細々続くものの、また7で、全く無関係のドイツ女性が帝位についている。いやあ、日本なら絶対ありえないのでは・・・

♪「電脳草紙」さんが拙著「恋に死す」の紹介をしてくださいました。⇒http://blogs.yahoo.co.jp/fq5ttnk/21903045.html


 
コメント (14)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「プリティウーマン」--現代の椿姫?(世界史レッスン第37回)

2006年11月07日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」に連載中の「世界史レッスン」第37回目の今日は「ナポレオンも苦言--ロマンティックな結核」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2006/11/post_0e87.html
19世紀末になるまで結核は伝染病と知られていなかったこと、おかげでこの病気はロマンティックなファッションにまでなったことについて書きました。

 さしずめ結核は現代のエイズ。プッチーニの「ラ・ボエーム」では薄幸の美女ミミが結核で死ぬが、このオペラを現代化したミュージカル「レント」では、エイズに置き換えられて死の恐怖を身近なものにしてあった。

 ところでかつて大ヒットしたハリウッド映画「プリティウーマン」は、ヒロインが娼婦だったところから<現代の椿姫>と宣伝されていたが、本家の椿姫が結核にかかっていたのに対し、こちらは健康でノー天気で、何の悲しみもないのには呆れはててしまった。

 この映画は主演ふたりの魅力で気楽な娯楽作品にはなっていたけれど、いろいろ嫌な点も目立った。なにしろ肝心なところが欠落している。それは売春によって蔑まれ罰せられるのは常に女性の側だけという点。19世紀の「椿姫」「ラ・トラヴィアータ」はしかたないとして(男性の性的欲求は当然のことと許されるが、女性のそれは罪悪との考えが一般的だったから)、しかしそれから160年もたってなお同じ感覚で作品がつくられているのはどうかと思う。

 リチャード・ギアが最初、自分の宿泊している最高級ホテルへジュリア・ロバーツを引き入れるシーンがあった。ここはあまりのリアリティのなさに唖然とする。なぜならふつうああいうホテルは一目見て街娼とわかる女性は、ドアのところでシャットアウトするからだ。しかも周囲の非難の眼差しは彼女にのみ集中しているが、現実には男の側へも向けられるはずで、制作者サイドの意図が透けて見えて不快だった。

 「椿姫」は食べるため娼婦になり、死の病を得ながら最後の恋に賭け、なおかつ英雄的にその恋を諦めた女性の悲劇だった。「プリティウーマン」の彼女は、ただ何となく街娼になった女性で、おそらく一定期間が過ぎれば適当な相手を見つけるか、他の職業につくのだろう。たまたま夢のような相手が現れて、お金で飾りたててくれたので劇的に変貌し、社会的に認知されることがいかに快適であるか知ったというにすぎない。

 彼女は後半、勉学をやり直し、自立して生きてゆこうと決意する。その心根は尊い。それなのになぜか脚本は彼女にその努力をさせない。相手がプロポーズするからだ。これでは生き方を変えようと思っただけで、あらゆるものは手に入るかのようだ(念仏じゃあるまいし)。

 この映画は、売春の要因に男女間の経済格差があるということを巧妙に隠しているばかりでなく、お金さえあれば何でも解決というアメリカ式幸福の構図、さらには女性の自立を望まない男性の意図が明らかという点でも問題山積といえよう。

 そもそも人生は何度でもやり直せるという考えは、あまり美しくはない。売春しようが殺人しようが、新たにリセットして何度でもやり直せばいい、だなんて、それでは人を優雅さから遠ざけるばかりに思うが・・・そして優雅さのない人生はとっても寂しいものだと思うが。

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

怖い絵
怖い絵
posted with amazlet on 07.07.14
中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

♪「恋に死す」の新聞インタビューです⇒http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/20040111/visit.html
コメント (12)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする