中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

エリザベス1世

2007年03月27日 | 映画
 今エリザベス1世についての短い原稿を書いている。それで10年ほど前の映画『エリザベス』(シェカール・カプール監督)をもう一度見直してみた。

 コッポラの『マリー・アントワネット』に比べ、演技陣は充実しているしストーリーもはるかに劇的で面白いのだが、いかんせん史実どおりでないのが大きな欠点と思われる。『マリー~』の方は、主人公の未熟と気分にのみ焦点をあて周辺事情はほとんどどうでもいい扱いだったため、首飾り事件も革命も逃亡も処刑も、およそ大事なことは何ひとつ描かれないという凄いことになっていてびっくりしたけれど、少なくとも史実的に大きな嘘はなかった。

 一方、若き日のエリザベスが恋を捨てヴァージン・クイーンとなるまでを描いた『エリザベス』は、主演のケイト・ブランシェットをはじめ、ジェフリー・ラッシュ,リチャード・アッテンボロー、ジョン・ギールグッド、ファニー・アルダンと実力派をそろえ、人物造型の掘り下げが深く説得力があるので、なおさらフィクション部分が気になってならない。

 ひとつは国務大臣セシルについて。「賢明にして有徳の士」と呼ばれたセシルはこのとき38歳。エリザベスの優れた人事を証明するもので、実際セシルは親子2代にわたって彼女を支えることになる。ところが映画でのセシルはエリザベスに結婚を促すばかりの頭の固い老人にされ、あげくに短期間で隠居を求められていた!

 またフェリペ2世がエリザベス暗殺を企てたのは事実だが、この映画のように報復としてスペイン大使を暗殺したことはない(国外追放のみ)。暗殺などしたら、即、戦争勃発となるわけで、これはかなり無茶な話である。

 最悪は、エリザベスの恋人だった主馬頭ロバート・ダドリーが暗殺に加わったにもかかわらず許されるというエピソード。これはあまりにもやり過ぎ。事実は彼は50代半ばで病死するまで、エリザベスの忠実な臣下であり続けた。

 まだまだ小さな作りごとはたくさんあり、せっかく出来の良い映画なだけに惜しいことであった。続編が制作されるようだが、今度はもう少し歴史映画らしくあってほしい。

 あ、そうそう。書き忘れるところでしたが、『エリザベス』には新ボンド氏のダニエル・クレイグも出ていました。ローマ法王の命を受けて女王を暗殺しようとする役(女王陛下のスパイだった007と真逆ですね)。しかも失敗してひどい拷問を受ける。『カジノ・ロワイヤル』より痛そうな拷問でした・・・

☆今日の朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」の「世界史レッスン」は、「アメリカ独立戦争とリンチ」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/03/post_8f23.html#more
リンチ(私刑)の語源について書きました。

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

怖い絵
怖い絵
posted with amazlet on 07.07.14
中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

☆☆ありがとうございます。おかげさまで『マリー・アントワネット』3刷りになりました。るんるん♪
☆☆☆ツヴァイクは、アントワネットとフェルゼンが身も心も一体となった「真の恋人どうし」であったと、微笑ましくなるほど力説しています。
マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)

◆マリー・アントワネット(上)(下)
 シュテファン・ツヴァイク
 中野京子=訳
 定価 上下各590円(税込620円)
 角川文庫より1月17日発売
 ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8




 
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結婚詐欺師(世界史レッスン第55回)

2007年03月20日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第55回目の今日は、「日本のパスポートを持つ白人の台湾人」。⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/03/post_60ec.html#more
18世紀初頭のイギリスに登場した、なんとも珍妙な詐欺師について書きました(ちょっぴりとはいえ、日本がからむところも面白いと思って)。

 メリメの場合は、いかにもインテリが好みそうな偽書。大ベストセラーになったイザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』を思い出す。とはいえ山本七平氏は黙したまま逝去されたが。

 詐欺師映画だと『スティング』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『復讐するは我にあり』などが思い出される。詐欺師は殺人はしないという定説を破った『復讐するは~』は、実話でもあり、見ていて気が滅入った。

 女性の結婚詐欺師を扱ったものとしては、『ブラック・ウィドー』がなかなか良かった。ターゲットを徹底的に分析して、相手の「夢の女」になりすますのである。叩き上げの金持ちの場合は、モンロー風のあからさまにセクシャルなブロンド美女に、西洋史研究の大学教授の場合は、黒髪で知的な眼鏡美人に、フランス人の芸術家に対しては、すっぴんナチュラル美女に(あ、全部美人なのは共通してますけど)。

 本人の素がどんなものかはけっきょくわからないのだが、他人の「夢」になり続けているのも辛いらしくて(偽台湾人がけっきょく告白したのと同じ心理だろう)、一定期間を過ぎると男を殺し、遺産を奪って、次のターゲットへ。これを楽しんでいるふうなのだ。

 で、主人公は実はこの結婚詐欺美女ではなく、それを追う女性捜査官。彼女はどうも今ひとつ男性にもてないので、だんだんこの犯人にふつう以上の興味を抱き始める。つまりやり口を真似たいと思う。いや、この美女に自分が成り代わりたいとすら思う。その感じがなかなか良かったな。

 「美女とは、あなたの目を惹く人。魅力的な女性とは、あなたに目を惹かれる人」--という言葉がある。美女で、なおかつあなたに目を惹かれている人となれば、これは最強ですわねえ。でも詐欺には気をつけましょう。
☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

怖い絵
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中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

☆拙訳『マリー・アントワネット』(画像をクリックするとアマゾンへいけます)
☆☆マリー・アントワネットが被害者になった大がかりな詐欺事件といえば、「首飾り事件」。真相がわかってみれば、どうしてこんな人間に騙されたのだろうと不思議だが・・・マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)

◆マリー・アントワネット(上)(下)
 シュテファン・ツヴァイク
 中野京子=訳
 定価 上下各590円(税込620円)
 角川文庫より1月17日発売
 ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8



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ジェリコーとドラクロワ(世界史レッスン第54回)

2007年03月13日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第54回目の今日は、「メデュース号のスキャンダル」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/03/1816_7dd3.html#more
名高いジェリコーの『メデュース号の筏』について書いた。この絵を見たルイ18世は不快感を隠そうとしなかったらしい。

 絵には描かれていないが、実際の筏の上には食用の人肉片が散らばり、マストにも干してあったという。ジェリコーは血のついた手斧ひとつ描くことで、それを見る者の想像にまかせた。

 「美人薄命」という言葉があるが、美男も薄命かもしれない。ジェリコーは『メデュース号の筏』を発表した5年後、33歳の若さで亡くなった。彼には有名なロマンスがあり、母方の叔父(しかも彼にとっては大恩人)の若い妻との不倫だ。子どもも生まれている。誰ひとり幸せにならなかった悲恋であった。

 ジェリコーがこのように短命で作品数が少ないため、フランスロマン主義といえば、彼より7歳年下のドラクロワに代表されてしまう。
 とはいえ面白いことにふたりは実生活でも仲が良く、『メデュース号の筏』の中央に倒れている男のモデルをしたのがドラクロワと言われている。

☆拙訳『マリーアントワネット』(画像をクリックするとアマゾンへいけます)
☆☆ツヴァイクはルイ18世=プロヴァンス伯を、兄の王位をねらう「陰謀の黒いモグラ」との卓抜な比喩で評しています。悪い奴なんですねー、これが。
マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

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中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」





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甘い父ゲーテ、非情のヘーゲル(世界史レッスン第53回)

2007年03月06日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第53回目の今日は、「父の説教あれこれ」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/03/post_32cc.html#more
有能な父から無能な息子への、あるいは凡庸な父から天才の息子への、さまざまな説教について書きました。

 それにしてもピョートル大帝のような破格の人間を父親に持つ息子は、気の毒としか言いようがない。息子はことあるごとに、「アレクセイ、なんておまえは馬鹿なんだ!」と罵られていたので、陰で「死んだ父が見たい」と言っていた由。

 ゲーテは一人息子がまだ小さなころ、おもちゃとして出回っていた小型ギロチン!を買ってやろうとしたのだが、小都ワイマールには売っていなかった。それでフランクフルトに住む自分の母親に頼んだところ、「そんなプレゼントなど、とんでもない」と断られてしまった。祖母の見識に軍配。

 現代思想に大きな影響を与えた19世紀の哲学者ヘーゲルは、良き家庭人として知られ、妻子を愛していたと言われる。だが実はけっこう計算高い男でもあったようで、名門の妻を得るため、愛人を捨てた過去があった。愛人には男の子があり、ヘーゲルは自分の息子であることを認めないわけにはゆかなかった。

 ベルリン大学教授として順風満帆だったヘーゲルにとって、この息子の存在は疎ましかったらしい。ことごとく他の子どもたちと差別し、最後は「ヘーゲル姓を名乗るな」と命じ、ジャカルタへ追いやってしまう。息子は恨みを残して26歳でその地で死んだ。

 父と息子の確執というのは、女性にはなかなか理解しにくい部分がある(母と娘ともずいぶん違うのではないだろうか)。そこには男としての競争意識やプライドもからむし、「盲目的に可愛がる」のではなく「まず相手の能力を測る」部分が大きいような気がするが・・・

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
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☆ツヴァイク『マリー・アントワネット』、なかなか重版分が書店に入らずご迷惑をおかけしました。今週からは大丈夫のはずです。「ベルばら」アントワネットの帯がかわゆいですよ♪
☆☆画像をクリックすると、アマゾンへ飛べます。

マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)
「マリー・アントワネット」(上)(下)
 シュテファン・ツヴァイク
 中野京子=訳
 定価 上下各590円(税込620円)
 角川文庫より1月17日発売
 ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8



☆拙訳「マリー・アントワネット」はこちら(画像をクリックするとアマゾンへ飛べます)
☆これを読むと、マリア・テレジアと息子ヨーゼフの場合、母子関係というより父子関係に似ているかも・・・
マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)

◆マリー・アントワネット(上)(下)
 シュテファン・ツヴァイク
 中野京子=訳
 定価 上下各590円(税込620円)
 角川文庫より1月17日発売
 ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8







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