中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

ベートーヴェンの恋&川田順の恋(「老いらくの恋(2)」)

2008年11月25日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン<映画篇>」第4回の今日は、「こんなに愛しているのに、なぜ・・・」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/11/1827-024d.html#more
 ゲーリー・オールドマンがベートーヴェンに扮した『不滅の恋』について書きました。

 さて、先月の続き「墓場に近き老いらくの恋」です。

 川田順は、恋人俊子の夫、中川教授と懇意だったため、自分の裏切り行為に苦しむ。やがてふたりの仲が教授に知られると、意を決して「奥さんを自分にください」と頼みに行くが、当然ながら会ってはもらえなかった。

 「貴君とは永久にお目にかかりません」という返事が人づてにとどいた。

 そのうち俊子は子どもたちをおいて、川田のもとへやってくる。すぐ連れもどされる。夫婦喧嘩が始まる。寂しくなった川田が迎えにゆく。また俊子は家出する。そんな繰り返しで彼女はノイローゼになるし、川田まで死を考えるようになった。

  死なむと念ひ生きむと願ふ苦しみの
     百日つづきて夏去りにけり

 こうして晩秋の深夜、恋の重荷に耐えかねた川田は、前妻の墓のある寺の境内で自殺をはかる。幸い発見が早くて一命はとりとめたものの、マスコミにかぎつかれて大スキャンダルになってしまう。

 どの新聞にも「老いらくの恋」の見出しが躍った。それは川田の次の歌がもとになっている。

  若き日の恋は はにかみて
  おもて赤らめ 壮子時(おさかり)の
  四十の恋は 世の中に
  かれこれ心配れども 
  墓場に近き老いらくの
  恋は 怖るる何ものもなし

 姦通、自殺未遂、世間からの嘲笑・・・「驕りたかぶっていた」かつての川田は、ある意味、死んでしまい、それによって罪ある恋は赦された。

 俊子の離婚が成立し、翌年、ついにふたりは結ばれる。幸せなこの結婚は、川田が84歳で亡くなるまで続いた。

 「老いらくの恋」という言葉は流行語になり、今に至るまで定着している。そして彼の熱い歌の数々も、わたしたちの胸を妖しくかき乱す。


 ☆☆集英社WEB文芸「レンザブロー」で今月から開始の連載「王妃たちの光と闇」はこちら⇒ http://renzaburo.jp/contents/022-nakano/022_hyoshi_001.html

 ☆☆集英社『青春と読書12月号』に「革命の激震、周辺国を揺るがす」を書きました。⇒ http://seidoku.shueisha.co.jp/seishun.html


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[墓場に近き老いらくの恋」①

2008年11月18日 | 雑記
 集英社WEB文芸「レンザブロー」で今月から開始した連載「王妃たちの光と闇」はこちら⇒ http://renzaburo.jp/contents/022-nakano/022_hyoshi_001.html

 さて今日は、数年前に北海道新聞に書いた、歌人・川田順についてのエッセーの抜粋再録です。以下ーー

 川田順は東京帝大卒のエリートで、順調に出世コースをのぼり(住友常務理事として財界に君臨)、歌人としても歌集『鷺』で帝国芸術院賞を受け、皇室の和歌指南であり、後には芸術院会員にもなった。

 おまけに眼に力のこもる美男子で、背も高く、若いころから黙っていても女性たちが寄ってきたという。

 完璧さゆえの鼻持ちならなさが感じられたのか、山本夏彦がこのころの川田を評して「驕りたかぶって見えた」と言ったほどだ。

  山空をひとすじに行く大鷲の
     翼の張りの澄みも澄みたる

 こうしたスケールの大きい、端正で自信に満ちた歌の作者が、晩年にいたって激情にとらわれ、姦通、自殺未遂、世間の嘲笑と、醜態をさらし、やがて突き抜けた境地に達してゆくのだから、世の中は何と豊かでおもしろいのだろう。

 ーー長年つれそった妻を亡くし、退職した65歳の川田の前に、京大教授夫人で3人の子の母、37歳の中川俊子が、歌の弟子として入ってくる。

  樫の実のひとり者にて終わらんと
     思えるときに君現れぬ

 はじめは自制していたふたりだが、いったん愛を確かめあってからは、もはや思いをせき止める何ものもなかった。現代ならば珍しくものない不倫。だが姦通罪の規定が憲法からやっと外されたばかりという昭和22年当時、罪の意識はあまりに強烈である。

  相触れて帰りきたりし日のまひる
     天の怒りの春雷ふるふ

 明るく晴れわたる空を、ふいの稲妻が引き裂く。それはまるで、道ならぬ恋に鉄槌を下す天の怒りのようだというのだが、同時にまたここには、天に逆らってまで愛さずにいられない自分、天に逆らってまで愛してくれる恋人への肯定があり、震えるほどの歓びが伝わってくる。(続きは来週)

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「王妃たちの光と闇」連載開始♪

2008年11月15日 | 雑記
 集英社WEB文芸「レンザブロー」をご存知でしょうか?
 去年から始まったネット上の雑誌です。酒井順子さん、恩田陸さん、加門七海さんなどが執筆していらっしゃいます。

 そこに昨日からわたしも連載を開始しました。月に一度の更新です。タイトルはーー

 「王妃たちの光と闇」⇒ http://renzaburo.jp/contents/022-nakano/022_hyoshi_001.html  (画面右下に「はじめから読む」というのが出てきますので、それをクリックすると誰でも読めます)

 ヨーロッパの王妃たちの幸せな、あるいは不幸せな一生、平凡な、あるいは劇的な人生について、綴ってゆきたいと思っています。

 第一章は、エリザベス一世に首を刎ねられた美貌のメアリー・スチュアートについてです。4回連続の第1回目が、この11月。2回目は12月です。

 メアリー・スチュアートは超のつく有名な歴史上の人物ですが、あまり有名ではない王妃の意外な人生なども、おいおい語ってゆければと思っています。

 興味がありましたら、どうぞお読みください。感想なども聞かせていただければ、とっても嬉しいです♪


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ムンクの「女吸血鬼」

2008年11月11日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン<映画篇>」第3回の今日は、「ヴァンパイアもモーツァルトを歌う」⇒ http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2008/11/post-dfc0.html#more
 トム・クルーズ主演の「インタビュー・オブ・ヴァンパイア」について書きました。

 吸血鬼映画は数多い。古いところではドイツ無声映画の「ノスフェラトゥ」。ひょろひょろの長身に禿頭、耳が尖って爪も長くて、セクシーさのかけらもない化け物然としているのは、いかがなものか。

 ドラキュラといえばクリストファー・リーということになっているけれど、あいにくわたしは一本も見ていなくて残念。ゲーリー・オールドマンのドラキュラは今ひとつ。

 「ドラキュラ、ニューヨークへ行く」というコメディはちょっと笑えた。大都会にはヴァージンがいないので、ドラキュラが困る、という映画でしたね。

 ポランスキーの「吸血鬼」もブラックな笑いに満ちていました。これはミュージカル「ダンス・ウィズ・ヴァンパイア」となって近年蘇えり、ウィーンで初演(ポランスキー本人が演出)。日本でも上演されたので、わたしも見に行きました。けっこう楽しかった♪

 絵画ではムンクがけっこう吸血鬼を描いています。
 中で「女吸血鬼」がすごく怖い。ふつうヴァンパイアは耳の下あたりの首筋に牙をたてるわけで、それによって愛撫に似たエロスが醸されるのですが、ムンクのは男の首の真後ろにガブリという感じです!男は諦めたのかおとなしくしているのが何とも・・・

 ムンクのように女性にもてまくった男性は、自分が相手のいいようにされている、精気を吸い尽くされている、と被害者気分になるものかもしれないなあ。。。

 話変わって。

 もうだいぶ以前のことですが、わたしはひどい貧血になったことがありました。少しずつ悪化していったので、あまり自覚症状がなくて、でも階段を上がる時ひどい息切れがして、ついに病院へ行くと、「こんなにひどくなるまでどうして」と言われたほどでした。でも鉄剤を飲んで劇的に回復したので、めでたしめでたしなんですけど。

 その自覚症状がなかったとき、なぜか何度も吸血鬼に追われる夢を見ていたのです。意識にはのぼらなくとも、身体が脳へ訴えていたのかと今にして思います。血が足りませんよ、血が足りませんよ、って。夢には耳傾けるべきだな、とつくづく感じています。    


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小説の読者は「ヒステリカルで肉体嫌悪症」?

2008年11月04日 | 
 今週の「世界史レッスン<映画篇>」はお休みなので、三島由紀夫「小説とは何か」について。

 読まれた方も多いと思われますが、彼は小説の読者について、次のように列挙しています。

 「人生経験が不充分で、しかも人生にガツガツしている、小心臆病な、感受性過度、緊張過度の、分裂製気質の青年たち」

 「性的抑圧を理想主義に求める青年たち」

 「現実派である限りにおいて夢想的であり、夢想はすべて他人の供給に俟(ま)っている婦人層」

 「ヒステリカルで、肉体嫌悪症の、しかし甚(はなは)だ性的に鋭敏な女性たち」

 「何が何だかわからない、自分のことばかり考えている、そして本に書いてあることはみんな自分と関係あると思い込む、関係妄想の少女たち」

 「人に手紙を書くときには、自分のことを2,3ページ書いてからでなくては用件に進まない自我狂の少女たち」

 「なんとなく含み笑いを口もとに絶やさない性的不満の中年女たち」

 「結核患者。軽度の狂人。それから夥しい変態性欲者」・・・

 あはは。笑ってしまうが、我が身をかえりみて(どれかとは言いませんが)、ほんとにそのとおりだなあ、と思いました。

 で、三島は続けてこう書くのです。

 「彼らは見かけはいかにも平凡な、町のどこでも会う人たちであり、頭のよさそうな青年、美しい少女、好もしい主婦、実直な勤め人であるだろう。そして決して彼らは自分を小説につないだもっとも内的な動機については、何も語らないだろう」

 小説とは何か?

 「読者の側からすれば、自分のもっとも内密な衝動の、公然たる代表者且つ安全な管理人を得るのである。或る小説がそこに存在するおかげで、どれだけ多くの人々が告白を免れていることであろうか」


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