中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

映画『マリー・アントワネット』

2007年01月30日 | 映画
 ソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』を見てきた。まあ、良くも悪くもアメリカ映画かな、という感じである。

 全体に言えるのは、ヨーロッパの香りというものが全くないこと。
 アントワネットは王権神授説を疑ってみることさえしない誇り高い王妃であり、彼女の存在の基盤はすべてそこから来ているのだが、映画ではまるきりふつうのアメリカ娘になってしまっている。優雅のかけらもない。

 登場人物みなそうだ。デュ・バリー夫人は街娼まがいの振る舞いだし、フェルゼンに至ってはあまりに露骨な表現で誘惑する。誰も彼も薄っぺらで、人間性の複雑さは忘れられ、見えるものだけが存在するといった世界だ。

 しかしある種の「気分」は確実に表現できている。名家へ嫁いできた遊び好きな少女が、慣れぬしきたりにとまどい、世継ぎに恵まれず悩み、使い放題のお金で贅沢三昧を味わい、嫌いな相手には意地悪し、恐ろしい現実には目をそむけ、ふわふわ楽しく、だが退屈に暮らしている、といった感じがよく伝わってくるのだ。
 これはある意味で、現代という時代の気分とも通じるのではないか。
 
 女性の観客にとっては衣装のすばらしさ、インテリアの豪華さ、ケーキの可愛らしさもたまらない。あんがいこれはこれで悪くはないのかもしれない。

 それにこの映画を見た人の多くは、きっと真実を知りたいと思ったのではないだろうか。アントワネットの実像を知りたい、彼女の生きた時代の歴史を知りたい、全く登場しなかった民衆の生活やフランス革命についてもっと知りたい、そう思ったのではないだろうか。
 というわけで、高校で世界史を学ばなかった若い人には、特にお勧め。

☆おかげさまで早くも重版になりました♪
  (画像をクリックするとアマゾンへ飛べます)
マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)


☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

怖い絵
怖い絵
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中野京子 朝日出版社 (2007/07/18)


①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

♪今週の「世界史レッスン」は「ルソーの教育論とその実態」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/1764_e48f.html#more
 ルソーが我が子をどう扱っていたかについて書きました。


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マリー・アントワネット対デュ・バリー、女の戦い(世界史レッスン第47回)

2007年01月23日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第47回目の今日は、「デュ・バリー夫人、チャールズ1世を買う』⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/post_eec4.html#more
彼女がヴァン・ダイク「狩猟場のチャールズ1世」を購入したエピソードについて書きました。

 ルイ15世最後の愛妾デュ・バリーは娼婦あがりだった。王太子妃としてオーストリアからフランスへ嫁いできたアントワネットにとって、これは信じがたいショックである。何しろ母親マリア・テレジアは、娼婦を鞭打って丸坊主にし、国外追放するという政策を取っていたほどなのだから。

 というわけで名高い「女の戦い」が切って落とされる。宮廷では高位の女性からしか声をかけられないというしきたりがあったので、アントワネットは決してデュ・バリーに話しかけなかったのだ。恥をかかされたデュ・バリーはルイ15世に訴え、ルイはオーストリア大使に圧力を加え、大使はマリア・テレジアに手紙を書き、ついに女帝は娘に「声くらいかけてやりなさい」と説得する。

 アントワネットはよくよく悔しかったとみえて、なかなか段取りどおりに声をかけられず、何度か失敗した後、ついに・・・このシーンは、ツヴァイク『マリー・アントワネット』に、こう書かれている。

 --1772年元日。ついにヒロイックでも滑稽でもある女の戦いは決着を見る。デュ・バリー夫人の勝利、マリー・アントワネットの敗北。
 再び芝居がかった舞台が用意され、今回も証人兼観客として仰々しい宮廷人たちが集められる。新年大祝賀会の始まりだ。序列にしたがって、次々宮廷女性たちが王太子妃のそばへ歩んでくる。その中に大臣の妻エギヨン公爵夫人と並んでデュ・バリー夫人がいる。アントワネットはエギヨン公爵夫人に短い言葉をかけてから、頭を微妙にデュ・バリー夫人の方へ向け、はっきり彼女と面と向かってとは言えないまでも、好意的に見ればそう見えなくもないといった感じで--全員、ひとことも聞き漏らすまいと息をつめたーー待望の、そして激しい葛藤の末の、前代未聞の、運命的な言葉を発する。こう言ったのだ、「今日はヴェルサイユもたいへんな賑わいですこと」--

 ばかばかしいような話だが、こうした一見つまらないことが周囲の権力者たちに貸し借りを作ることになるのはよくあること。この事件も、めぐりめぐってポーランド分割へつながっていったというツヴァイクの説には、なるほどと感心させられた。

☆☆☆ありがとうございます。もう重版になりました♪♪
マリー・アントワネット 上 (1) <br>
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☆新著「怖い絵」(朝日出版社)<br>
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪<br>
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①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」



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底なしのグルメ(世界史レッスン第46回)

2007年01月16日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第46回目の今日は、「だんだん良くなる3代目」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/post_63a2.html#more

プロイセン王3代が、あとになるにつれて出来がよくなり、小国の立場から列強と肩を並べるまでに至る過程について書きました。

 2代目フリードリヒ・ヴィルヘルム1世には、こんなエピソードも--
 牡蠣を100個手に入れた王は、自分ひとりで70個食べてしまい、残りを7人の客に出した。
 すごいですね。人間性がわかるというか・・・

 こんな大食の報いで体重は120キロ、胴回り150センチ(ハンプティダンプティみたい)、晩年は痛風に苦しんで51歳で死去している。ちなみに父親のフリードリヒ1世も寿命は短く、50代半ば。

 一方、3代目フリードリヒ大王は(人生そのものがことごとく運が良いのだが)、74歳まで長生きしている。暇なしに戦争し、あいまに読書、演奏、芸術を振興し、父譲りの倹約精神を持ちつつも、底なしのグルメだったから、料理長を2人、料理人を12人抱えて食事を楽しんだ。ストレス解消が上手だったのだろう。

 それで思い出したが、最近の新聞記事によれば、日本女性のストレス解消法の第一位は「買い物」が断トツの由。他国は「友人とのおしゃべり」なんだそうで、これは何を意味するか、といろいろ分析してあった。サンプル数が少ないなあと感じたが、とりあえず自分に当てはめてみれば、やっぱり買い物が一番ストレス発散できますわねえ☆

☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

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①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」

♪ツヴァイク「マリー・アントワネット」新訳(角川文庫)は、いよいよ今日(1月17日)発売で~す。以下は、朝日スタッフOさんの感想付き。⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/post_e1ac.html
 

マリー・アントワネット 上 (1) マリー・アントワネット 下 (3)


◆マリー・アントワネット(上)(下)
 シュテファン・ツヴァイク
 中野京子=訳
 定価 上下各590円(税込620円)
 角川文庫より1月17日発売
 ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8

♪お詫び
  間違えていくつかのコメントを削除してしまいました。申し訳ありません。






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ジュディ・デンチ、そしてモーツァルト。(世界史レッスン第45回)

2007年01月09日 | 朝日ベルばらkidsぷらざ
 朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第45回目の今日は、「新年クイズ~この映画に登場する王&女王は誰?」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/post_be90.html#more
 7本の映画から当ててください。映画を全く見ない方でも世界史好きなら、「恋におちたシェイクスピア」だけはきっとわかるはず(この文豪とくれば、あの女王ですものね)。あなたはいくつできましたか?

 女王3人のうち、ヴィクトリア女王とエリザベス女王のふたりの役を演じた女優といえば、ジュディ・デンチ。実物にはちっとも似ていないのに(ヴィクトリアは背が低くて小太り、エリザベスはぎすぎすの痩せタイプ)、演技力でそれらしく見せてしまうのだからすごいもの。おまけに彼女は今大ヒット中の「007カジノロワイヤル」で、ボンドの上司Mまでこなしている。

 クイズに挙げた7本中、個人的に一番好きなのは「アマデウス」。ピーター・シェーファーの原作戯曲が何しろすばらしい!

 アマデウスとはラテン語で「神に愛されし者」の意。モーツァルトのミドルネームを指す(ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト)。映画の主人公はしかしこの不世出の天才ではなく、「神に愛されず」、それゆえ傑作を残せなかった凡庸な作曲家アントニオ・サリエリの方だ。ウィーン宮廷楽長という高い地位にありながらサリエリは、自分の作品がモーツァルトのそれに足もとにも及ばないことを知って苦しむ。

 しかも彼の目には、モーツァルトが何の造作もなく軽々と作曲しているとしか見えない。音楽を、神へ近づくための道、自己の全てを賭して奉仕すべき神聖なものと考えるサリエリにとっては、それが享楽的なモーツァルトの生き方に通じるようで許しがたい。なぜ神は、この自分ではなく、よりにもよってあんな軽蔑すべき人間の方を選んだのかという神への怒り、そしてモーツァルトの輝く才能への嫉妬がいつか殺意にまで膨れあがってゆく。

 モーツァルトの死後30年以上も長生きしたサリエリは、またたく間に自作が顧みられなくなるのを、目の当たりにしなければならない。せめてモーツァルトの名声に寄り添う形で自分の名も後世に残したいと、モーツァルト殺しを告白してみても、世間は狂気の老人の戯言とみなすだけだった・・・運命の残酷なめぐりあわせを、こう皮肉に描いたのがシェーファーの斬新さだった。


☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪

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①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
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⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
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♪♪「ベルばらkids」で紹介中の新訳「マリー・アントワネット」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/post_e1ac.html

 

 







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マリー・アントワネット

2007年01月04日 | 
 明けましておめでとうございます!今年もどうぞよろしく。

 今週の「世界史レッスン」はお休みです。けっこう毎週書くのは大変なので、ちょっとほっとしています。とはいえお正月も仕事をしていました。オペラの解説を書いていたのです。ふう~。

 ツヴァイクの「マリー・アントワネット」(角川文庫)はいよいよ今月17日発売です。去年後半はこの新訳にかかりきりでしたが、とっても楽しい仕事でした。何しろやっぱりめちゃくちゃ面白いのだからして。
「ベルばらkidsぷらざ」で紹介されているので見てくださいね!そういうわたしも今日初めてカバーの絵を見ました。なかなかきれいです。⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/01/post_e1ac.html#more

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