さて「パパジョン」の最終回である
今回は 生前 パパジョンこと 島村さんが
元町「アストロ」というディスコで フロアーマネージャー兼バンド関係責任者の時
撮りためたバンド写真を 見せる事にする
はげまるが パパジョンに飲みに行っていたある日 島村さんが
「○○君 おもしろい写真見るかい?」
なんて取り出してきた沢山の写真の中の一部を お見せしますね
ほとんどが 島村さん自身が撮った写真である
お店の宣伝材料として 撮ったそうである
パパジョンの暗い店での コンデジ手持ち撮影である
だから変な光が写りこんだり はげまるの手なんかも写りこんでいる
40年前ぐらいの写真である
元町「アストロ」は元町の入り口から少し入った右側のビルの地下にあった
その「アストロ」の看板が懐かしいな~
バンド名は不明である 日本人のバンドである (と思う)
「アストロ」の店内のステージで撮った写真だと思う
この頃外国からのバンドが沢山日本に出稼ぎに来ていた
特にフィリピンバンドの数はずば抜けて多かったのである
ブラスロック系のバンドみたいである
どんな音を出していたんだろうな~
と興味は尽きない
アストロのステージをバックにして撮った写真
店内の客席方面の様子がよく分かる
はげまるの想像なのだが
アストロの裏通り そう真裏あたりに神社があるのだが
深夜 島村さんがバンドを引き連れて撮ったのではないかな~
賽銭箱が写りこんでいる
この写真のバンドはディスコ全盛の時代のモノと思われる
アフロヘアー全盛であった
誰もが信じない事がある
この はげまるでさえ その昔は ぬぁんと
アフロヘアーをしていたのだ
びっくりしたなぁ~もぅ
ただ その頃から髪の毛の絶対数が少ない はげまるであったので
アフロヘアーの隙間から 向こうの景色が見られたくらいであった
(ホントの恐ろしい話である われながら感心している)
その頃では 珍しいカラー写真である
このバンドは 日本人ぽいかな~
島村さんは とにかくバンドには親切で優しかった
「音楽を一生懸命やっている奴に悪いのはいない」
これが 島村さんの口ぐせであった
下手な音を出すと えらく怒られたものだ
はげまるも よく怒られた思い出がある
この英文は フィリピンバンドのメンバーから島村さんに送ってきた手紙である
感謝の言葉が並んでいる
この写真は 島村さんが撮ったモノではない そうプロモーション写真
音楽雑誌で見たことがある
フィリピンバンドNO・1 と言われていた
「スゥナーズ」である
左側の人が オルガン担当 その隣のアフロの人がベース 歌担当で
一番歌が巧かった
真ん中がギター その隣が ドラム (この人のパワフルドラムには驚かされたな~)
そして一番左側が歌のクリスさん
なんでクリスさんと名前を覚えているのかと言うと
その昔 はげまるはここ「アストロ」で「スゥナーズ」とチェンジバンドであって
よく 英語やら曲を 教えてもらっていたからである
ひょうきんで 優しかった島村さん
「人生 楽しくやらなきゃ~意味がねえぞ」
てな感じが伝わってくる
ありがとう 島村さん
今回は 生前 パパジョンこと 島村さんが
元町「アストロ」というディスコで フロアーマネージャー兼バンド関係責任者の時
撮りためたバンド写真を 見せる事にする
はげまるが パパジョンに飲みに行っていたある日 島村さんが
「○○君 おもしろい写真見るかい?」
なんて取り出してきた沢山の写真の中の一部を お見せしますね
ほとんどが 島村さん自身が撮った写真である
お店の宣伝材料として 撮ったそうである
パパジョンの暗い店での コンデジ手持ち撮影である
だから変な光が写りこんだり はげまるの手なんかも写りこんでいる
40年前ぐらいの写真である
元町「アストロ」は元町の入り口から少し入った右側のビルの地下にあった
その「アストロ」の看板が懐かしいな~
バンド名は不明である 日本人のバンドである (と思う)
「アストロ」の店内のステージで撮った写真だと思う
この頃外国からのバンドが沢山日本に出稼ぎに来ていた
特にフィリピンバンドの数はずば抜けて多かったのである
ブラスロック系のバンドみたいである
どんな音を出していたんだろうな~
と興味は尽きない
アストロのステージをバックにして撮った写真
店内の客席方面の様子がよく分かる
はげまるの想像なのだが
アストロの裏通り そう真裏あたりに神社があるのだが
深夜 島村さんがバンドを引き連れて撮ったのではないかな~
賽銭箱が写りこんでいる
この写真のバンドはディスコ全盛の時代のモノと思われる
アフロヘアー全盛であった
誰もが信じない事がある
この はげまるでさえ その昔は ぬぁんと
アフロヘアーをしていたのだ
びっくりしたなぁ~もぅ
ただ その頃から髪の毛の絶対数が少ない はげまるであったので
アフロヘアーの隙間から 向こうの景色が見られたくらいであった
(ホントの恐ろしい話である われながら感心している)
その頃では 珍しいカラー写真である
このバンドは 日本人ぽいかな~
島村さんは とにかくバンドには親切で優しかった
「音楽を一生懸命やっている奴に悪いのはいない」
これが 島村さんの口ぐせであった
下手な音を出すと えらく怒られたものだ
はげまるも よく怒られた思い出がある
この英文は フィリピンバンドのメンバーから島村さんに送ってきた手紙である
感謝の言葉が並んでいる
この写真は 島村さんが撮ったモノではない そうプロモーション写真
音楽雑誌で見たことがある
フィリピンバンドNO・1 と言われていた
「スゥナーズ」である
左側の人が オルガン担当 その隣のアフロの人がベース 歌担当で
一番歌が巧かった
真ん中がギター その隣が ドラム (この人のパワフルドラムには驚かされたな~)
そして一番左側が歌のクリスさん
なんでクリスさんと名前を覚えているのかと言うと
その昔 はげまるはここ「アストロ」で「スゥナーズ」とチェンジバンドであって
よく 英語やら曲を 教えてもらっていたからである
ひょうきんで 優しかった島村さん
「人生 楽しくやらなきゃ~意味がねえぞ」
てな感じが伝わってくる
ありがとう 島村さん