趣味の小箱

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 「人生に計画をたててはなりません」ヘッセの手紙残像となる

万葉の人々の愛した馬酔木(アシビ)

2005-02-24 15:45:05 | 気になる動物・植物
馬酔木との出会い
 馬酔木との出会いは、最澄(栗田勇著)の本のなかの次の記述でした。
(略)受戒のあと、南都で三ヶ月にわたる夏安居(げあんご)の比丘の戒威儀の研修に入る前のひととき、広野(最澄の幼名)は、時に大安寺から、東大寺や興福寺へ教えを乞いにかよった。その行き帰りに、緑がしだいに深くなってゆく春日山を仰ぎみると、不思議な胸さわぎを覚えた。春日の社の後ろには、人の入らぬ千古の密林が広がっている。その下枝をくぐるようにわずかに鹿たちの獣道(けものみち)が曲りくねっていた。小路の両側に、頭上から白い大きな馬酔木の花の房が空をふさぎ、強い匂いが軀のうちに浸みた。馬酔木の花の香りは、心をかきたて、どこか、渇きを呼びさますように思える。(略)広野は、馬酔木の花の洞窟をくぐりぬけて、ずんずんと細い獣道をつきすすんだ。(略)しばらくゆくと、突然小路が切れた。えぐられたような崖が眼下にひらけ、大きな岩がごろごろしていた。昔の川床なのだろううか、(略)突然視野の隅を大きな猿のようなものが走って岩蔭にかくれた。(略)老婆である(略)

広野は老婆の捨てたものに近づいた。臭いがした。腐爛した若い女の黒髪が、むしろからはみ出している。あたりを見廻すと、腐りかかった骸(むくろ)が岩のあちこちにちらばっていた。
 そういえば、山の聖(ひじり)から、春日山の裏は、大昔は骸を捨てるところだったと聞いたことがあった。広野は白い馬酔木の花の群れに誘われるようにして、このひそかな墓場に踏み込んだのも、宿命の導きを感じた。
 
 たしかに、経典では、花の顔(かんばせ)も、夕べには骸となると読んだことはあるが(略)
広野は心眼で月輪をひたに凝視していた。月輪の中に如来がおられる。大日如来さまだと広野は直感した。

 馬酔木の花と骸を捨てる墓場とのとり合わせである。広野が最澄となる生い立ちを小説にしたもので、この情景は現実というより広野の修行中の心の風景なのだろう。
いかに馬酔木の花が美しく霊的なものを誘う雰囲気をもった花かが想像できる。

         

 奈良公園の馬酔木は有名である。万葉の旅(犬養孝著)によると、春日野は春日山地西麓一帯の野で、若草山や御蓋山(みかさやま)の裾にかけてこんにち奈良公園となっているところで、その奥には奈良の昔から幹の太い、背丈より大きい馬酔木の森があるらしい。

万葉の人々の愛した馬酔木(アシビ)

2005-02-24 14:16:54 | 気になる動物・植物
有毒である馬酔木
 馬酔木は各地に自生するツツジ科の常緑潅木で、高さ1.5~3mになる。春に壺形の小さな白い花を総状につける。葉には、アセボトキシンという動物の呼吸中枢を麻痺させる有毒物質を含んでおり、馬などがこれを食べると、あたかも酔ったようにふらつき、昏睡状態に陥るところから、起こったものだという。
 このように毒性があるため、動物が本能的に、この木を食べることはないという。歯・茎をせんじた汁は、ハエ、アブを殺し、家畜の皮膚寄生虫の駆除に用いられる。アシビの花は、春の彼岸の時期にまっ盛りだから、ヒガンギとも呼ばれ、仏前の供花に用いられるという。
また枝一面に垂れ下がった壺形の花を形容してスズラン、シズコバナ(鈴子花の意味)、チョウチンバナともいう。

万葉の歌
 さまざまな顔をもつ馬酔木だが、花の美しさは、奈良時代の万葉の人々には、悲しみも、喜びも、恋も馬酔木の花に託して歌に詠むほど愛されていた。
代表作に
  磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに
                     (巻二ー166)  大来皇女(おおくのひめみこ)
【大津皇子の姉、弟の大津皇子とは二歳の年長である。天武二年伊勢神宮に奉仕する斎宮となった翌年に赴任、天武崩御とともに斎宮は解任となって弟が死に処せられた。事件当時は二十六歳だった。】

意味
「池などの岩のほとりの可憐清楚なあしびの花を手折って弟に見せようと思うけれど、お見せしようとするその人は、もうこの世にいるとは誰もいわないことだ」とあきらめきれぬくやしさを訴える気持ちが底にもあるような気がする。(万葉の旅・犬養孝著より)

その他の万葉集の馬酔木(あしび/あせび)を詠んだ歌はこちらから

万葉の人々の愛した馬酔木(アシビ)

2005-02-24 13:36:58 | 気になる動物・植物


園芸品種としての馬酔木
 私は園芸品種の小さいアセビしか見たことがないが、現在でも庭園樹や公園樹などとして栽培されており、意外と身近にある有毒植物なのです。
 鉢植えには、特に赤花品種や班入り葉、矮性で、葉が細いヒメアセビが喜ばれる。鉢物の園芸品種に淡紅色のアケボノアセビが栽培されている。(樹木図鑑・NHK趣味の園芸より)

歳時記  季題は〈春〉  馬酔木の花
俳句
  馬酔木より低き門なり浄瑠璃寺     水原秋櫻子

  馬酔木咲く金堂の扉にわが触れる    水原秋櫻子

  花馬酔木春日の巫女の袖ふれぬ     高浜虚子

  馬酔木野の夕日幼なもて呼ばれ     丸山哲郎



おわりに
 馬酔木はお寺や墓地にあるもの、そんなイメージだったが万葉集のなかで、大切な人を思う花、庭園樹としてその家の繁栄をたたえる花、恋の歌にと美しさを愛で、大切にされた花であった。しかし、私の周りで花を見ようと思ってもどこにあるのか分からないのが現状です。かろうじて、ある病院に樹の下の植え込みとしてヒメアシビがあるのを見つけた。
 今も奈良公園に万葉の人々の心を共有できる「ささやきの小径」がある。
桜にさきがけて咲く馬酔木の白い花をしっとりと楽しむのもいいかもしれない。


ささやきの小径
           
志賀直哉旧邸から春日大神に通じる小路を「ささやきの小径」と呼んでいて、馬酔木の木がとても雰囲気をつくり、昔からのデート路です。(サイトから)