玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ベス・ハート、ライブ(9)

2018年12月23日 | 日記

 10曲目のI'd Rather Go Blindもボナマッサとの共作Don't Explainに入っているカバー曲である。この曲は黒人のブルース・シンガー、エタ・ジェイムズの1968年のヒット曲で、スタンダード・ナンバーとして様々なアーティストによってカバーされている。

ジョー・ボナマッサと

 私がベス・ハートを発見したのは、YouTubeでブルースのいいのはないかと漁っていた時で、最初に聴いたのはボナマッサとの共演の曲、この曲やClose to My Fire、I Love You More Than You'll Ever Knowなどだった。
 最初の印象は「信じられないくらい歌のうまい女だ」というものであると同時に、ブルース・ギターの泣かせるフレーズは私には合わないなというものでもあった。最初から私はジョー・ボナマッサのギターに違和感を覚えていたわけだ。
 私は子どもの頃から楽器というものが苦手で、どんな楽器もまともに演奏できたことがない。そんな劣等感からか超絶技巧的な演奏になじめないのだ。とくにI'd Rather Go Blindは女心を切々と歌った曲だから、ヴォーカルを聴きたいのにギターが前面に出すぎる。

ジェフ・ベックと

 この曲はジェフ・ベックのギターでも聴くことができる。2012年にケネディ・センター・オペラ・ハウスでの黒人のブルース・ギタリスト、バディ・ガイに捧げるコンサートで、彼女は、当時のオバマ大統領夫妻を前にして歌っている。一世一代の晴れ舞台というわけである。
 しかし、ここでも私はジェフ・ベックのギターの技巧に走った演奏スタイルになじめない。ボナマッサのが泣かせるギターだとすれば、ベックのは腕を見せつけるギターという感じで、ジェフ・ベックの方がたちが悪い。でもベス・ハートはオバマ大統領だけでなく、少女時代から憧れていたレッド・ツェッペリンのメンバー達を前にして、かなり緊張しながらもとてもエモーショナルに歌っている。

Rockwis Orkestraをバックにジョン・ニコルズと

 白人が黒人の曲のカバーをやってもほとんどの場合、到底太刀打ちできないのが実情である。しかし、この人の場合は違う。ベスがジョン・ニコルズのギターをバックに、黒人かと思うようなドスの利いた声で通しているヴァ-ジョンがある。
 2014年、どこかのブルース・フェスでRockwis Orkestraをバックに、ベスとジョンが演奏しているものだ。ベスはこのときかなり太っていて、「声の出どころは肉だ!」と思わせるが、とにかく迫力満点だ。このヴァージョンがこの曲のベスのベストだろう。
 ジョンのギターは相も変わらず無骨で、堅実、ボナマッサやベックのような細かな技巧はないし、ベックのような装飾的な音もないが、その方がベス・ハートのヴォーカルに合っているのだということを、またブルース一般においてもその方がヴォーカルが生きるということを、ベス・ハートのファンの一部にも知ってもらいたいと思う。


アレクサンドル・デュマ劇場でジョン・ニコルズと

 ところで今日は、アレクサンドル・デュマ劇場での山場を迎えているのだった。Leave the Light Onを終えると、ピアノから離れてステージ中央前方にストールを出してきて、そこに座った。曲の紹介で「私の大好きな歌」と言うのが英語でも聞き取れた。
 
 Something told me that it was over, baby, yeah
 When I saw you, when I saw you and that girl

初めて聴く人はこの歌い出しに圧倒されるだろう。本家エタ・ジェイムズのような高い声もなく、可愛らしさもなく、ひたすら腹の底からドスの利いた声が出てくるのである。この日も熱唱だった。小さな会場でも決して手を抜かないのが彼女の流儀なのだ。いつ聴いてもいい曲である。
この曲に関しては本家よりもベス・ハートのヴァージョンの方がいいという人もたくさんいる。オリジナルよりもカバーの方がいいということは稀にあることだが、ベスの場合にはそれが稀ではない。
 この曲もそうだが、ボナマッサとの共作3枚目、今年1月に出したBlack Coffeeの中のDamn Your Eyesなどは、エタ・ジェイムズのオリジナルを完全に凌駕していると思う。ベス・ハートはスタンダードをカバーして、次々とそれを新しいスタンダードにしてしまうのである。

アルバムBlack Coffee