玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』(3)

2017年04月28日 | ラテン・アメリカ文学

 それらの写真についての描写などもちろんない。ただ、そのほんの一部が伝聞の形で伝えられるのみである。「ムニョス=カノによると……」

「何枚かの写真にガルメンディア姉妹やほかの行方不明者の姿が写っているのがわかった。その多くが女性だった。写真の背景はどれもほとんど変わらなかったので、同じ場所で撮られたものだと思われた。女たちはマネキン人形のように見え、いくつかの写真では手足が切断されたばらばらのマネキン人形のようだったが、ムニョス=カノは、その三割が、スナップ写真を撮ったときにまだ生きていた可能性を否定していない。」

 伝聞によってしかそれらの写真の残酷さを明らかにしないことによって、ボラーニョは大きな効果を上げている。読者の想像力に働きかけているのであり、つまり、これも黙説法の一種なのである。
『2666』においても、第二部「アマルフィターノの部」と第三部「フェイトの部」で、このような黙説法や、伝聞による仄めかし、あるいは夢の共有などによって、小説の不安を耐えがたいほどにまで高めていく手法が駆使されているが、それはこの『はるかな星』での手法の延長上にあるものに他ならない。
 実際にこのような恐るべき写真展を開いた人間が、殺人の容疑で逮捕されずに済むはずがない。しかし、そうした下賤な疑問は写真展に参加したある人物の次のような言葉によって不問に付されるだろう。

「ここでは実際のところ何も起こらなかった、おわかりのように、世間一般の人々のあいだでは何も、ということだが、……」

 この写真展は犯罪の証拠であるどころか、ひとつの芸術作品なのである。先のムニョス=カノという人物がそのこともまた間接的に証言している。

「展示された写真の並べ方はでたらめではなかった。ひとつの方針、ひとつの論理、(時系列に沿った、精神的な……)ひとつの物語、ひとつの構想に従っていた。天井に貼ってあるものは(ムニョス=カノによれば)地獄、空虚な地獄に似ていた。四隅に(画鋲で)貼ってあるものは、顕現(エピファニー)のように見えた。狂気の顕現。」

 カルロス・ビーダーは詩人なのであった。写真展が詩として構成されていたのだとしたら、彼の殺人自体もまた行為としての詩であったのではないか(ボラーニョがそれを肯定的に見ていたのではないことは、この作品の原点が『アメリカ大陸のナチ文学』に含まれていたことから分かるのだが)。
 カルロス・ビーダーはこの小説の中で2番目に登場する時に、小型飛行機で空に詩を書くパイロットとして、その姿を現すのである。ビーダーは行為としての詩を実践するパフォ-マーであったのである。
 だから彼の殺人鬼としての殺人行為の動機などどこにも書かれていないし、彼が飛行機でラテン語の詩を空中に描くことになる動機もまた書かれてはいない。それらは無償の行為なのであって、ただ〝狂気の顕現〟であるだけである。
 主人公カルロス・ビーダーの行為が説明され、解明されることは決してない。殺人鬼としてのビーダーと詩人としてのビーダーのあり方の関係について説明されることもないし、ビーダーが何を考えているのかについてもまったく記述はない。
 つまりこの小説は、殺人事件を解明しようとする謎解きの小説なのではまったくないし、殺人鬼の心理を分析しようとする意志を持った小説でもない。それは『2666』が一見推理小説のように見えながらも、巨大な謎が解明されるどころか、かえって謎が深まって終わってしまうというところとよく似ている。

(この項おわり)


 

 

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ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』(2)

2017年04月23日 | ラテン・アメリカ文学

 小説は一見何の変哲もない学園風景から始まる。チリはコンセプシオンの大学が舞台である。フアン・ステインとディエゴ・ソトという教授のゼミに集う、幾人かの詩を書く男女の学生たちの人物配置がまず行われる。
誰が誰に恋しているとか、誰も相手にしてくれないとか、〝まるで青春学園ものだな〟と思っていると、すぐに暗転がやってくる。その暗転は次の一行に見事に示され、その後に悪夢がやってくる。

 数日後、軍事クーデターが起こり、政権が崩壊した。

 1973年9月11日のピノチェト将軍による、アジェンデ左翼政権に対するクーデターである。その後歴史的には独裁的な恐怖政治が続いていくのであるが、『はるかな星』ではそうした歴史的事実がそのまま書かれることはない。
 そうではなく、次々と消えていく友人たちや、教授連の情報の中にそのことが暗示されるのみである。そして、語り手〝僕〟がそのひとりに恋している双子のガルメンンディア姉妹の恐怖。その恐怖は思いもしない形で現実のものとなる。
 主人公カルロス・ビーダーは最初、ルイス=タグレという名前で登場する。その後も様々な偽名で何度も出てくるが、まるでその悪行が固有名には所属せず、不特定多数の名前に帰属するそれであるかのようである。
 ビーダーは不穏なコンセプシオンからナシミエントの叔母の家に避難しているガルメンディア姉妹を突然訪問し、そして突如凶行に及ぶ。その場面は次のように書かれている。

 いずれにしてもビーダーは、ドアを次々と静かに開けていく。ついに一階のキッチンの隣に叔母の部屋を見つける。向かいはおそらく家政婦の部屋だ。部屋の中に滑り込んだちょうどそのとき、家に近づいてくる車の音が聞こえる。ビーダーはにやりと笑い、ことを急ぐ。素早く枕元に立つ。右手に鉤を持っている。エマ・オヤルスン(姉妹の伯母)はすやすやと眠っている。ビーダーは枕を外し、それで女の顔を覆う。即座に、一息で、頸を掻き切る。

 ここでは淡々とした描写の即物性が指摘される。感情をまったく押し殺したかのような文章である。『2666』の「犯罪の部」で連続女性強姦殺人事件を犯罪調書のような書きぶりで書いて見せた、あの冷酷さに似ている。しかし『はるかな星』の殺人場面には『2666』のような露悪的な要素はない。
 ビーダーは車でやって来た四人の男と、ガルメンディア姉妹をも殺害するのであるが、その凶行の場面は描かれない。ボラーニョはそれを意図的に描かない。描かないことによって、読者にさぞかし残忍な殺され方をしたのだろうという推測を働かせるのである。
 いわゆる〝黙説法〟である。ボラーニョはこの黙説法の名手であると思う。小説は起きたことをすべて書いたのではいけない。そこにメリハリが生まれないからである。露出すべきは露出し、秘匿すべきは秘匿しなければいけない。
 その典型的な例を第6章のカルロス・ビーダーがアパートの自室で開く写真展の場面に見ることが出来る。この殺人鬼ビーダーは、自分が殺した人間の死体の写真を部屋に無数に飾り、客をひとりずつ入れて展覧に供するのである(このことも後から分かるのであって、最初はどんな写真展なのか読者は知らない)。
 ボラーニョはこの異常な写真展のことを直接描写しようとしない。招じ入れられた客の反応を通して、その異常さを強調する。最初に部屋に入ったタチアナ・フォン・ベックの反応はどうであったか?

 タチアナ・フォン・ベックが出てくるまでに一分もかからなかった。顔は青ざめ、引きつっていた。みなが視線を向けた。彼女はビーダーのほうに目をやり、――まるで何か言おうとしているのに言葉が見つからないかのように見えた――それからトイレまでたどりつこうとした。だが間に合わなかった。廊下で吐いてしまい、そのあと、ひとりで帰りたいと言い張ったにもかかわらず、家まで送っていこうと申し出た将校に支えられて、よろめきながらアパートを出ていった。

 こういうところに私は、ボラーニョの特異な才能を感じないではいられない。


 

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ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』(1)

2017年04月21日 | ラテン・アメリカ文学

 寺尾隆吉がロベルト・ボラーニョの『はるかな星』について、彼の最高傑作だというようなことを書いているので、『2666』の次ぎに読むのはこれだと思っていた。
 カルロス・フエンテスの小説のあまりの難解さにいささか疲れを感じていたため、ちょっと口直しにと『はるかな星』を読むことにしたのである。ボラーニョは『2666』しかこれまで読んでいないが、『2666』が超大冊であるにも拘わらず、非常に読みやすかった記憶があるからである。
 フエンテスの難解さが、複雑な時間処理(それは小説技法である以前に、フエンテスの時間に対する考え方からきている)や、夢の中のように錯綜する人物配置、あるいはその哲学的思弁癖にあるとすれば、ボラーニョにはそのようなものは一切ない。
 ボラーニョの小説は文章も短く平易に書かれており、物語の進行もリニアーな時間軸に沿っているし、登場人物もクリアーであり、描写は即物的で〝分かりやすく投げ出されている〟ような印象を受ける。
 また『2666』には推理小説的な構成があって、謎解きへのスリリングな期待を抱かせる。しかしそれはあくまでも〝期待〟なのであって、謎が完全に解かれることはない。ある意味では読者の期待を裏切るというか、はぐらかす小説であるのだが、それでもボラーニョの仕掛けにはまって読んでいくことになる。
『はるかな星』でもそれは同じことである。このボラーニョにとっては初期の作品を読んでいると、晩年の遺作『2666』を予兆する要素がたくさんあることに気づかされる。『はるかな星』の主人公は極悪な殺人鬼で詩人のカルロス・ビーダーであり、『2666』の主人公はもとナチス軍の兵士で小説家のアルチンボルディである。
『はるかな星』には語り手である〝僕〟をはじめ、たくさんの詩人が登場し、『2666』はアルチンボルディの小説家としての一代記としても読むことができる。つまりボラーニョは、小説の中に文学的環境を直接に導入するのである。それが彼の小説に文学的ミステリーのような印象を与える要因となっている。
〝文学的ミステリー〟としての『はるかな星』は、その元になる作品が『アメリカ大陸のナチ文学』という「架空の文学事典」の中に含まれている。「カルロス・ラミレス=ホフマン」という作品がそれであり、『はるかな星』を読んだ後で「カルロス・ラミレス=ホフマン」を読むと、人物の名前こそ違えプロットは同一であり、まるで『はるかな星』のあらすじを読ませられているような感じがする。
 もちろん事情は逆で、『はるかな星』は「カルロス・ラミレス=ホフマン」という短編を、中編小説として引き延ばしたものである。ボラーニョは「カルロス・ラミレス=ホフマン」の文章を、そのまま『はるかな星』で使ってもいて、まるで自己剽窃とでも言いたいくらいである。
「架空の文学事典」のようなものには先行作品があって、ボルヘスとビオイ=カサーレス共著による『ブストス=ドメックのクロニクル』や、スタニスワフ・レムの『完全な真空』を挙げることができる。この二著がどちらかというと架空の作品論あるいは批評であるのに対して、『アメリカ大陸のナチ文学』は詩人たちの伝記のような要素が強い。
 私は『ブストス=ドメックのクロニクル』も『完全な真空』もどちらも読んだが、どうしても好きになれない部分がある。「完全な真空」というタイトルからも分かるように、それらが〝虚〟の〝虚〟をテーマとしているからだ。存在しない本についての書評なり批評を読むことに、一体どんな意味があるのかと思ってしまう。
 特に『ブストス=ドメックのクロニクル』はボルヘス独特の高等遊戯的な要素が鼻持ちならなくて、私はとても評価する気になれない。しかし、『アメリカ大陸のナチ文学』には遊びの要素はあまりなくて、それぞれ詩人を主人公にした短編小説として読むことができるようなので、後で読むことになるだろう。「カルロス・ラミレス=ホフマン」だけは読んだが……。

ロベルト・ボラーニョ『はるかな星』(2015、白水社、ボラーニョコレクション)斎藤文子訳
ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』(2015、白水社、ボラーニョコレクション)野谷文昭訳

 

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カルロス・フエンテス『遠い家族』(4)

2017年04月19日 | ゴシック論

『遠い家族』の中で、主人公ブランリー伯爵が「ぐっすり眠りながら夢の中で、だがあたかもなかなか寝つけないかのように、ラテンアメリカ生まれのフランス人たちを羊のように数えて気を紛らわした」と言う場面がある。
 ブランリー伯爵はそこで、カール・マルクスの娘婿でキューバ生まれのポール・ラファルグ、マルセル・プルーストと交友のあった作曲家でベネズエラ生まれのレイナルド・アーン、象徴派詩人でウルグアイ生まれのジュール・ラフォルグ、『マルドロールの歌』を書いたロートレアモン伯爵こと、同じくウルグアイ生まれのイジドール・デュカスを挙げている。
 この中で重要なのはジュール・ラフォルグとイジドール・デュカスということになる。なぜならフエンテスは1928年、パナマ市で生まれているが、父親が外交官であったため、幼少時代をモンテビデオ、リオ・デ・ジャネイロなど南米各都市で過ごしていて、小説中ではウルグアイ生まれということになっているからである。
 ラフォルグとデュカスはウルグアイの首都モンテビデオの生まれだが、どちらも両親はフランス人。ラフォルグは6歳でフランスへ戻り、デュカスは13歳でフランスに戻っている。フエンテスは6歳で南米を離れて、1934年からはワシントンで暮らしている。
 小説の中でフエンテス自身である〝私〟は、ブランリー伯爵に次のように話す。

「ブエノスアイレスとモンテビデオは私にとっては失われた都市です。それらは死んでしまったので、私がそこに戻ることは決してないでしょう。ラテンアメリカ人にとって最終的な故国はフランスです。パリは決して失われた都市にはならないでしょう。」

 わずか6歳でアメリカに渡ったフエンテスにしてみれば、アルゼンチンのブエノスアイレスもウルグアイのモンテビデオも〝失われた都市〟なのに違いない。ではなぜ「ラテンアメリカ人にとって最終的な故国はフランス」であるのか? そこにはフエンテス自身の個人的な体験が影を落としていると思われる。
 フエンテスは1950年、ジュネーブに留学し、国際労働機構に勤めながらフランス語に精通し、フランス文学に親しんだ。つまり最終的な故国としてのフランスとは、フエンテスにとっての文学上の故国を意味しているのに違いない。この小説がフランスを舞台にしていることもそうした意味を強化している。
 ラテン・アメリカ文学はそれを担った作家たちのほとんどが、故国を離れてアメリカやヨーロッパで暮らしたことから、〝越境の文学〟として位置づけられるが、そこで言う〝越境〟とは言語的な越境という意味を持たざるを得ない。
 たとえばイジドール・デュカスは、物心つくまでモンテビデオで生活し、スペイン語の環境の中に身を置いていた。そのことを捉えてデュカスの文学を〝越境の文学〟と位置づけたのが、石井洋二郎の『ロートレアモン 越境と創造』という本である。
 石井はデュカスがフランス語とスペイン語のバイリンガルであったこと、また『マルドロールの歌』にはスペイン語の影響が多く見られることを指摘している。そのことを石井は「フランス語もスペイン語も、ともに自分を無条件にまるごと包み込んでくれる「母語」ではありえず、絶対的な「外部」としてしか表象され得ないこの二重の疎外状況」と呼んでいる。
 そのような二重の疎外状況に対する抵抗と反抗の中から、あの凶暴な『マルドロールの歌』の表現が生まれてきたのであったろう。デュカスにとって越境とは言語的なそれをまずは意味していたのであった。
 フエンテスはブランリー伯爵に「新大陸はヨーロッパ普遍主義の最後のチャンスであったと同じく墓場でもあった」と語らせている。「発見と征服の世紀のあと普遍的であることはまったく不可能なことだった」とブランリー伯爵は言う。
 つまり、ヨーロッパ普遍主義は新大陸を征服することが出来ず、そこには相対主義や他文化主義とそれによる「無気力」な衰退が生じてきたという。ならばデュカスのあの人倫を越えた凶暴さは、新大陸から旧大陸への越境によってもたらされたのであったろうか。ブランリーは次のように言う。

「いいかね、君、マルドロールの情け容赦のないペンは、数多くの罪なき者の背中に、鞭のごとく痛烈にその詩を書きつけたのだよ。」

と。しかしフエンテスは、イジドール・デュカスをブランリー伯爵のリストの中から「永久に除外する」と言っている。それがなぜなのか、今の私には分からない。
 なぜなら、この小説の中でブランリー伯爵がリストの最後に挙げ、フエンテスが最も重要な詩人として扱っているのが、やはりモンテビデオで生まれ、6歳でフランスに戻ったジュール・シュペルヴィエルであるからであり、この人の作品を私がまったく読んだことがないからなのだ。
 シュペルヴィエルの詩「隣室」はXX章のウーゴ・エレディアの告白の部分のエピグラフにも掲げられている。

 誰ひとり寝室に入らせないように
 そこからは記憶を喪失した
 大きな犬が出ていくはずだ
 それは陸海の果てまで
 探し回ることだろう
 身動きできぬ身のまま
 残してきた人を……

 この詩の一節をどう読んだらいいのかも私には分からない。「大きな犬」が新大陸からの越境者を意味し、「身動きできぬ人」が新大陸の人々を意味しているのかも知れないが、確証はない。
 かくして私は、ジュール・シュペルヴィエルの詩作品を読んでみる必要に迫られるのである。本というものは読めば読むほど、読まねばならない本が増えていくのである。まるで無間地獄である。

石井洋二郎『ロートレアモン 越境と創造』(2008、筑摩書房)
(この項おわり)

 

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カルロス・フエンテス『遠い家族』(3)

2017年04月18日 | ゴシック論

『遠い家族』のゴシック小説としての特徴は、謎の提出と謎の解明にだけあるのではない。その比重はそれよりも、登場人物たちの間に蔓延する罪障感にこそある。
 その罪障感を持ちきたらすものこそが、謎の人物=もう一人のビクトル・エレディアであり、彼がブランリー伯爵を幽閉する(物理的に閉じ込めるわけではないが、事故で怪我をし屋敷で寝ている伯爵を心理的に追いつめるのである)クロ・デ・ルナール館は、〝呪いの館〟とさ譬えられる。
 最後にクロ・デ・ルナール館を訪れる私=カルロス・フエンテスは次のように書くだろう。

 私は職人たちに屋敷の所有者の名前を尋ねるが、誰も何も知らない。私はいたたまれなさを覚え、中世においてペストから解放された住居のように、今呪いから解放されつつあるその屋敷を去る。

〝呪いの館〟といえば我々は、ポーの「アッシャー家の崩壊」をすぐにでも思い浮かべることが出来る。アッシャーの屋敷は彼の先祖たちの呪い、あるいはアッシャー自身の罪障感の象徴として機能している。
 また、アッシャー屋敷の崩壊は、ロデリック・アッシャーの人間としての崩壊そのものを意味している。〝呪いの館〟とはゴシック小説において、そのような人間的真実の喩として読むことが出来る。
 クロ・デ・ルナール館はもう一人のビクトル・エレディアとブランリー伯爵との間の争闘の場となるが、ビクトル・エレディアの呪いとは、ブランリー伯爵の先祖の行いに対する怨嗟と、ブランリー伯爵自身の行いに対する指弾を意味している。
 そしてビクトル・エレディアの呪いによって、ブランリー伯爵は強い罪障感の虜となるのである。この罪障感、ウーゴ・エレディアにも共通するそれは、ゴシック小説特有の〝相続恐怖〟(クリス・ボルディックが言うところのゴシック小説の二つの特徴のひとつ)であり、それはつまり、自らの先祖の呪われた血を相続することへの恐怖を意味しているのである。
 しかし、『遠い家族』が〝完璧な小説〟である理由のひとつは、そのような相続恐怖がロデリック・アッシャーの場合のように個別のケースに収まることがないというところに求められる。
 呪いと罪障感は『遠い家族』にあっては、すぐさまその場所で普遍化されるのである。それはつまり、インディオを滅ぼし、ラテン・アメリカ世界を支配したスペイン系白人としての罪障感と、それと同じような植民地支配を繰り返しながらもそのことを忘れ、罪障感を持つことのない旧大陸の白人に対する呪いとの二つのものに普遍化される。
 ウーゴ・エレディアは告白の最後に、次のような言葉をブランリー伯爵に浴びせるが、それは新大陸の白人による旧大陸の白人の忘却への呪いに他ならない。

「すべてはあなたが次の言葉を理解するか否かにかかっています。あなたは過去を持つが、それがどんなものか覚えていない。あなたに残されているわずかな時時間の中でそれを思い出しなさい。さもなくば、あなたの未来は失われることになるだろう。」

 この言葉はメキシコの白人であるフエンテスの旧大陸の白人に対する警告として読むことが出来るのであり、このテーマはフエンテスが生涯にわたって追究したものであった。
 ところで、フエンテスの作品の中では、ある人物と別のある人物との取り違えや同一視がよく起きることがある。『アウラ』にあってはコンスエロ夫人とその姪アウラとの取り違えと同一視であり、主人公モンテーロとコンスエロ夫人の夫リョレンテ将軍との取り違えと同一視である。
『遠い家族』の場合にそれは、もう一人のビクトル・エレディアの母であるママゼルとランジェ侯爵夫人との取り違えと同一視であり、そのママゼルとウーゴ・エレディアの亡妻ルシーとの取り違えと同一視である。
 ここには登場人物達の主体の崩壊があるというよりも、記憶の中で登場人物達が混乱にさらされ、同一視されてしまうということがごく当然のように起こるのだ。つまり、登場人物達が歴史の記憶の中で相対化されてしまうのである。ブランリー伯爵はそのことに気づいていて、次のように言う。

「我々は時間は自分たちのものだと思っている。しかし共有する時間以外に本物の時間はないということを過去は我々に教えてくれる」

 自分たちの時間というものは存在しない。すべての時間は過去へと送り込まれながら、共有された時間として現在に甦るのである。

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カルロス・フエンテス『遠い家族』(2)

2017年04月14日 | ゴシック論

 ところで、何をもってオクタビオ・パスは『遠い家族』を〝完璧な小説〟と評価するのであろうか。内容に踏み込む前に、この小説における謎の提出と謎の解明というプロットについて考えてみたい。多分パスはそこのところを高く評価していると思われるからだ。
 主人公ブランリー伯爵はメキシコで、考古学者ウーゴ・エレディアとその息子ビクトルと知り合いになる。エレディア父子は行く先々で、自分たちの同姓同名者を電話帳で探し出し、そこに電話をかけるという奇妙なゲームに夢中になっている。
 最初それは不謹慎な遊びとしか思われず、どうしてこの父子がそんなゲームにうつつをぬかしているのか、読者には理解出来ない。しかし、このゲームこそが、エレディア父子ともう一人のビクトル・エレディア、そしてブランリー伯爵とを結びつけることになる。
 この謎は小説後半のウーゴ・エレディアの告白によって解明される。ウーゴがカラカスで開かれた考古学会に出席し、家族でパーティに参加したときに出会った不思議な人物に関係している。その男こそがウーゴの息子と同じ名前を持つビクトル・エレディアという人物であり、彼はウーゴ一家に強い印象を残す。
 もう一人のビクトル・エレディアは「いつかこの私が必要になったら電話帳で探してください」と言い、「我々はみんな時々思い出す必要があるんですよ」という謎めいた言葉を残す。
 エレディア父子の電話のゲームは、この男にもう一度会うために行われるゲームだったのである。この悪魔的な男は、母親がハイチからやって来たという経歴の持ち主であり、彼は新大陸の過去を代表する人物であり、エレディア一族の過去のこと、そしてブランリー一家のことを詳しく知っている。
 なんの関係もないと思われた人物同士が、もう一人のビクトル・エレディアによって密接に絡み合ってくる。このあたりのプロット処理がうまくできている。しかもそうした関係性は、次のような言葉によって過去の歴史の中に普遍化されていく。ウーゴ・エレディアがブランリーに言う言葉である。

「古代メキシコのもとも深遠な教訓を要約して欲しいとお望みなら申し上げますが、それはブランリーさん、こうです、すべては関連しており、孤立している物は何もない、あらゆる物はその空間的、時間的、物理的、夢幻的、可視的、不可視的属性の全体を伴っているのです。」

ウーゴ・エレディアがなぜ考古学者という設定になっているのか、この言葉で理解することが出来るのである。見事という他はない。
 この小説はひと言で言えば、過去が現在に対して復讐する物語であると言いうるだろう。そこでは現在の中にいつでも過去が侵入してくる。フエンテスが嫌ったリニアーな時間は、この小説には存在しない。ブランリーの次のような言葉は、カルロス・フエンテスの言葉なのである。

「現代の都市によって神々が追放されてからというもの、我々は時間について誤った認識を持つことを余儀なくされている。なぜならそれは人間の能力の限界に規定された時間だからだ、我々は時間とは直線的な連続だという偏見を持ち、他の時間は存在しないと思い込んでいる。」

『遠い家族』の分かりづらさは、作者がリニアーな時間というものを否定し、過去が現在の中に再帰的に侵入してくる時間を主要な時間としているからだ。そしてその時間の中で、すべてのものが関連づけられていく。
『アウラ』で体験した夢魔のような時間が、この作品でも再現されているのである。

 

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カルロス・フエンテス『遠い家族』(1)

2017年04月13日 | ゴシック論

 メキシコのノーベル賞詩人、オクタビオ・パスは、カルロス・フエンテスの『アウラ』と『遠い家族』を〝完璧な小説〟と高く評価しているという。『アウラ』については以前に書いているが、私もまたこの小説について、ラテン・アメリカを代表する短編小説のひとつだと思う。
 その完成度の高さはフエンテスの作品の中でも傑出していて、幻想小説としてもラテン・アメリカ文学の最高傑作のひとつに数えられるのではないか。オクタビオ・パスが『アウラ』(1962)と並んで『遠い家族』(1980)を〝完璧な小説〟と言うからには、どうしても『遠い家族』を読まないわけにはいかない。
 また、フエンテスの真価が短編小説よりも長編小説の方に求められるのだとすれば、この長編小説を読まずにすますことは出来ないのである。私はフエンテスの代表作『テラ・ノストラ』(1975)を一年前に買ってあるのだが、そのあまりのボリュームに恐れをなして、そのまま放置してある。『遠い家族』を読むことを『テラ・ノストラ』の世界に入っていくための助走としたいという気持もあって、取りかかることにした。
 しかし、読んでもなかなか物語の枠組みが頭に入らない。半分まで読んでもその作品世界に没頭していくことが出来ず、意を決してもう一度最初から読みなおすことにしたのである。
『アウラ』も一度読んだだけでは、その物語の輪郭が夢幻の世界に消えていくだけで、捉えがたいものがある。しかし『アウラ』は短編小説であるから繰り返し読むことが出来、そのようにして私はそれが〝完璧な小説〟であることを自らに証明することが出来たのである。
 一方『遠い家族』は大長編ではないが、翻訳書は四六判で300頁ほどあり、そんなに繰り返して読むことは出来ない。最初からきちんとおさえて読んでいかないと、全体が雲散霧消してしまうことになる。
 この小説の第一の特徴は、それがかなり典型的なゴシック小説であるところにある。だからこのブログでも、ラテン・アメリカ文学のジャンルではなく、ゴシック論のところで取り上げるわけだ。『アウラ』も濃厚なゴシック小説であり、同時に幻想小説であるが、『遠い家族』の方は必ずしも幻想小説とは言えないかも知れない。
 しかし、最初に謎が提起されて、後半でその謎が解明されていくという物語構造は、多くのゴシック小説に共通したものである。『アウラ』のように超自然的な現象が扱われているわけではなく、一見超自然的な符帳とも思われる謎があるにしても、その謎は後半で合理的に解明されるのである。
 ただし、『遠い家族』はアン・ラドクリフの作品に代表されるような推理小説的な謎解き小説ではない。謎の解明というプロットはこの小説にあって主要な要素ではないからである。それがある程度読者の興味を牽引していく動力として機能はしているが、その謎は、世界とは何か? あるいは人間とは何か? という壮大なテーマに関わるのであり、ウエイトはそちらの方にかかっている。
 またゴシック小説の大きな特徴として、物語がある閉鎖空間の中で展開していくということが挙げられるが、『アウラ』が一度足を踏み入れたらそこから決して出ることが出来ないコンスエロ夫人の屋敷の中で繰り広げられるように、『遠い家族』では主人公であるブランリー伯爵が迷い込んだというか、誘い込まれたクロ・デ・ルナール館という閉鎖空間の中で、物語は進行していく。
 さらにゴシック小説の特徴として、いわゆる「枠物語」ということも挙げられる。物語の全体は主人公ブランリーがこの小説の作者であるカルロス・フエンテスに語るという「枠」としての構造を持っており、さらにその中に謎の解明のために挿入される、ウーゴ・エレディアがブランリーに語るもう一つの「枠」が存在している。
 舞台はフランスのパリである。フランスは旧世界を象徴する。そしてブランリーが旧世界を代表する人物として設定される。ブランリーを取り巻く人物たち(フエンテス自身も含まれる)は、メキシコからやって来たのであり、メキシコは言うまでもなく新世界を象徴する。
 そしてその旧世界と新世界のせめぎ合いが、『遠い家族』のテーマそのものとなり、それはブランリーとクロ・デ・ルナール館の主、ビクトル・エレディアとの対決を通して語られていくのである。

カルロス・フエンテス『遠い家族』(1992、現代企画室「ラテンアメリカ文学選集」10)堀内研二訳

 

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まだ生きられる!

2017年04月12日 | 日記

 腸閉塞の大手術をしてから10か月が経とうとしている。昨年6月末から10月初めまで3か月の入院生活を強いられ、その後も小腸ストーマをつけていたために、自宅療養の苛酷な3か月を過ごした。半年棒に振ったのである。
 退院後、私が腸閉塞の手術で入院していたと話すと、いろんな人に〝脅し〟とも思われる言葉をかけられた。いわく「知人で腸閉塞の後、癌を併発した人がいる」「腸閉塞は癖になるから悲惨だ」「腸を何回も切って、切るところがなくなって死ぬ」「手術に耐えられなくて死んだ人を何人も知っている」等々……。
 決して〝脅し〟のつもりで言っているわけではなく、「大変だね」というつもりで病気を気遣って言ってくれているのだということは承知している。しかし、思いやりのつもりが、相手によっては〝脅し〟になってしまうこともある。
 こういう話をされると、先の不安に駆られて恐怖に陥ってしまう人も多いだろうが、私はそのような話をわりと平気で聞き流していた。10年前に腹膜炎で死に損なっているし、今回も腹膜炎を併発して、一週間の間に3回の手術を施され、死の淵まで行っていたことを自覚していたからだ。
「死ぬときは死ぬ」という覚悟は出来ているから、そんな話をされても怯えることはなかったのである。多分私は腸閉塞を再発させて、何度か手術を繰り返した末に死ぬことになるだろうと諦めていた。それまでどのくらい猶予があるのかは分からないが、それは既定の事実であると思い込んでいたのだ。
 それには理由があって、担当医が私の妻に対して「またこういうことがあるかも知れませんね」と呟いていたと、妻から聞いていたからである。客観的な現実は、私がそんなに長生き出来ないという事実を示しているように思われた。
 12月に小腸ストーマをはずす手術を行ってから、私の恢復にはめざましいものがあった。一時は49キロまで落ちていた体重も(手術前は62キロあった)、どんどん元に戻って、3月には59キロまで回復し、ほぼ手術前の生気を取り戻すことが出来た。
 そして3月中旬には奈良へ旅して、3日間の間に約20キロも歩いて平気だったので(万歩計をつけた叔父が同行していたので、これは正確な数字である)、健康に対する自信も取り戻すことが出来たのである。
 そうなると欲が出るし、楽観的な期待が大きくなっていく。私にはまだやり残したことがあるし、棒に振った半年を何倍にもして取り戻せるかも知れないと思うようになった。
 しかし、一週間ほど前から便通が思わしくなくなり、何度もトイレに行って少しずつ排便をするという状態になってきた。私は、これはもう腸閉塞の再発に違いないと思い、すぐに病院に行って担当医の診察を受けることにした。
 こういう時ためらったり、我慢したりしてはいけない。我慢しすぎて手遅れになることがある。誰だって手術は恐い。あるいは、場合によっては癌の宣告を受けるかも知れないが、それも恐い。
 しかし、私は既に5回も手術を経験しているし、それがそんなに怖ろしいものではないことを知っている。全身麻酔をかけられるときに、麻酔医に「20数えてください。そうしたら何も分からなくなります」と言われて、私は12まで数え、その後はまったく覚えていないのだ。
 気がつけば、手術の痕の痛みを感じながら、ベッドに寝ている自分を発見するだけだ。手術後に目覚めることがなければ、それは即死を意味するが、そうやって死ねたらどんなに幸せだろう。本人も楽だし、身内の人間にとっても看護の負担がなくていいではないか。
 ということで私は昨日、最初の時のように即入院、即手術という宣告をされることを覚悟で診察を受けに行ったのである。「レントゲンを撮って」と言われてレントゲン室に行っても、そんなに不安は感じなかった。再発なら再発でしょうがない、死ぬときは死ぬのだという覚悟がもう一度戻ってきたのであった。
 担当医はレントゲンを見て、「閉塞はありません。大丈夫です」と言ってくれた。正直嬉しかった。ただし、もう一つ不安があった。私は担当医に「再発しやすい病気のようですが、徴候をどう見極めればいいのですか」と訊ねた。すると担当医は「腸が短くなっているから再発のおそれはほとんどありません」と言うのだった。
 ということで私は今、一人で祝杯を挙げているのである。まだ生きられる! 先生、もっと早く言ってくれればいいのに。

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Orikuchi Shinobu The Book of the Dead(6)

2017年04月09日 | ゴシック論

『死者の書』といえば、私でさえエジプトの『死者の書』を思い出す。ならば、折口の『死者の書』はエジプトのそれとどういう風に関わっているのだろうか。ジェフリーさんは序文の中で、「エジプトの甦りの神話」(The Egyptian Myth of Resurrection)という章を設けて、様々な説について紹介している。この章でジェフリーさんは紹介者的な位置に止まっているので、私としてもそれをそのまま紹介することになる。
 エジプトの『死者の書』の西欧圏における決定訳は、A・ウォーリス・バッヂが1889年に初版を出し、1909年に改訂版を出していて、1920年には田中達という人がそれを日本語に翻訳している。バッヂの本は広く読まれ、影響を与えたようで、ジェイムズ・フレイザーの『金枝編』の主要な源泉になっているというし、ジェイムズ・ジョイスはそれを『フィネガンズ・ウェイク』の構成に借りているという。知らなかった。
 アンソニー・V・リーマンという人は、エジプトの『死者の書』と折口の小説がいくつかのライトモチーフを共有していることを指摘しているという。それは、太陽の輝きと神性との間の関連、西方の神聖な土地の存在、そして人間が甦った肉体において神々に合一することが出来るという信仰である。
 さらに、エジプトのオシリスとイシスの神話は、折口の大津皇子と藤原南家郎女の物語とパラレルであるという。オシリスは兄弟の裏切りによって殺され、切り刻まれた体はエジプト中に散り撒かれたのだし、大津皇子もまた処刑後、彼が愛した都から遙かに遠い辺境の地に埋葬された。
 そして優しく無私の女神、イシスがオシリスの体を集め、布でつなぎ合わせたように、藤原南家郎女は彼女が幻視した、裸の阿弥陀ほとけの体を温めてあげようと、蓮の繊維で巨大な布を織り上げるのである。オシリスがイシスによって甦るように、折口は大津皇子の幽霊を登場させることで、彼を存在の次の領域へと移行させるのである。
 折口の『死者の書』というタイトルは、田中達の翻訳のタイトルと同じであり、折口がエジプトの『死者の書』を参考にしなかったはずはない。また、折口の『死者の書』初版には、エジプトのミイラとその頭の上で羽ばたく人間の頭を持った鳥の図が描かれていたという。その鳥は"ba"といって人間の魂を表しているという。

岩波文庫版の装幀に使われている

以下は安藤礼二の『光の曼荼羅』の折口論による解説となっている。安藤は折口の愛人の一人であった、藤無染(ふじむぜん、ジェフリーさんの英語ではFuji Musen)が参加していた仏教改革運動と折口の思想との関連を指摘しているという。藤と折口は、異なった宗教伝統間の融合を図り、世界中の宗教的観念や動機を跡づけることを追求した、一連の思想家たちに興味を持つようになっていったという。
 1905年に藤無染が編集した『二聖の福音』という本は、ゴータマ・シッタルダとイエス・キリストの生涯や教えに大きな共通点を見ようとするもので、藤はキリスト教の基本的な観念を引き起こしたのは仏教であると信じる思想家グループの一人であった。
 また、浅田隆という学者は『死者の書』において、藤原南家郎女が二上山の間に幻視する神秘的な存在が、黒髪の日本的な男ではなく、よその国から来た金髪で色白の男であることに注意を向ける。それは第4章に藤原南家郎女の見た姿として綴られているが、その部分のジェフリー訳を読んでみよう。

He didn't look like he could possibly be from here in Yamato, but perhaps there were men somewhere in the country who looked like that but whom she hadn't encountered yet. The locks of hair that fell from his temples were the color of gold. His golden hair fell in rich abundance around his fair, white skin, which extended downward toward his beautiful, exposed shoulders.

 この部分近藤よう子の漫画版では、二上山の間にそびえ立つ金髪の西洋人の姿に描かれていて、異様にリアルである。それはほとんどキリスト像のようでさえあり、折口の原文からもそれが阿弥陀ほとけであるとはとうてい窺い知ることが出来ないのである。


近藤よう子版『死者の書』より

 そこには明らかに仏教的ではないもの、異教的なものが存在している。しかし、仏教とキリスト教がお互いにとって異教であるとすれば、そうではなく、世界宗教的な観念がヨーロッパ的なイコンに写し取られているとでも言ったらいいのだろうか(ここに折口の西洋的な美男子に対する同性愛的な憧れを見るひともいる)。
 だから『死者の書』は決して、中将姫の伝説のような仏教説話に止まることがない。より普遍化された生と死と再生の物語でそれはある。
 安藤礼二はさらに、仏教改革運動のもう一人の人物、大原嘉吉が1894年に訳した、ジェラルド・マッシーの本にも触れている。マッシーはイエス・キリストの生と死、そして復活の物語はエジプトの神話のモチーフに由来していると言っているという。
 また、エリザベス・アンナ・ゴードンという日本に長く住み、キリスト教徒ネストリアニズム(古代キリスト教の教派のひとつ、ネストリウス派の教義。中国に渡って景教)そして空海が中国から持ち帰った秘教的教えの共通性について書いた。安藤は藤無染と折口が彼女の思想に触れることがあったのではないかと推測している。

 この後ジェフリーさんの議論は、安藤礼二の『光の曼荼羅』そのものへと進んでいくのだが、煩瑣になるので省略する。とにかくジェフリーさんは、この長い序文で『死者の書』への彼自身の新しい解釈を示すと同時に、それが今日どのように読まれているかについても、目配りの聞いた紹介を行っている、大変読み応えのある序文である。
(この項おわり)


 

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Orikuchi Shinobu The Book of the Dead(5)

2017年04月03日 | ゴシック論

 第三のプロットラインを紹介する前に、ジェフリーさんは「縫い合わせるストーリーライン」としての、老いたる語り部に言及している。この語り部の役割を重要視して次のように言う。

The elderly storyteller is the key person who sets the action of the story in motion.

語り部はこの小説に動きを与える重要な人物なのである。主人公の藤原南家郎女は、大津皇子のことをまったく知らない。それであれば、第一のプロットラインである藤原南家郎女と、第二のプロットラインの大津皇子の物語が交差することはない。
 それを郎女に伝えるのが老いたる語り部であり、第一のプロットラインと第二のプロットラインをつなぐ役割を果たすのである。そして語り部は折口自身と同じ役割を担っていることを指摘して、ジェフリーさんは次のように言っている。

In a way, the role of the old storytellers is a great deal like the role of Orikuchi himself, who with his specialized knowledge of ancient Japanese history was in a unique position to identify those ancient historical figures who had been wronged by history and sacrificed to the imperial institution.

 つまりは、歴史によって不当な扱いを受け、天皇制の犠牲となった古代の歴史的人物たちの身元確認をするユニークな位置に、折口も語り部もいるのである。と言うよりも、折口が脇役としての語り部に自分が目指す役割を担わせていると言った方がいいだろう。
 折口の語り部との自己同一化はそれだけに止まらない。奈良の時代にあっても社会は大きく変化し、語り部は自分自身に呟くのみで、それに信を置く何人も存在しない。そのことを折口は『死者の書』第20章の冒頭に綴っている。
 語り部の嘆きは折口の嘆きでもある。「科学と学問が急速に発展する世界の中で、若い世代の学生たちにうんざりし、大学で教えることよりも、広範囲な場所に旅をしてフィールドワークを行い、古代の知られざるテキストを読んでメモを取ることを好む」折口は、語り部と同じように古風(old-fashioned)なのである。
 ところで、折口の時代には地方に旅すれば、未だに古代世界につながる言説を担う語り部というものが存在し、そのことが民俗学のフィールドワークを可能にしていたわけだ。しかし今日、そのようなものが存在しうるとも思えない。
『死者の書』の語り部は聴き手を失ってしまっているのだが、現代においては語り部そのものが失われてしまっている。それを担うことが出来るのは、今日では間接的にではあれ、文学以外にはあり得ないのかも知れない。

 第三のプロットラインは、このold-fashionということを共有するもう一人の人物、大伴家持のそれである。ジェフリーさんは大伴家持のことを"The Artist Out of Step with Modernity"と呼んでいるが、それもまた折口自身の代名詞ではないか。
 家持は『万葉集』の編者の一人であり、自らの作品も載せている。彼は日本の古謡から中国の古典まで幅広いジャンルに通暁した文学者であると同時に、政治家でもあり、氏族の長でもあった。しかし、越中に左遷されたことが彼のメランコリックで孤独な性格を形成した。彼は氏族の長としての役割にも自信を喪失していた。
 そんな家持の古風なあり方を折口は『死者の書』で、屋敷にめぐらす古風な石城(しき、stone walls=ジェフリー訳)を好み、当世はやりの築土垣(つきひじがき、earthen walls with tiles or thatch on the top to protect them=ジェフリー訳)を嫌悪する趣味に象徴させている。

He is attracted to stone walls as symbols of a strong, powerful past to which he feels he belongs, and he laments the fact that stone walls are rapidly disappearing, creating a world in which noting looks quite as secure as it did in the past.

 あくまでもこれは譬えであって、家持は強固で力強い古きものを愛し、時代の変化の中でそのようなものが失われ、利便性を優先する新しきものを嫌悪したのである。
 三つのプロットラインと、もう一つ語り部のストーリーラインも、古風ということにつながっていく。『死者の書』はそうした意味で反時代的な作品であったし、それがジェフリーさんの言うように、折口がこの小説を書いた軍国主義の時代への批判であったとすれば、同時にアクチュアルな作品でもあったことになる。
 ただし、ここで言っておかなければならないことは、今日支配的になっているものを嫌悪し、古きものを愛するという思考形式はそれ自体近代的なものであって、古きものを相対化して見ることが出来る近代的思考によるものだということである。だからこそ『死者の書』は反時代的であると同時にモダンであるという背理を実践するのである。

 さて、もう一度ゴシック小説(gothic tale, gothic romance)という話題に戻ることにしよう。この作品をゴシック小説と見なすかどうかというテーマである。
『ゴシック短編小説集』を編集したクリス・ボルディックによれば、「ゴシックは同時に反ゴシックである」という。それは中世への憧れを基調としたゴシック小説が、同時に中世の抑圧的社会への告発でもあったということを意味している。
 ゴシック小説は古きものへの偏愛を通して、反時代的な思潮を反映しているだけではない。ゴシック小説の主人公たちは、古きものによって抑圧され、そこから生じてくる幽霊や悪魔に脅かされ、それらによって処罰されるのである。ゴシック小説の主要な作品はいずれもそうした構図を持っているし、何よりも主人公たちが余儀なくされる罪障感において共通している。
 しかし、折口の『死者の書』には古代への憧れ、古きものへの偏愛や郷愁はあっても、それがもたらしてくる罪障感は皆無と言っていい。だから私は『死者の書』をゴシック小説と名付けることをためらわざるを得ない。それは優れた幻想文学、あるいは幽霊譚ではあっても、ゴシック小説とは言えないと思うのである。 
 

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