玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

「北方文学」78号発刊

2019年01月02日 | 玄文社

「北方文学」78号が発行になりましたので、ご紹介します。先号が244頁で、それでも最近では薄い方でした。このところ300頁前後の号が続いていましたが、久しぶりに100頁台に落ち着きました。
 編集後記に書きましたが、77号発行後同人の入院が相次ぎ、書きたくても書けないという状況がありました。特に大井邦雄の4カ月にわたる入院とその後の療養生活は、グランヴィル=バーカーの『オセロー序説』訳述の連載を中止のやむなきに至らせました。次号からの復帰を祈るばかりであります。
 巻頭は長編小説の連載を続けてきた魚家明子の詩「ねむりの意味」。もともと詩人として活躍してきた彼女ですが、「北方文学」に詩作品を発表するのは初めてです。今号表紙絵の北條佐江子「眠り」に呼応するかのようなタイトルです。しかし、「ねむりの意味」は魚家の身体感覚のようなものに貫かれています。ある意味ではエロティックな……。詩と小説の両方を高い水準でこなす彼女の才能に賛辞を送りたいと思います。
 続いて、館路子の死が二編。「水滴を編む、その生きものは」は短く、次の「朔風の時まで夜を籠めて」はいつもの長詩で、どちらも蜘蛛をモチーフにした作品です。このところずっと動物を素材にした作品を書き続けている彼女らしい作品です。不気味な上臈蜘蛛の姿が、館の巧みなレトリックによって、この上もなく美しいものに変貌していきます。
 評論のトップは徳間佳信の「泉鏡花、「水の女」の万華鏡(一)」です。彼が偏愛する泉鏡花についての論考の序章ということになります。まずは宣言。徳間は泉鏡花の作品を文学理論の構築に利用するような強引さも、あるいは逆に現実の生活に還元するような立場も同様に否定します。そうではなく「作品分析を通じてその魅力を語ること」を目標として鏡花論は始まるだろう。次号から個々の作品論に入ります。テーマは「水の女」楽しみです。
 柴野毅実の「ベンヤミン――ボードレール――文化人類学」というタイトルは、ありそうもない組み合わせになっていると思われるかも知れないが、読んでみると決してそうではないことが分かります。〝ゴンゾー人類学者〟ことマイケル・タウシグの『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』の紹介です。
 鈴木良一の「新潟県戦後五十年詩誌史」の「隣人としての詩人たち」も12回目となります。先号に続いて70年代前半を扱うが、高度経済成長と学生運動の時代を背景に県内詩人達の動静を探ります。現存の詩人達の登場で俄然面白くなってきた鈴木の詩史も、この頃から資料も特に多くなって詳述を強いられるでしょう。細かく読んでいくことで面白みはさらに増すのです。
 福原国郎の「凋落」をジャンルとしてはなんと呼べばいいのでしょう。一応「史伝」として位置づける。彼が続けてきた先祖の記録を読み解いての歴史の再現です。福原の祖父、信治郎の生涯をたどります。これが小説のようにめっぽう面白い。これまでで一番読みやすく、面白いことを請け合います。
 続いて小説が二本。先に新村苑子の「新しい朝」。久しぶりに新潟水俣病というテーマに戻っての作品です。新村は新潟水俣病に関わる差別と偏見のあり方を執拗に描いてきましたたが、今回の作品もその延長線上にあります。このような小説は彼女にしか書けないでしょう。
 ラストは魚家明子の「眠りの森の子供たち(五)」で、これで一大長編小説の連載を終わります。最後はトリッキーな部分もありますが、これまで積み重ねてきた伏線を最大限生かして、壮大なコーダとして終わります。それにしても彼女の描く登場人物たちのなんと魅力的だったことか。お別れが辛いという気持ちを抱く人も多いことでしょう。お疲れ様でした。

目次を以下に掲げます。

魚家明子*ねむりの意味
館 路子*水滴を編む、その生きものは
館 路子*朔風の時まで夜を籠めて
徳間佳信*泉鏡花、「水の女」の万華鏡(一)
柴野毅実*ベンヤミン――ボードレール――文化人類学
--マイケル・タウシグ『ヴァルター・ベンヤミンの墓標』を起点に--
鈴木良一*新潟県戦後五十年詩史 隣人としての詩人たち<12>
福原国郎*凋 落
新村苑子*新しい朝
魚家明子*眠りの森の子供たち(五)   

お問い合わせはgenbun@tulip.ocn.ne.jpまで。

 

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出水市からのはがき

2018年07月10日 | 玄文社

 鹿児島県出水市の松下洋子さんという方から玄文社宛てに、一通のはがきをいただいた。今年の一月六日、七日と熊本県水俣市の水俣市公民館で開かれた、水俣病事件史研究会に参加したところ、会の中で北方文学同人・新村苑子さんの「新潟水俣病短編小説集」の紹介があり、会場で売っていた『葦辺の母子』を買って読み大きな感銘を受けたので、もう一冊の『律子の舟』も欲しいという問い合わせであった。
 私は水俣で新村さんの本が紹介されるなどということは夢にも思っていなかったので、そのはがきに大きな驚きを覚えたのであった。紹介してくださったのは『葦辺の母子』が出版されたときに、新潟日報紙上に書評を書いてくださった、新潟県立大学の後藤岩奈先生であり、かなり詳しい発表であったことを後で知った。
 水俣には今年二月に亡くなった石牟礼道子さんが生涯をかけて書いた『苦海浄土』がある。あの偉大な作品を前にしたら、新村さんの小説の出る幕はないだろうと勝手に思い込んでいた。しかもくぐもった音韻と不明瞭なリズムの新潟弁が、水俣の人たちに受け入れられることはむずかしいだろうとも思っていた。
 しかし松下さんは「会場で本の紹介の後に、会場のなかの人が泣きながら「この本に書かれているのはわたしの家族に起こったようなことです」と発言していました。」と書いている。また「医者や調査会とかの統計等はすこしも心にひびかず、ただ新村苑子様の短編の中の人びとの貧しいくらしぶりや、心の痛みが今も胸を打ちます。」とも書いてあって、私は新村さんの小説が水俣の人々の心に届いたことを知ったのだった。
 松下さんは出水市在住であり水俣市ではないが、出水市は水俣市に隣接する市であり、水俣病の多発地帯である。石牟礼道子さんの『苦海浄土』には次のように書かれている。

「胎児性水俣病の発生地域は、水俣病発生地域を正確に追い、「神の川」の先部落、鹿児島県出水市米ノ津町から、熊本県水俣市に入り葦北郡田浦におよんだのである。」

 事実、松下さんのご主人とご主人のお母さんは水俣病申請者であるという。新村さんの小説は水俣病関係者の心に確実に、直接に届いたのであった。私はそれは新村さんの想像力の勝利だと思うし、文学にしかできないことがあり、新村さんはそれを成し遂げたのだったと思っている。
 後日松下さんから電話もいただいたが、その時に石牟礼さんの本は何回挑戦しても読み通すことができないから、神棚に上げておくのだという話も伺った。私はそのような書物の遇し方があるということを初めて知った。確かに『苦海浄土』三部作は重厚長大であって、本を読むという訓練を続けてきた人でないと、読み通すことはむずかしいのかも知れない。
 新村さんの『律子の舟』と『葦辺の母子』は昨年七月八日に、新潟水俣病阿賀野患者会が新潟日報メディアシップで開いた、若松英輔さんの講演会で完売してしまった。その後の注文に応じられないできたが、私は松下さんのはがきに目を覚まされて、二冊の本を再版することに決めたのだった。
(「北方文学」77号編集後記より)

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「北方文学」第77号発刊

2018年06月26日 | 玄文社

「北方文学」77号が発行になりましたので、ご紹介します。先々号が338頁の超大冊になり、先号も330頁となりましたが、今号は少し落ち着いて244頁のボリュームです。新しい連載も数本あり、同人たちの意欲を感じさせるものとなっています。
 巻頭を飾っているのは先号に引き続いて、館路子の詩「蛾が(記憶に)停まる、今も」。このところ動物をモチーフにした作品が続いていますが、今回は嫌いな人も多い蛾です。蛾は群がって朝に大量死を迎えたり、火に飛び込んで死んだりする習性があり、それを人間の滅亡への意志と重ねています。
 大橋土百は評論「井月やーい」。長岡藩の武家の出身で、信州伊那谷に客死した俳人・井上井月の生涯をたどっています。大橋自身が伊那谷の旧宮田村出身であり、井上井月を温かく迎えた人々の末裔にあたるわけで、これを書くに誠に適任と言うべきでしょう。井月を論じて大橋の望郷の歌となっているところを、味読したいものです。
 山内あゆ子訳、スティーヴン・マクドナルド作の戯曲「ノット・アバウト・ヒーローズ」の第二幕が先号に続いての掲載で、これで完結です。第一次世界大戦時のイギリスを代表する戦争詩人、シーグフリード・サスーンとウィルフレッド・オーウェンの詩を通した友情を描いた作品。二人の日記や書簡をもとに、二人の友情を克明に描きます。本邦初訳。
坪井裕俊が六年ぶりに作品を寄せています。同人の米山の小説を論じた「米山敏保論(1)―地方主義の止揚をめぐって」です。第11回新潟県同人雑誌連盟小説賞を受賞した、米山の「笹沢部落」をはじめ、初期の作品を中央文壇の堕落した作品と対峙させて論じています。若竹千佐子の「おらおらでひとりいぐも」などに対する批判は激烈を極めます。
評論が続きます。三番目は柴野毅実の「ヘンリー・ジェイムズの知ったこと(一)」。タイトルは今回論じている「メイジーの知ったこと」から来ています。難解で退屈と言われるヘンリー・ジェイムズの小説に、新しい視点を導入すべく奮闘しています。一回目で「メイジーの知ったこと」しか論じていないので、途方もなく長くなりそうな予感がします。
 鎌田陵人の「アギーレ――回帰する神の怒り」はヴェルナー・ヘルツォーク監督の「アギーレ――神の怒り」について論じた映画論です。16世紀スペインによる南米侵略の中で、ペルー独立を宣言した狂気の人、ローペ・デ・アギーレを描いた問題作です。ベネズエラの作家オテロ・シルバの『自由の王――ローペ・デ・アギーレ』を参照しながら、最後にニーチェの「大いなる肯定」に結びつけるところが独自の視点。
 昨年、玄文社からハーリー・グランヴィル=バーカーの訳述書『シェイクスピア・優秀な劇作家から偉大な劇作家へ』を上梓した、大井邦雄の次の対象はグランヴィル=バーカーの「シェイクスピア序説」シリーズの一冊「『オセロー』序説」の訳述です。これが大井が続けてきたグランヴィル=バーカー訳述の本命ということになります。今号はまだ取っかかりに過ぎません。
 鈴木良一が書き継いでいる「新潟県戦後詩史」も、現在も活躍中の詩人たちが登場してきて、面白みを増しています。今号は1971年から1975年までの前半。「北方文学」の展開と吉岡又司の『北の思想』についての記述もあり、70年代前半の「北方文学」について知ることもできます。
  新村苑子の「迎え火」は、 人間関係のトラブルで休職を余儀なくされている教師が、幼なじみと出かけた田舎の送り火の行事に、社会復帰のきっかけを見出すという話。たった二人の登場人物なのに、興味を最後までつないでいく手法のさえはさすが。
魚家明子の「眠りの森の子供たち(四)」がラストです。活劇的な展開が待っています。暴力沙汰あり、火事あり、新しい人物の登場もあって、波乱含みの回です。連載はあと一回で終了です。


目次を以下に掲げます。
館 路子*蛾が(記憶に)停まる、今も
米山敏保*旧街道
大橋土百*井月やーい
スティーヴン・マクドナルド・山内あゆ子焼く*ノット・アバウト・ヒ-ローズ(2)--シーグフリード・サスーンとウィルフレッド・オーウェンの友情--
坪井裕俊*米山敏保論(1)
柴野毅実*ヘンリー・ジェイムズの知ったこと(一)
鎌田陵人*アギーレ--回帰する神の怒り--
ハーリー・グランヴィル=バーカー 大井邦雄訳述*『オセロー』序説(1)/鈴木良一*新潟県戦後詩史 隣人としての詩人たち〈11〉
鎌田陵人*ミツメ「エスパー」を聴く
榎本宗俊*歌人について
新村苑子*迎え火
魚家明子*眠りの森の子供たち(四)

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再版できました

2018年04月10日 | 玄文社

 

新村苑子『律子の舟』『葦辺の母子』

 

 3月末に再版ができたので、新潟方面に配本に行ってきました。

 新津の英進堂さんでは熱心な読者の方が配本を待っていてくださいましたが、高速を使わないで行ったため思った以上に時間がかかってしまい、長い時間お待たせすることにな ってしまいました。申し訳なく思っています。

 英進堂さんは個性的な書店で、入ってすぐは普通の郊外型書店のように見えますが、奥の方に人文関係の特別コーナーがあり、マニアにはたまらない品揃えとなっています。坂口安吾のコーナーがあったり、哲学書のコーナーがあったり、なかでも式場庶謳子の画集が置いてあったのにはびっくりしてしまいました。

 他に中央区の北書店さん、シネ・ウインドさんに本を置かせていただきました。よろしくお願いします。

 

 

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新村苑子作新潟水俣病小説集再版今月末

2018年03月15日 | 玄文社

品切れが続いていた新村苑子の新潟水俣病短編小説集を再版します。『律子の舟』と『葦辺の母子』の2点を今月末に刊行します。
糸魚川出身、批評家の若松英輔氏から推薦をいただきました。チラシに推薦文を掲載しました。
新潟水俣病阿賀野患者会の酢山事務局長、新潟県立大学の後藤先生から再版の要望を受けておりました。今年1月に水俣市で開かれた水俣病事件史研究会で、後藤先生が新村さんの小説を紹介して下さり、その時新村さんの本を読まれた参加者の方々の反応が決め手でした。読者の声としてチラシに掲載しました。
新村さんの小説は純然たるフィクションです。フィクションでありながら、それが水俣病患者を家族にもつ方々の心を打ったのです。そこには本当の文学の力があります。文学でなければできないことがあるのです。先日亡くなった石牟礼道子さんの『苦海浄土』もまた、フィクションであると本人も言われていたはずです。
 購読をご希望の方はチラシをプリントしてFAXでお申し込み下さるか、メールgenbun@tulip.ocn.ne.jpまでご連絡下さい。

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「北方文学」第76号発刊

2017年12月30日 | 玄文社

 

「北方文学」76号が発行になりましたので、ご紹介します。今号は先号が338頁の超大冊になり、次は書き手も量も減るはずと思っていたのですが、あに図らんや今号も先号に迫る330頁となりました。内容も先号に勝るとも劣らぬものとなり、同人雑誌としてはその充実を誇っていいのではないかと思っています。
 巻頭を飾っているのは先号に引き続いて、館路子の詩「地に這うものへの謝辞を込め」です。このところ動物をモチーフにした作品が続いていますが、今回は地に這うカナヘビやヘビ、オオクロアリが登場します。地に這う者たちを隠喩として言葉に回収しようとする試みと言えます。ところで蜥蜴は鳴くのでしょうか?
 俳句が二人。大橋土百は「薔薇の精」。ニジンスキーの句もあります。「終焉は破局破滅か冬薔薇」のような観念的で重い作品から、「温といなぁふふふふふふふ猫の夢」のようなおどけた作品まで、自由自在であります。米山敏保は「沢の螢」。螢にモチーフを絞った22句。
評論が続きます。トップは徳間佳信の「閻連科との公開対話会「『愉楽』(《受活》)はどう読まれたか」」。2016年9月に「日本中国当代文学研究会」が主催した、中国人作家、閻連科との公開対話会の記録である。徳間は研究会の一員として鼎談に加わった。日本でも翻訳されている閻連科の『愉楽』をテーマに中国文学の現状と可能性を追究しています。
 2年ぶりに霜田文子は「立原道造の〝内在化された「廃墟」〟をめぐって(二)」で、連載を再開しています。日本で初めて建築論に〝廃墟〟という言葉を導入した立原の議論を追究。今回のキーワードは〈建築体験〉。精神的体験としての建築の問題を言語芸術との関連から考察しています。
 鎌田陵人の「サピエンス・モノ・コトバ」は、昨年ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』に触発されて書かれたもの。結局は人間の問題は言語の問題に収斂されていくということを言っています。言語によってのみ可能な〝否定命題〟が中心的なテーマ。
 柴野毅実の「ロベルト・ボラーニョと恐怖の旅」は、2003年に50歳の若さで亡くなったチリ生まれの作家、ロベルト・ボラーニョの最後の作品『2666』についての批評。エピグラフとして掲げられた、ボードレールの「旅」の一節「倦怠の砂漠のなかの 恐怖のオアシス」を手がかりに超大作を読み込んでいます。
 今号の寄稿は山内あゆ子訳、スティーヴン・マクドナルド作の戯曲「ノット・アバウト・ヒーローズ」の第一幕。第一次世界大戦時のイギリスを代表する戦争詩人、シーグフリード・サスーンとウィルフレッド・オーウェンの詩を通した友情を描いた作品。二人の日記や書簡をもとに、二人の友情を克明に描きます。本邦初訳。
 先日、玄文社からハーリー・グランヴィル=バーカーの訳述書『シェイクスピア・優秀な劇作家から偉大な劇作家へ』を上梓した、大井邦雄の次の対象は『マクベス』。グランヴィル=バーカーの「役者のためのシェイクスピア」シリーズの一冊「『マクベス』序説」の訳述です。
鈴木良一が書き継いでいる「新潟県戦後詩史」も、先号から現在も活躍中の詩人たちが登場してきて、俄然興味深さを増しています。今号は1966年から1970年までの後半。
 今年7月に私が刊行した『言語と境界』について、徳間佳信が詳細な解説と批評を書いてくれた。題して「言語――「精神」のありか」。『言語と境界』は決して読みやすい本ではないが、その言わんとするところを余すところなく、徳間は紹介し、論じています。この文章があれば私の『言語と境界』はなくてもいいほどです。
 福原国郎の「文平、隠居(下)」は古文書から読み解く地方史であり、人物伝でもあります。古文書の読み込みに関しては他の追随を許さない福原の独壇場。江戸末期の農村経済が手に取るように分かります。
 このところ凄い小説を連発している新村苑子の「花束」は、テーマを老人介護と思わせておいて、実は団塊の世代の夫婦のあり方にテーマをおいている。小品ではあるが、主人公の人物像がくっきりと浮かび上がってくる佳品です。
 魚家明子の「眠りの森の子供たち(三)」がラストです。連載三回目でいよいよ小説は佳境に入っていきます。かんたの母親の書いた長い文章がこの小説の中のもう一つの物語となって、これ以降のスト-リーを先導していく予感を感じさせます。魅力的な人物が沢山登場してきます。

目次を以下に掲げます。
館 路子*地に這うものへ謝辞を込め/大橋土百*薔薇の精/米山敏保*沢の螢/徳間佳信*閻連科との公開対話会 『愉楽』(《受活》)はどう読まれたか/霜田文子*立原道造の〝内在化された「廃墟」〟をめぐって(二)/鎌田陵人*サピエンス・モノ・コトバ/柴野毅実*ロベルト・ボラーニョと恐怖の旅--大長編『2666』について--/榎本宗俊*歌について/スティーブン・マクドナルド 山内あゆ子訳*ノット・アバウト・ヒ-ローズ --シーグフリード・サスーンとウィルフレッド・オーウェンの友情--/ハーリー・グランヴィル=バーカー 大井邦雄訳述*『マクベス』序説(1)/鈴木良一*新潟県戦後詩史 隣人としての詩人たち〈10〉/徳間佳信*言語--「精神」のありか 柴野毅実『言語と境界』のために/福原国郎*文平、隠居(下)/新村苑子*花束/魚家明子*眠りの森の子供たち(三)

お問い合わせはgenbun@tulip.ocn.ne.jpまで。

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新村さんの本は北書店に

2017年08月20日 | 玄文社

新潟市在住の松井まゆみさんからコメントで問い合わせがありましたので、お答えします。
玄文社発行の新村苑子さんの2冊の本について。
『律子の舟』は7月8日の若松英輔氏の講演会の時点までは、20部ほど残っていたのですが、当日の販売で売り切れてしまいました。現在、玄文社にも著者の新村さんのところにもお売りできる部数がございません。
『葦辺の母子』についても講演会での販売でかなり売れましたが、14部売れ残りがあり、新潟市役所前の「北書店」様に委託販売で置かせていただいております。早めに「北書店」様にお出でになれば手にはいるはずですので、よろしくお願い申し上げます。

 

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うれしい贈り物(4)

2017年08月13日 | 玄文社

 中村龍介はわたしと同じ1951年生まれで、1973年に処女詩集『世界の片隅で』を出版し、1978年12月26日、経田さんが「師走、信濃川/歩いて歩いてあんたは入ってった」と書いているようにして自殺した。
 中村は分裂病者であった。彼の存在と言葉は私には重荷であった。彼が死んだ後に私は、死者というものは甦るものであるということを初めて知った。死者はキリストの復活のように甦る。ただし、肉体としてではなく、言葉として。私の胸の内に。
 そんなわけで中村の死の二年半後、私は彼の残した詩編をまとめて『中村龍介詩集』を編集し、出版した。
 経田さんはこの『中村龍介詩集』を読んで、作品を書いたのであろう。「死者をあがめてはならない」という言葉は、中村の「火の祭」という作品の冒頭の一行である。そして経田さんもまた、中村の甦りについて書くのである。

「生誕の夜、
死者は
水底から還ってきた、
ことばのために」

 しかし、そんなことばもむなしく消えていくものであることを、経田さんは残酷にも指摘する。

「雪に刻んだ、あんた、最後のことばも
 もう消えてしまったよ。
 それっきりさ。」

 もはやここに、経田さんの皮肉や底意地の悪さを見ることは出来ない。自分もまた死ねば、「最後のことばも消えてしまって、それっきり」だという認識を読み取るべきである。そこにはだから経田さん流の深いペシミズムがある。ペシミズムは他者に向かい、自己にも向けられる。37人のさまざまな死に方をした死者たちがいる。しかし、自分自身もまた未然の死を生きているのにすぎない。
 だから「死者をあがめてはならない」のだ。経田さんの37人の死者に対するスタンスは一貫しているが、そこに軽重があるのもまた事実である。
 3頁以上の長い作品を挙げれば、経田さんが深く傾倒している対象が分かるだろう。ジャック・ケルアック(アッケル・クヮジャ)、パウル・ツェラン(ウル・パツェンラ)、田端あきら子(コアラ・キタタバ)、シモーヌ・ヴェイユ(シモーヴェ・ユイヌ)、ヴィンセント・ゴッホ(セント・ヴィ・ゴホンツ)、アルチュール・ランボー(チューラン・アルルボー)、ジャニス・ジョプリン(ニジャ・J・プリンス)、ガルシア・ロルカ(ルルシカ・ガロア)の8人である。
 1970年パリのセーヌ川に死体の上がった、パウル・ツェランについての詩は、重厚で沈鬱、いささかも皮肉は感じられない。ナチスによるユダヤ人虐殺をテーマに詩を書いたツェランへの陰鬱なオマージュである。

「耳は夜の受話器にかしいでいる
声を待つ
骨つぼからばらばら砂が落ちる
声を待つ
焼死した
声を」

 さらにスペイン内乱で銃殺されたガルシア・ロルカについての詩は、手放しの讃辞に近い。最終連を引く。

「ルルシカよ
 あなたの死は
 何百万という無名の死の
 一つにすぎない
 しかし あなたの詩は
 わたしたちにとり
 稀有な 高潔な
 大きな謎なのだ」

 ヘロイン中毒のため27歳で死んだブルース歌手、ジャニス・ジョプリンをテーマにした作品が入っているのも経田さんらしい。ジャニスは我々日本人にとっても真実のスターだった。ロック・ミュージシャンの死の中で、彼女の死ほど惜しまれたものはない。
 ミュージシャンでは他に、ジミ・ヘンドリックスやチャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンなどが取り上げられている。いずれも麻薬や癌で夭逝した人たちである。

『洪水と贈り物』の紹介はこれで終わりにするが、この詩集がたった限定200部しか発行されていないということが信じがたい。なんということだ。
(この項おわり)

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うれしい贈り物(3)

2017年08月12日 | 玄文社

 最後の章、第4章「踊る死者たち」は、洪水とは無関係な37編の詩で構成されている。「舟」という詩誌に1976年から1980年にかけて発表されたものだ。
 タイトルは有名あるいは無名の詩人・作家・画家・ミュージシャンたちの名前のアナグラムになっていて、すぐにはそれが誰だか分からない。経田さん自身が巻末に真名を挙げているので、ようやくそれと分かる。
 なぜこんな手の込んだことをするのかと思うかも知れないが、さまざまな死に方をした詩人や画家、ミュージシャンに対する言葉が、愛憎のように錯綜していて、ストレートに示すことが出来なかったのだろう。そしてアナグラムもまた、修辞的技法のひとつであり、経田さんの死者に対する複雑で錯綜した意識を、そのまま反映しているのかも知れない。
 たとえばアルチュール・ランボーは、チューラン・アルルボーと表記され、ジャニス・ジョプリンはニジャ・J・プリンスと呼ばれる。村山槐多はマタイ・カラヤム、宮沢賢治はケヤミ・ジンザワと換えられているから、それが日本人なのかどうかさえ分からない。
 経田さんは私なら批評の言葉で書くであろう、死者に対する思いを詩の言葉で書く。批評の言葉で書くときと同じように、その死者に対する思いが希薄なケースでは作品は短くなり、それが濃い場合には作品が長くなる。
 だから、37編の中で短い詩編を挙げてみれば、経田さんの思い入れの浅い対象が見えてくる。1頁しかない詩編が5編。アメディオ・モジリアーニ(ジオメニア・アデリモ)、西一知(トモニシ・カズ)、中原中也(ハカナヤ・ラウチュ)、ウラジミール・マヤコフスキー(フルスコラージ・ミヤマウスキー)、ヴェイチェル・リンゼィ(ルヴェイ・チェゼーリン)の5人をテーマにした作品である。
 特に中原中也はたった6行しかないので、そっくり引用しよう。

「此の男、詩しか書けなくってまるでダダッ子。顔まで詩人らしく気取り、酒を飲めば一等先に酔っ払いいっそう詩人らしい振る舞いだ。詩を書き、詩を食べ、詩に食べられ、死んでしまった。不幸な日々も不幸な人も在りき。詩の花冠は結核性脳膜炎らしい。もう先はない。」

 私が詩人だったらこんな風に書かれたくはない。経田さんの皮肉は「此の男」に対して最も厳しい。中原は詩人を気取り、不幸を気取った人であった。中原の友人であった大岡昇平は中原が言う「詩人は不幸でなければならない」という考え方を真っ向から否定しているが、不幸な人間が詩人であることはあっても、すべての詩人が不幸でなければならないというような考え方は、完全に倒錯している。
 このような倒錯した考え方を、日本の結核文学と言われるジャンルも受け入れたのであったが、中原は結核で死んだのであり二重に倒錯していた。だから「もう先はない」のだ。

 マヤコフスキーはどうか。こちらは11行。部分的に引く。

「赤い乱痴気革命パーティのさなか
 声を限りに語り語り 騙り
 魂の真実とやらに耳をいれすぎ
 痩せた両手で両耳押しつぶした」

「愛も革命も詩も
 行き過ぎは魂消える
 そして 一発
 それっきり」

マヤコフスキーは〝行き過ぎた〟愛情関係の末に、拳銃自殺を遂げている(他殺説もあるが)。死者に対してなんと無慈悲な言葉であろう。しかし、我々はすべての死者に対して慈悲深くあることを許されていない。
 私のかつての友人であり、信濃川で入水自殺した詩人・中村龍介は「死者を あがめてはならない」と書いたのだったが、経田さんはその中村についても一編をものしている。

 

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うれしい贈り物(2)

2017年08月05日 | 玄文社

 第2章は「おお 水よ」で、この章が直接的に洪水をテーマとする。追記に言う。

「哄笑が爪弾く。わが五十嵐川の洪水史は氾濫だらけである。花子も赤ん坊も消えた近代および現代にも五十嵐川は破堤を繰り返した。」

 いきなり「哄笑が爪弾く」ときた。洪水でなく〝哄笑〟なのだ。この章に収められた詩編は、冗談や駄洒落、地口、言葉遊びを総動員した戯れ歌なのだ。
 洪水のような哄笑、哄笑のような洪水。不謹慎である。しかし、これこそが経田さんの真骨頂であろう。あの吉岡又司論のずっと前から、経田さんはこんな詩を書いていたのだ。

 ほむらたつ草むら
 村の女たち 阿亀たち眠る
 火魔羅たつ肉むら
 火吹き男たち眠る    (Ⅰ 発端は雨だった)

また、卑猥で卑俗な表現も頻出する。

 川があふれ
 土手を越える
 肥えた土手を越える
 女たち 夏を笑って
 腹を叩き合う
 土手が切れたぞ!
 男たち土手を走った
 踊る男根 縮む金玉    (Ⅱ 洪水たち)

 かと思えば、見事なエロティックなイメージ。

 花子の
 はった乳房の丘から
 空を撃つ白い噴水
 アアッ流れ星! ひとつ!
 髪がくねるいびつの丘よ
 痩せた丘を谷を荒れた髪が長くはう  (Ⅱ 洪水たち)

 さらには土俗的な村人たちの方言まで。

 おとと、どこら
 手探りすらんだろも
 闇が深っこうて
 おととがいねえ
 燃えて燃えて燃えて燃えて
 おらぁ眠らんねえんだてばァ
 おらを灰にしてくらっしゃい      (Ⅱ 洪水たち)

 花子とは誰か? 「花子も赤ん坊も消えた近代および現代」とあるから、それは近代以前の村落共同体の母系的心性を意味しているのだろうか? あるいは豊饒の大地のイメージを?
 しかし、花子も赤ん坊も洪水によって流され、大地に帰る。そして村人たちは花子を捜しに森に入り、牧場の塩の窪に赤子を発見するのである。
 この物語が何を意味しているのかはっきりとは分からない。しかし、少なくとも前近代的な村落共同体の死と再生のイメージを持っていることは感じ取れる。経田さんは洪水を通して五十嵐川流域の地誌を書いたのだと言える。
 しかし、地誌が戯れ歌やファルスになってしまう、あるいは意図的に戯れ歌やファルスとして地誌を書こうとすること自体、経田さんの前近代的なものへの距離の取り方を示しているように思う。でなければもっと真面目にそれは書かれなければならない。
 その距離の取り方のあり方はこの章の「序詩」に示されている。最終5行を引く。

 少年よ いでよ
 夏の舌もつ声もって
 美しい災厄あってこそ
 光の世界が到来する
 ああ 八月の夜の空が
 闇にふるえて

「美しい災厄」などというものはあり得ない。災厄はいつでも酷薄で、残酷で、酷い。しかし災厄が夏の舌もつ少年の声で語られるとき、それが美しいもに姿を変えるということはあり得る。そこには現実と語られる現実との間の表現論的な背理がある(しかし語られない現実とはいったい何なのか?)。
「夏の舌もつ少年」たる経田さんは三条の洪水の歴史に代表される災厄の表現において、光と闇の背理の実践に賭けているのである。

 

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