玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

佐藤春夫『新編 日本幻想文学集成』より(3)

2022年02月03日 | 日本幻想文学

 さて、佐藤春夫について悪口ばかり書いてしまったので、ここで「女誡扇綺譚」に目を転じてみよう。編者の須永朝彦によれば、この作品は様々なアンソロジーに採録されているので、ここでは採らなかったということだ。確かに私が読んだのも、東雅夫編「日本幻想文学大全」の『幻妖の水脈』の巻においてだった。この作品はおそらく、佐藤春夫の怪異譚の中では出色のものであるから、是非『新編 日本幻想文学集成』にも収録してほしかった。
 この作品の初出は「女性」1925年で、1920年に台湾に旅行した経験をもとに書いた「台湾もの」の一編である。新聞記者である「私」が、友人で漢民族の血を受けた詩人世外民の案内で、台南の禿頭港を訪れ、そこにうち捨てられた大きな廃屋(廃墟ではなく)で怪異に出会うというストーリーである。
 その廃屋はかつての財閥沈一族の屋敷跡で、そこで二人は「どうしたの? なぜもっと早くいらっしゃらない……」という泉州(中国福建省の都市)言葉で話す女の声を聴くのである。その声は沈家の没落のために破談になった婚約者を一人待つ娘の言葉であり、その娘は男を待ちあぐねた末に餓死したと伝えられていたのである。
 世外民はその言い伝えを信じその声が幽霊の声であったと思い込んでいるが、「私」はそれが人気のない廃屋で逢い引きしていた女の声であろうと、合理的な解釈を下す。しかし、その後そこで若い男が首をくくって死に、その男の後を追って死んだある下婢のことを知るに及んで、「私」の合理的解釈は宙吊りにされるという結末を迎える。その下婢は内地人(宗主国である日本の男)との政略結婚を強いられていて、若い男も彼女も悲恋の内に死ぬのであり、それを誘導したのが沈家の娘の幽霊だったということが仄めかされるのである。
 この間読んだ怪異怪談研究会監修の『怪異とナショナリズム』という本で、堀井一摩が「怪異と迷信のフォークロア」と題して、この作品ともう一編「魔鳥」という小説の2編を取り上げて分析している。焦点は日本による台湾の植民地支配と、それに翻弄される民衆の伝えるフォークロアというところに当てられている。
「どうしたの? なぜもっと早くいらっしゃらない……」という女の声を、超自然的なものとしない「私」の視点は、植民地住民における迷信や非科学的な蒙昧を屈服させ、合理的精神を植え付けようとする、旧日本帝国の視点であり(これこそ植民地支配の王道である)、それを幽霊の怨嗟の声と聴く世外民の視点は、被植民者の抵抗の視点であるという議論である。
 植民地における怪異・迷信のフォークロアは被植民民族の抵抗の声を代表するものであり、それを取り上げることにおいて、佐藤春夫は彼らに共感の思いを寄せているのだという評価につながっていく。堀井の議論は政治的・歴史的なものであり、次のような高い評価が与えられることになる。

「植民地における暴力と抑圧が存在するかぎり、幽霊譚は絶えず生み出されるだろう。民衆の噂話は、植民地で暴力と抑圧にひしがれた敗者たちの怨嗟の声、現在に憑在する過去からの声を記憶し、語り伝える装置としてはたらいている。そして、そのような声に耳を澄ます民衆が、台湾の脱植民地化への道筋を作る。廃屋の幽霊と対話をしたと信じ、「統治上有害」な漢詩を作る世外民も、そのような人物――過去の声を聞き、いまだ到来していない台湾ナショナリズムに取り憑かれた人物――として描かれているのである。」

 確かにそのとおりであり、幻想的な文学が政治や歴史に関わっていく典型的なスタイルが実現されている。幽霊というものが現世に対する怨嗟によって冥界をさまよい、ときに現実に介入してくるものだとすれば、そうした構造は幽霊譚の基本的な構造なのだと言ってもよい。いかに「私」が合理的な判断を下そうが、作者の視点は世外民の方に重点が置かれているのだし、最終的には怨嗟に満ちた幽霊への共感がこの作品を特徴づけていることになるのだ。
「女誡扇綺譚」には、あのいやらしいペダンティズムもないし、ハイカラ趣味もない。佐藤は台湾旅行において、貴重な経験を積んだのである。そしてこの小説の文章もまた、他の作品に比べて格段にうまい。「私」が女の声を聴く場面の文章を引用して終わりとする。

「不意にその時、二階から声がした。低いが透きとおるような声であった。誰も居ないと思っていた折から、ことにそれが私のそこに這入ろうとする瞬間であっただけに、その呼吸が 
私をひどく不意打した。ことに私には判らない言葉で、だから鳥の叫ぶような声に思えたのは一層へんであった。思いがけなかったのは、しかし、私ひとりではない。世外民も踏み込んだ足をぴたと留めて、疑うように二階の方を見上げた。それから彼は答えるが如くまた、問うが如く叫んだ――」

・佐藤春夫「女誡扇綺譚」(2013、東雅夫編、筑摩文庫「日本幻想文学大全」の『幻妖の水脈』所収)

この項おわり

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐藤春夫『新編 日本幻想文学集成』より(2)

2022年02月02日 | 日本幻想文学

「新青年」的な要素は他にもあって、それは欧米の文学作品への言及という形で現れるペダアンティズムと、よく言えばモダニズム的な言説ということになろう。活動写真の俳優の名はウヰリアム・ウヰルスン(ポオの小説「ウィリアム・ウィルソン」から)というのだし、トマス・ド・クインシーの『阿片吸引者の告白』への言及もあれば、気障な英語を平気で遣うところもふんだんにある。このバタ臭さが「新青年」の大きな特徴であっただろう。
 確かに「大正夢幻派」というタイトルからも窺えるように、大正期ロマンティシズムの様なものが厳然としてあったのである。「新青年」に詳しいわけではないが、江戸川乱歩のペンネームは言うまでもなく、エドガー・アラン・ポオから来ているのだし、夢野九作や小栗虫太郎などもさかんに「新青年」に執筆していたのだった。
「新青年」に拠る作家達は、今から見ればその通俗性を指摘されても仕方がないが、ある意味でフランス19世紀の小ロマン派の作家達に似ているように思う。ヴィクトル・ユゴーに感化されたテオフィル・ゴーティエやペトリュス・ボレル、ジェラール・ド・ネルヴァルなどの作家が挙げられるが、いずれも奇矯なもの、不思議なもの、幻想的で怪異なものをテーマとし、彼らの作品もまた通俗性の刻印を帯びていると言ってもいいだろう。
 そういえば、佐藤春夫がよく読んでいたらしいトマス・ド・クインシーも、イギリスにおける小ロマン派の一人として位置づけられている。大正期のロマンティシズムはだから、小ロマン派的な作家やポオの強い影響下で、到底当時の現代日本では起きそうもない物語を展開したが、それがある種独特な言説空間を創り出したことも確かである。
 彼らの書くものがすべて幻想的なものであったわけではないし、佐藤春夫にしても幻想小説ばかりを書いていたわけでもない。『新編 日本幻想文学集成』に採られた作品の中にも必ずしも幻想的とは言えない作品(たとえば「美しき町」など)も含まれているが、その言説空間自体はいずれも夢幻的な性質を帯びている。物語の生起する場所自体が幻想的なのである。
 しかし、佐藤の「青白い熱情」や「海辺の望楼にて」を読んでみると、それらが如何にも底の浅いものでしかないことに気付いてしまう。前者はポオの詩編「アナベル・リイ」の、後者は同じくポオの短編「アッシャー家の崩壊」の影響を強く感じさせるものだが、いずれもポオの物まねの域を出ていない。ポオのモチーフが作者の中で消化され切っていないのだ。
「青白い熱情」は「アナベル・リイ」をなぞったものに過ぎないし、「海辺の望楼にて」にいたっては、出来そこないの「アッシャー家の崩壊」という印象しか受けることができない。「青白い熱情」に「私のロマンティシズムは実に力のないものであった。それはただ一つの趣味であって、そのなかには私の命がけの本質は何一つなかった」という一節があるが、佐藤春夫は自らの底の浅さを自覚していたのかも知れない。
 そこへいくと、「美しき町」という小説は出来のいい作品で、それはきっとこの作品が怪異に寄りかかっていないこと、奇矯な話ではあるが超自然を描かずに、一つの大人のメルヘンとしてまとめていることによるのではないかと思われる。つまり佐藤春夫は怪異や超自然を使いこなすだけの力量を持っていなかったという結論になる。また、「美しき町」には「海辺の望楼にて」に描かれたような、主人公の狂気の不自然極まりない誇張もない。佐藤はポオや小ロマン派の本質的な狂気も共有できていなかったのである。
 もう一つ言っておけば、この作家の文章はいただけない。「美しき町」から無作為に2箇所引用してみるが、通常の叙述の文章であるとはいえ、こんな建て付けの悪い文章でいいのだろうか。

「かうしてその奇妙な町の創立事務所になりかゝつて居るホテルの一室が、沢山のそれつきりもう来ない人を迎へてから後に、或る日そこへ、一人の痩せた小柄な髪が全く白くなつた老人が這入つて来た。老人の外見は面白いものの一つであつた。」

「かうして我々は、その建築技師とともで三人になつて、三人の我々が一緒にその計画の遂行を急ぐやうになつたのはそれから二週間ほど後のことであつた。仕事の時間は川崎の註文によつた夜で、その七時半から十一時半までと定めた。併し、どうして! ただ四時間とは決るものではない。我々は楽しみのつづくかぎり、?々十二時の時計に駭かされた。」

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐藤春夫『新編 日本幻想文学集成』より(1)

2022年01月31日 | 日本幻想文学

 国書刊行会は1991年から1995年にかけて『日本幻想文学集成』全33巻を発行したが、2017年に新たに『新編 日本幻想文学集成』を刊行している。一人の作家につき1巻だったものを、4から5人の作家をそれぞれ1巻にまとめ、旧版発行時以降に亡くなった安部公房・倉橋由美子・中井英夫・日影丈吉の巻を追加して、全部で9巻の叢書にまとめ直したのであった。
 ここまで日本の幻想文学を体系的にまとめたアンソロジーは他にはないので、私は老後の楽しみに全部読んでやろうという意気込みで購入したのだった。しかしこれまでに読んだのは安部公房と倉橋由美子だけで、すでに私の老後も黄昏が近づいているのだった。安部と倉橋について書こうと思ったのだが、倉橋についてはともかく、安部にはかなり失望してしまったので、その時は書けなかった。
 助走としてツヴェタン・トドロフの『幻想文学論序説』を読んで、それについてまず書いたので、トドロフの本についてはこのブログの「日本幻想文学」の項目に入っているという、変則的な形になってしまっている。トドロフの本は極めて有益な議論を展開しているので、これからも参考にすることもあるだろう。
 今回、久しぶりに『新編 日本幻想文学集成』に取りついたのは、佐藤春夫を読むためであった。しばらく前に、東雅夫編の『日本幻想文学大全』というアンソロジーの、「幻妖の水脈」に載っていた「女誡扇綺譚」という作品を読んで、その見事な出来栄えに感心していたので、次に読む日本の幻想小説は佐藤春夫と決めていたのである。
 佐藤春夫が含まれる第5巻は「大正夢幻派」と題されていて、他に江戸川乱歩・稲垣足穂・宇野浩二が入っている。私は江戸川乱歩以外ほとんど読んだことがないので、これからも楽しんで読んでいけるだろう。
 最初の作品「指紋」を読んで私は、佐藤春夫についていくつかの基本的なイメージを?むことができたように思う。まず「指紋」はいわゆる「探偵小説」として読めるということである。初出は1917年「中央公論」だが、1920年創刊の「新青年」にこそ相応しい内容となっている。実際に佐藤は「新青年」に探偵小説を寄稿していたのであった。
「指紋」はR・Nという男を主人公とし、その友人の「私」(=佐藤)によって語られる彼にまつわる摩訶不思議な物語である。洋行していたR・Nはずっと「私」に手紙を寄越していたが、ある時から音信が途絶えてしまう。その後十数年ぶりに突然「私」の前に現れたR・Nは、健康を害しているように見え、「私をかくまってくれ」と懇願する。かと思うと突然長崎へ行くと言って、また姿を消してしまう。
 このように最初に奇態な謎を提示しておいて、それを徐々に解明していくというのが、「探偵小説」の手法であり、これはゴシック小説や恐怖小説に発する常套的な手法なのである。当時はジャンルが未分化であったから、幻想小説的なものも、推理小説的なものも総じて「探偵小説」と呼ばれた。探偵が出てこなくてもそれは「探偵小説」と呼ばれたのであった。
 謎は謎を呼んで、一緒に観た「女賊ロザリオ」という活動写真に対する彼の異常な反応が、さらにまた謎を呼ぶ。謎解きはかなり奇矯であり、強引ではあるが、一応合理的になされていて、超自然的な要素を含まない。
 だからこの小説は「夢幻」的な作品とは見なせないのだが、錯綜した謎の部分だけでなく、R・Nが阿片窟でみる夢の描写に幻想的なものがあると言える。そうした傾向を「新青年」的と言うとすれば、佐藤春夫は「新青年」的小説の先駆け的存在であったのかも知れない。そして、その夢は明らかにゴシック的な夢であって、これが阿片吸引がもたらす夢であるとすれば、それは佐藤本人の経験によるよりも、ド・クインシーの作品からの影響と見るべきだろう。こんな夢である。

「それは非常に静かで、最も碧く、?漠として居た。だが私はそれが湖水だといふことをよく知って居る。といふのは、その海のやうに曠漠とした平静な水面の対岸に、やはりそれと同じやうに巨大な建築物が見えるからだ。それは自然の風景を十二倍した位の巨大さだ。その?の風景は今も言ふとほり、湖水を前景にして自然を十二倍した巨大さで或る古城が現れた。その古城の未だ後には回々教の殿堂だと見えるドオムが、やはり少くとも自然を十二倍した位に、古城の凹凸のぎざぎざや銃眼のある城壁に半分隠されて重り合って居る。城壁の後に回々教の殿堂といふ対照は理智的に考へるといかにも飛び離れた組合せではあるが、夢のなかではそれが最も合理的なリズムで調和されて居た。さう。 それに明るい月光が照して居た――私は水さへ見ればきっと月を、月さへ見ればきっと水を見た。海のやうに広漠な水面の夢なのだ。」

 この場面が夢幻的だとしても、文章はあくまでクリアで明晰である。佐藤春夫という作家は幻想作家ではあるが、夢の描写において決して狂熱的な文章で書ける人ではなかったというのが、私の印象である。

・「新編 日本幻想文学集成」第5巻『大正夢幻派』の佐藤春夫 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ツヴェタン・トドロフ『幻想文学論序説』(3)

2016年12月03日 | 日本幻想文学

ツヴェタン・トドロフ『幻想文学論序説』(3)

 前回引用した部分は『幻想文学論序説』の結論部分の一部であって、トドロフの文学に対する考え方をはっきりと示しているところではないだろうか。
 トドロフによれば、文学そのものが「現実と非現実との言語的対立」に基づきながら、言語が言語それ自身を否定することによって、それを乗り越えていく行為である。だから「幻想文学こそは文学の精華なのである」と言いうるのである。
 20世紀の言語学によれば、言語は言語そのものを指し示すにすぎないのではあるが、言語を越えて出ることもある。この"越えて出る"ことをトドロフは幻想文学における本質と捉えているのである。
 そのことはトドロフの言う超自然と関わっていて、幻想文学にあっては物語と超自然の間に大きな関係があるということになる。トドロフは次のように書いている。

「物語というものの定義からして明らかなように、超自然が登場するテクストはすべて物語なのだ。というのも、超自然的出来事が、あらかじめあった均衡を変化させるものだからである」

 そいて、「超自然は物語の変化を最も急速に実現する」とも言っている。だとすれば、物語にとって、「超自然の社会的機能と文学的機能は要するに一つのものでしかないことは明らかで、いずれも同じく掟の侵犯なのだ」というわけである。
 我々はだから、幻想文学において超自然の中に言語が言語を超え出ていく部分を見なければならない。また「超自然の社会的機能と文学的機能が一つのもの」であるとすれば、幻想文学ならぬ一般文学においては「事件というものの社会的機能と文学的機能は一つのもの」ということになるであろう。
 その二つのものの共通の根拠は、言語そのものの中にあるのであって、"超自然"の中や"事件"の中にあるのではない。我々はトドロフの『幻想文学論序説』から、そうしたことも読み取らなければならない。
 ところでトドロフは幻想が怪奇と驚異の境界上にある一過性のものと見ていたのと同じように、幻想文学というものが19世紀に隆盛を見たものの20世紀には致命的打撃を被ったと見ている。19世紀はかろうじて超自然への信頼を装っていたが、20世紀はそれを許さなかったからである。
 トドロフはカフカの超自然的物語に新たな可能性を見て本書の結語としている。しかし、幻想文学が今日滅びたかと言えば、決してそんなことはない。超自然的物語は色褪せてしまったかも知れないが、まだ言語が言語自身を越え出ていく実験精神に可能性は残されているし、カフカの文学はそのようなものとして理解されるだろう。
 トドロフは本書の中で、幻想文学の範疇から詩と寓意を除外している。詩は文学の中でもとりわけ虚構によって成立するものではないことから、「幻想的ではあり得ない」のである。どんなに怪奇で驚異に満ちたことを書いても、詩にはそれに対する驚愕の反応がない。詩は最初から現実から離れた場所で出発しているのであるから。
 そして寓意についても、そこに示された二つの意味のうち、超自然的なものは除外されてしまうのであるから、これもまた「幻想的ではあり得ない」ことになる。ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』を読めば、あまりの恐怖に背中に戦慄が走るが、幻想詩を読んでも我々は怖さを感じることはないし、寓話的物語では超自然的部分は意味を剥奪されてしまうから、動物が喋ろうが、椅子が踊り出そうが、怖がってみようがないのである。

 まだトドロフの『幻想文学論序説』には重要なことがたくさん書いてあるが、そろそろ「日本幻想文学集成」へと進んでいかなければならない。集成を読み進めながら、トドロフを参照していければいいかなと思っている。
(この項おわり)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トドロフ『幻想文学論序説』(2)

2016年11月27日 | 日本幻想文学

 しかし、「幻想」を「怪奇」と「驚異」の境界上に位置づけたのはトドロフの卓見であって、それによって「幻想文学」というもののジャンル区分が画定するのは確かである。
「怪奇」は超自然現象を許容しないから、それを突き詰めればミステリー(推理小説)に行き着くだろう。アン・ラドクリフの『ユドルフォの秘密』がその先駆けであったし、現在のミステリーは全て幻想文学からは除外されている。
 一方で「驚異」は超自然現象を前提とするから、それを突き詰めれば妖精物語やファンタジーに行き着く。それらは幻想小説と違って、確固とした日常空間を舞台としないのである。
 幻想文学はだから、現実空間における「うつつか夢か」という「とまどい」を本質とするのである限りでは、あくまでも「現実」を前提としているというべきだろう。幻想文学は現実空間なしには成立しないし、そこで強固な現実との接点を持つのである。
 そうした幻想文学の特徴は、怪奇を本質とするミステリーや驚異を本質とするファンタジーのそれとは大きく異なっている。ミステリーはトリックに拘泥するあまり、現実空間を忘却していくし、ファンタジーはもともと現実空間を前提とするものではない。
 そのように考えれば、幻想文学というものが、ある事象が怪奇に属するのか、驚異に属するのか判断が終わってしまえば消えてしまう一過性のものとしてのみあるのではなく、怪奇と驚異の間にあってその成立根拠を担っているというのは大きな逆説であるとも言えるが、トドロフはそのことを我々に気づかせてくれたのだとも言えるだろう。
 トドロフの幻想文学に対する高い評価はそこから来ていて、だからこそトドロフは次のように言うのである。

「幻想文学から受ける背反的で曖昧な印象の由来は、そのようにして説明される。現実と非現実の間の境界の疑問視という、文学固有の営為を自己の明示的中心としている限り、幻想文学こそは文学の精華なのである」

 つまり「現実と非現実といった言語的対立」は幻想文学において、「現実と非現実という抜きがたい対立の存在を疑問視させる」のであり、幻想文学ではそうした対立項の両方について深い認知が求められるのである。
 たとえばジェラル・ド・ネルヴァルがその「オーレリア」の冒頭に「夢は第二の人生である」と書きつけるとき、ネルヴァルは現実と非現実の対立項の奥深くまで分け入っていく必要に迫られるのだし、実際にそれを実現するのである。
「現実と非現実といった言語的対立」の解明について言うならば、それは幻想文学に限らず、文学全般の課題であるということ、それをトドロフは主張したいのであって、だからトドロフの「幻想文学論」は単なる「幻想文学論」にとどまることはないのである。
 トドロフは構造主義的な考えのもとに、言語と文学との抜き差しがたい関係にまで筆を進めていく。長くなるが、モーリス・ブランショの「芸術とは、救いの道となるには十分に真実であり、障害となるにはあまりにも非現実的であり、しかもそのいずれでもない」との一文を引いたあとの次のような一節はトドロフの文学観を遺憾なく示すものである。

「文学はいかなる二分法の存在も否認するものである。言語の本性には、言表可能なものの全体を非連続な部分へと切断することがある。(中略)文学は言葉によって存在する。しかしながら、その弁証法的性格故に、文学は、言語が語る以上のことを語るものであり、言語による諸分割を越えて出るものである。文学は言語の内部にありながら、言語に固有の形而上学を破壊している。文学ディスクールの特性は彼方へおもむくことにある(さもなければ文学の存在理由はないであろう)。文学とは、言語が自殺するための凶器のごときものなのだ」

 トドロフは構造主義者ではあるが、ノースロップ・フライのような冷徹さを持っていない。そのことは上の一文を読んでいただければよく分かってもらえるだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トドロフ『幻想文学論序説』(1)

2016年11月26日 | 日本幻想文学

 

日本の幻想文学を論ずるときに、ツヴェタン・トドロフを参照する必要がどこにあるのかと言う人もいるかも知れないが、トドロフの名著『幻想文学論序説』は国書刊行会の『日本幻想文学集成』を読んでいくときに、大いに役に立つだろうという予想はある。
 日本の幻想文学論は、渋澤龍彦流の反近代主義に毒されたものが多く、ほとんど参照するに足りないからである。渋澤は正統派文学に対して異端としての文学を対峙させて、その価値を称揚したのであったが、そのような議論は今日ではもはや成り立たない。
 あの荒俣宏でさえ、今日、幻想文学と呼ばれるものの居心地が良くなりすぎたために、もはや「正統」に対する「異端」としての位置を保持することが出来なくなってしまったことを、1982年に書いているが、渋澤流の幻想文学観は60年代、70年代には有効であったかも知れないが、80年代にはすでに破綻していたというわけである。
 ゴシック・ロマンスについてもその創始者であるホレース・ウォルポールやウィリアム・ベックフォードの作品に、18世紀合理主義に対する反時代的な貴族趣味を読み取って賞賛するという風潮があったが、そうしたものの見方もすでに破綻している。
 そのような変化の分水嶺には、構造主義的なものの考え方があって、それ以前とそれ以降を画然と分割しているのは、世界的な潮流であるが、日本ではそれ以降も構造主義的な幻想文学論というものは出現しなかったし、相も変わらぬ渋澤流の俗論が幻想文学の世界を支配していたことは、高原英理の議論を読めば直ぐに解ることである。
 トドロフの『幻想文学論序説』は1975年に朝日出版社から翻訳が出ているが、私は1999年に東京創元社から出た創元ライブラリ版を所有している。日本における幻想文学の定着に果たした東京創元社の役割は「怪奇小説傑作集」全5巻の刊行などによって限りなく大きいものがあるが、トドロフのこの本の文庫化も、幻想文学の理論的著作を紹介したという意味で重要な功績であった。
 トドロフはまずジャンルとしての幻想文学の定義を行っているが、その時に批判的に参照しているのがノースロップ・フライの『批評の解剖』である。フライは構造主義の先駆者といわれた存在であり、文学というものを構造分析的に考察した人であるが、こと幻想文学については恣意的な分類しか行っていないというのがトドロフの批判の要諦である。
 トドロフはジャック・カゾットの『悪魔の恋』を取り上げて、主人公が我が身に起きたことが現実なのか、それとも幻覚にすぎないのかという曖昧さを体験するところに「幻想」の本質があるとする。トドロフは次のように言う。

「「幻想」はこうした不確定の時間を占めている。どちらか答えが選択されてしまえば、幻想を離れて「怪奇」あるいは「驚異」という隣接のジャンルへ入り込むことになる。幻想とは自然の法則しか知らぬ者が、超自然と思える出来事に直面して感じる「ためらい」のことなのである。」

「怪奇」は超自然というものがあることを認めず、起きた出来事を自然的事象へと還元する認識であり、「驚異」は超自然的存在を認め、起きた出来事を超自然に由来するものと判断する認識である。「幻想」はその二つの認識の境界域にある「ためらい」であるというのがトドロフの議論である。
 だから「幻想」は「怪奇」と「驚異」の中間地帯にある、過渡的なものだとトドロフは言うが、ではなぜ世に「幻想小説」というものが存在しうるのかについて、トドロフははっきりとは言わないのである。

ツヴェタン・トドロフ『幻想文学論序説』(1999、東京創元社、創元ライブラリ)三好郁朗訳

カバーに使われているのはギュスターヴ・モローの〈オイディプスとスフィンクス〉

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本幻想文学(1)

2016年11月10日 | 日本幻想文学

 現在刊行されている国書刊行会の『新編日本幻想文学集成』を定期購読していて、現在第2回配本の途中まで読み進んだところだ。日本の幻想文学というと体系立てては泉鏡花しか読んだことがなく、馴染みも薄いので、老後の楽しみとして読むにはいいだろうと思って、購読することにしたのだった。
「新編」というからには「旧編」があるわけで、同じく国書刊行会から1991年に刊行が始まり1995年に完結したシリーズがそれである。旧版は明治から現代までの物故作家33人を一巻ずつに収録したもの。あの白い四六判のシリーズである。
 私は当時、外国の幻想小説とりわけゴシック小説に入れあげていたわけだから、日本の作家に眼を向ける余裕はなかった。従って、あの白い本はまったく買っていない。今になってみれば当時まとめて買わなくて良かったのかも知れない。新編では1巻に4作家ずつ全てが9巻に収められているからである。
 コンパクトにまとまっていていいのだが、1巻ずつが病み上がりには重い。とても寝転がって読むわけにはいかない。姿勢を正してでないと読めないので、向かう心構えもしっかりしてくる。
 ところで、新版には当時まだ生きていた作家の作品が収められていなかった。安部公房、倉橋由美子、中井英夫、日影丈吉の4人である。この4人の巻が新たに「幻戯の時空」のタイトルで1巻にまとめられた。そうか、1990年代前半にはまだこの4人は生きていたのだったか。
 安部公房と倉橋由美子は読まなければと思いながら、読んでいない作家だったのでちょうどいい出会いとなった。二人に関しては食わず嫌いで、これまでほとんど読んだことがなかったのだ。
 安部公房についてはこの巻を読んで、「デンドロカカリア」のような作品があまりにも寓話的で、いただけないという思いを強くした。こんな作品がノーベル賞に擬せられた作家の書いた作品なのかと正直思う。この辺については詳しく書かなければならない。
 倉橋由美子についても寓話性はいつでもつきまとって、まったく食えない。「なんていやらしい女なんだ」などという、今度アメリカの大統領になった馬鹿の科白も言ってみたくなるというもんだ。しかし、晩年の作品に救いがある。イデオロギーから自由になった倉橋の作品は読むに値すると思った。これも詳しく書かねばなるまい。
 中井英夫はその『虚無への供物』にいかれて、若いときにずいぶん読んだものだが、今読むとまったく面白くない。どうしてこんな作家を評価していたのかと恥ずかしくなる。それを高く評価していたという渋澤龍彦もいい加減なもんだと思わざるを得ない。
 日影丈吉はその通俗性で好きになれなかった作家であるが、中井英夫よりはいいのではないかと思った。中井の人工的技巧が無いからである。
 いずれにせよ、きちんと書かなければならないだろう。その前にツヴェタン・トドロフの名著『幻想文学』を再読しておきたいので、しばらく時間をいただきたい。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする