玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ベス・ハート、ライブ(8)

2018年12月22日 | 日記

Leave the Light Onを歌うBeth Hart(11月15日/アレクサンドル・デュマ劇場) 

恐らくこの後の9曲目、10曲目あたりが、この日のライブのクライマックスということになる。この2曲がベス・ハートのコンサートには欠かせないナンバーで、どんなコンサートでも必ずこの2曲だけは入れてくるからだ。前者は2003年のオリジナル、後者は2011年のカバーソングで、彼女の人気を不動のものとした曲なのだ。
 9曲目のLeave the Light Onは3枚目のオリジナル・アルバムLeave the Light Onのタイトル曲である。この曲を始める前に彼女はいつもピアノの前で、自分の悲惨な過去を振り返っていろんなことを話す。私は英語がほとんど聞き取れないし、ベス・ハートはものすごくの早口だから、何を言っているのか分からない。
 しかし話し出すと、いつも涙声になってきて、嗚咽が混じるので何を言っているのかは想像がつく。フランス人も英語をよく解する人もいるとみえて、前の方の席で頷くようなざわめきも聞こえる。
 この曲はアルバム発表時、ギターもベースもドラムも入ったフルバンドで演奏されていたが、Live at Paradisoではジョン・ニコルズのギター伴奏のみとなり、最近ではベスが一人でピアノを弾き歌うというスタイルになっている。この曲は本当にピュアな曲だからその方がいいだろう。
 前奏が始まると、さすがに観客の皆さんよく知っている曲だから、拍手や歓声が飛ぶ。フランス人もこの曲を聴いて、感極まって涙を流したことがあるのだろう。静かに始まる曲だが、ベスの最初の声、

 I seen myself with a dirty face,
 I cut my luck with a dirty ace

で、背筋に戦慄が走るのを禁じ得ないだろう。
 この曲は彼女の少女時代から10代にかけての人生を振り返りながら、〝生きること〟への意志を表明した曲で、彼女の圧倒的な歌唱力で強烈な説得力を持っている。I cut my luckという言葉から自傷行為を想像しない人はいないだろうし、事実そうなのである。こういう歌は多くのシンガーが歌うのかも知れないが、真に歌う資格を持っているのはベス・ハートだけではないだろうか。きっと彼女は死ぬまでこの曲を歌い続けるだろう。
 17歳と21歳の時のことは次のように歌われる。

 17 and I'm all messed up inside
 I cut myself just to feel alive

 21 on the run,on the run,on the run
 From myself, from myself and everyone

青春時代は総じて明るいものではないが、とりわけ苦しい思いでそこを通過する人はどこにでもいる。そんな人はベスのこの曲を聴いて身につまされ、感極まって泣いてしまうのである。
 この曲では彼女の少女時代に、家を捨てて他の女と暮らしたという父親のことも歌っている。彼女の曲には、特に初期の曲には自分の家族のことを歌ったものが多い。まさに母親のことは何度も曲にしていて、Caught out in the Rainもそうだし、Mamaもそうである。
 薬物中毒で亡くなったSister Heroine(ヘロインでなくヒロイン)という曲で歌っているが、そんな家族の内幕を暴露するような歌に、母親は当初かなり抵抗を示したらしい。でもベス・ハートという人は生の体験を歌うタイプのシンガーで、そんなものを核として曲を作り続けていけば、彼女の才能が劣化したり枯渇したりすることはないだろう。
 楽しいだけの青春時代を過ごしたような人は、他人を感動させるような歌は書けないに決まっている。それが生の実生活を表現したものである必要はないが、彼女の場合にはそういう風にしか書けないのだ。彼女がブルースを選択した理由の一端がそこにある。