玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

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奇怪な名前

2013年06月13日 | 日記
「四月一日」と書いて何と読むか? “しがつついたち”ではなく“わたぬぎ”と読むのである。もちろん人の名字として読んだ場合のことだが、四月一日になると春が来て、冬の間着ていた綿着を脱ぐことから、こう読むのだという。
 世の中には珍妙な名字がたくさんあって、そんなものをテーマにした本を読んだので、少し紹介したい。常識では考えられない奇怪な名字がある。名無(ななし)だの、悪霊(あくりょう)だの、馬鹿(ばか)だの、腰巻(こしまき)だのものすごい。
 日本人の名字は三十万種あるとも言われていて、韓国の約二百五十、中国の約五百に比べ、桁違いに多い。ほとんど何でもありなのだ。以前「色摩」と書かれた名刺をもらってビックリしたことがあった。その人の姓は“しきま”ではなく“しかま”と読むのであったが……。
 こんな奇怪な名字は明治の「苗字必称令」によってつくられたものに違いないが、結婚して改姓でもしないかぎり、一生おかしな名字につき合わなければならない人は気の毒だ。“名無権兵衛”なんてつけられたら、たまったものではない。
 名前もすごい。近頃では、北原保雄先生によると、綺麗綺麗ネームと言われるものがあって、七音(どれみ)だとか、美奈子(びーなす)とかいうものがあるらしいが、実はこうした名前は昔からあった。本は明治時代の珍妙な名前を列挙していて、中には暗素人(くらいすと)や、異魔人(いまじん)、於菟(おと)など、明らかにヨーロッパ語からとった名前がある。
 於菟は文豪・森鴎外が長男につけた名前で、ドイツ語のOttoから来ている。鴎外の長女は茉莉(まり)、次女は杏奴(あんぬ)、次男は不律(ふりつ)、三男は類(るい)で、全員ヨーロッパ語の名前による。
 鴎外の子供達は名前で苦労しなかったのだろうか。よく知らないが、それにしてもこんな西欧かぶれを絵に描いたような名前をつけることもあるまいに。

越後タイムス6月10日「週末点描」より)

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次世代エネルギー研究会

2013年06月13日 | 日記
「次世代地域エネルギー研究会」(仮称)という会が、市内某所で開催され、長岡技術科学大学メタン高度利用技術研究センターのセンター長・岡崎正和教授の話を聞くことができた。
 研究会の発起人は元新潟産業大学教授の村山実氏で、福島原発事故により「エネルギーについて真剣に考える時」だとして、地域のエネルギーを研究し、「自立性を持った地域づくり」を目指していこうという趣旨である。
 岡崎教授は、中越地域には国内最大級のガス田があり、「天然ガス(メタン)ほど低炭素社会に結びつくものはない」とも主張する。マイクロガスタービンでの発電や、メタンから水素をつくって燃料電池で発電するなど、さまざまな組み合わせが考えられる。
 さらに、CO2は出るが、アルコールや糖類に転換させて回収固定することでエネルギーの循環システムができるとも言う。柏崎を基地として佐渡南西沖での石油・天然ガスの試掘調査も始まり、大きな期待が寄せられている今、時宜を得た話であった。
 しかし、天然ガスのように日本経済を左右するような大きな分野では、なかなか地域の出番がないことも事実で、岡崎教授は「身近に自分でできる」こととして、現在、籾殻を利用した発電の研究に取り組んでいる。
 どこの農協でも処理に困っている籾殻を発電に利用できればすごいことだが、残念ながら既存のエネルギーの代替となるようなレベルではないと岡崎教授は言う。非常用電源としての利用程度しか教授は想定していない。
 自然エネルギーへの転換がなかなか難しいものであることはよく分かったが、このような研究会を通して、少しでもエネルギーの地産地消を実現していく方向に向かうことを期待したい。

越後タイムス5月25日「週末点描」より)

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凌雲閣の料理長

2013年06月13日 | 日記
 大型連休初日に、十日町市の松之山温泉に出掛けた。温泉街から少し離れた「鏡の湯」の凌雲閣にお世話になった。松之山温泉は大好きで、これまで十回以上泊まっているが、いつも温泉街の旅館ばかりで、凌雲閣は初めてだった。
 昭和十三年に建てられたという木造三階建ての凌雲閣は、国の有形文化財に登録されており、どっしりとしたおもむきのある旅館である。「日本秘湯を守る会」の会員でもあり、都会人の人気も高い。この日も首都圏からの泊まり客がほとんどであった。
 春の料理は山菜づくしである。十品以上あったが、そのほとんどが山菜料理。フキノトウやアケビの芽、ワラビやカタクリのほか、食べたことのないモミジガサなどの山菜もつかわれていた。山菜料理は味が似通っていて飽きやすいと思いきや、料理長の工夫でそれぞれに違った調理がなされていて、とてもおいしくいただいた。
 デザートの「岩梨のゼリー寄せ」にはびっくりした。ゼリーの中にウニの幼生のような直径数ミリの、小さくて可憐な果実がたくさん浮いている。食べるのがもったいないほどの美しさで、その上品な甘さと歯応えを堪能した。こんなものが松之山にはあるのか。
 というのは、食材のほとんどは料理長が山で採ってくるものだそうで、岩梨もそのひとつなのだ。カタクリなどは一度に十キロも担いでくるのだという。
 ここの料理長、実は柏崎きのこ研究会の会員でもあり、きのこ採りの名人としてよく知られている人だ。秋には料理長が採ってきたきのこを使った「きのこ鍋」が味わえるという。是非もう一度秋にも訪れてみたいものだ。

越後タイムス5月10日「週末点描」より)

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ダーウィンミステリー

2013年06月13日 | 日記
 十八日に、市立博物館のプラネタリウムで、「ダーウィン・ミステリー~生命進化の謎を追う」の試写会があり、参加させてもらった。プラネタリウムを体験するのは生まれて初めてであった。
 プラネタリウムというと、星空の投影を想像するが、最近はデジタル映像をドーム一杯に投影するものもあって、3D映画を劇場で観るような臨場感溢れる映像を特徴としているようだ。
「ダーウィン・ミステリー」の映像もなかなか凄くて、特に単細胞生物が誕生して、多細胞生物となり、カンブリア紀の生命大爆発を経て、陸上への生命の進出、ジュラ紀の恐竜全盛時代、そして巨大隕石の衝突による恐竜絶滅から哺乳類の時代へ、さらに人類誕生から今日までを、CGで表現したところは迫力満点だった。
 この作品で最も重要なところは、ダーウィンがビーグル号でガラパゴス諸島を訪れ、その動物層を観察して、進化論のヒントを得るところだと思うが、その部分がもの足りない。映像に重点を置きすぎている。
 この作品を体験したら、ダーウィンの主著『種の起源』を読んでほしい。神が全ての生命を創造したという、いわゆる“創造論”を、分析力と洞察力を総動員して覆した名著である。特に、飼育された犬が人間の選択によって、いかに短い期間で容易に姿形を変えていくかを論証した部分は、見事に自然淘汰の理論に直結していく。
 ところで、アメリカ合衆国では未だにダーウィンの進化論を教えることを禁じている学校や州がある。進化論が神と人間の尊厳を傷つけるものと見なされているからだ。ある世論調査では「地球上の生命は始まりのときから、現在の姿で存在した」と信じている国民が四二%にのぼるという結果もある。
「ダーウィン・ミステリー」は日本の作品である。アメリカのプラネタリウムでこの作品を上映したらどうなるだろう。
 ところで投影は二十日から始まり、十一月三十日まで続く。

越後タイムス4月25日「週末点描」より)

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