玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

回顧することがない

2013年01月07日 | 日記
 通常この号のこの欄で年末回顧をさせていただくことにしているが、どういうわけか、振り返るべき事柄がほとんどない。昨年があまりにも激動・激震の年だったので、今年の印象が薄いものになってしまったようだ。
 今年から月二回の発行に移行させていただき、四頁と六頁の号を交互に発行してきた。四頁の号は比較的楽だが、六頁の号はそうはいかない。文章量は二倍くらいあるので、なかなかきついものがあった。
 六頁の号では“考えて書く”ことをとりわけ心掛けたつもりでいる。時事的なニュースを追いかけるのではなく、テーマを設定して深く掘り下げて書くことにしたので、負担は大きくなったが、充実感は増した。
 読者の皆様に、そのことが伝わってくれていれば幸いと思う。来年もより充実した紙面づくりを目指して精進したいと思っているので、ご支援のほどよろしくお願いしたい。
 今年やり残したことがいくつか。日中関係の悪化で中国への旅行ができなかったこと。春先にサクラマスを食べ損ねたこと。市長選のためにきのこ採りができなかったこと。来年はぜひ実現させたい。

越後タイムス12月10日「週末点描」より)


イカ刺しはイカが

2013年01月07日 | 日記
 今年初めての旅行らしい旅行で、またもや北海道へ。今回の目的は、四十年前に歩いて登った函館山の思い出を再確認することと、絶景の大沼公園をちらっとしか見られなかった恨みを晴らすことであった。
 函館といえばイカ。イカ刺しが一パイ千五百円もする。何でだ? しかし、食べて納得。ここではイカといえば活イカで、生きて泳いでいるやつをつかまえて、生きたまま刺身にするのだ。イカをイカすイケスがいたるところにあって、旅行客の食欲に供されている。
 回転寿司の店で「なにイカですか?」と聞くと、若い店員は質問の意味が分からなかったらしく、迷った末「活イカです」とイイカげんな答え。そんなイカがいるもんか。水槽を見れば、それはどこにでもいるスルメイカであった。
 別の店で「五分でできるイカの塩辛」というのを注文。店員は店の表にあるイケスから一パイのスルメイカを手づかみでつかまえてくる。イカは苦しそうにピーピーと鳴くのであった。店員はイカを鳴かせながら、客の前を厨房へと運んでいく。これも演出であって、千五百円也の料金に含まれていると見た。
 出てきたのは、普段我々が食べる塩辛とはまったく違ったもので、言ってみれば極めて鮮度の良いイカ刺しの塩和えのようなものだった。ワタ(北海道ではゴロという)も少し入っていた。身は透明で、エンペラも足も透きとおっている。歯応えがすごい。歯が肉厚の身にめり込む感じだ。
 しかし、翌朝ホテルの朝食で出た、死んで白くなったイカ刺しの方が甘くて、ねっとりして美味しかった。魚は鮮度だけではない。多少イカがわしいイカの方が口に合うように思うがイカがなものか。
 ところで函館山からの夜景は素晴らしかった。まちをあげて照明に工夫をこらさなければ、ああはいくまい。閉鎖された土産品店の前に自由の女神像が立っていて、「大間原発無期限凍結」のタスキをかけていた。夜景に使用されるエネルギーについて考えさせられた。

越後タイムス11月22日「週末点描」より)


日本文学を世界へ

2013年01月07日 | 日記
 文化庁のJLPP(現代日本文学の翻訳・普及事業)が文部科学省版の事業仕分けで廃止と決まったのは今年六月のことだったが、新潟日報が十月三十日の「標点」でこの問題を取り上げている。“日本文学は世界中で読まれている”といっても、今年ノーベル賞を取り損ねた村上春樹やよしもとばなななどに片寄った紹介のされ方で、特に英語圏での日本文学普及のハードルは高いという。
 今度の決定で現代日本文学は、ますます英語圏に紹介されにくくなるだろう。しかし、ある人によれば「日本語ネイティブはどうやっても文学の英訳ができるレベルには到達しない」とのことで、考えてみれば翻訳というものは、もともと外国語を自国語に置き換えるものであって、その逆はむずかしい。
 だから、ドナルド・キーン先生のような存在が、大きな意味を持っていた。キーン先生の訳業によって英語圏に日本の文学が紹介されていなかったなら、川端康成のノーベル文学賞受賞も、大江健三郎のそれも、あり得なかっただろう。日本文学を愛する英語ネイティブが翻訳するのが最もいいあり方だと思う。
 だから、JLPPも日本人の翻訳者でなく、外国人に翻訳を依頼していたら、もっと実績を上げられたのではなかったろうか。キーン先生は「日本文学の黄金時代は元禄時代と終戦直後だ」とおっしゃっていたが、いわゆる“戦後文学”は未だ十分に世界に紹介されているとは言い難い。
 ドナルド・キーンセンターも設立準備室ができて、動き始めたようだ。是非、キーン先生のやり残した仕事、日本文学を世界に紹介するという仕事を継続していくセンターとなってほしい。

越後タイムス11月10日「週末点描」より)