玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

「おくりびと」の波紋

2009年03月10日 | 日記
 日本映画「おくりびと」がアメリカ・アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。監督の滝田洋二郎さんは、富山県高岡市出身。映画のきっかけとなった(“原作”と言ってはいけないのだそうだ)小説『納棺夫日記』の著者・青木新門さんは富山県富山市出身。小説を出版した富山市の「桂書房」の勝山敏一社長は、富山県射水市在住だという。富山ゆかりのトリプルである。
 しかし、もう一人ゆかりの人物がいる。画家の木下晋さんである。木下さんは青木さんの友人で、言うまでもなく富山市生まれだ。木下さんは『納棺夫日記』の装画を念頭に置いた作品を描いていて、昨年五月に越後タイムス社主催の木下展を開催した時、その作品は第二会場の「ギャラリー十三代目長兵衛」に展示された。合掌する手を描いた作品だった。
 アカデミー賞発表の翌日、木下さんから電話があった。なにかとても嬉しそうな感じで、ムニャムニャ言われる。何のことかすぐ分かったので、こちらから「いろんなことがありますね。おめでとうございます」と水を向けた。木下さんは本当に我が事のように嬉しくて、電話しないでいられなかった様子だった。「おくりびと」のオスカー受賞は、柏崎にまで波紋が拡がってきたのだった。
 取材の関係で時間がなく詳しい話は聞けなかったが、木下さんは青木さんの四十年来の友人とのことで、実は『納棺夫日記』に木下さんも登場しているのだそうだ。もうひとつ木下さんから重要な情報を得た。今年七月十八日に、柏崎に来ていただく詩人・長谷川龍生さんとは、青木さんを通して知り合ったのだそうで、青木さんに『納棺夫日記』を書くように促したのは、実は長谷川龍生さんだったというのだ。
 もっと詳しい話を聞いてみたいが、まずは『納棺夫日記』を読んでからだ。多分それが“原作”ではない映画は見に行かないだろうが、今年六月に読書会で『納棺夫日記』を取り上げることが去年のうちから決まっていたので、早く木下さんが出てくる場面を読んでみたいと思っている。

越後タイムス3月6日「週末点描」より)



日米横断だじゃれ

2009年03月05日 | 日記
 あまり物見遊山は好きな方ではないが、長野県小布施町には何度も行っている。観光地として非常に優れている第一の特長は、町がコンパクトにまとまっていて、重要な施設にはほとんど歩いていける点にあると思う。北斎の天井画のある岩松院はやや遠いが、そこだって歩いていこうと思えば行ける。
 レトロなバスも走っていて便利だ。高速道路のパーキングエリアに隣接するハイウェイオアシスからバスを出すなんぞは素晴らしいアイデアだと思う。他の目的地に行く途中に、小布施にひっかかることもできるからだ。歴史遺産は葛飾北斎だけと言ってもいいが、それだけでも大したもので、何といっても町の雰囲気が良い。
 あの栗おこわは苦手だが、蕎麦も戸隠よりずっとおいしい店もあるし、ハイウェイオアシスで売っている、果物や野菜類はびっくりするほど安くて品揃えに富んでいる。本当にうらやましくなるような町だと思う。
 そんな小布施のまちづくりに、アメリカ人女性が深く関わっていた。そんなことも知らずに、十九日に開かれた柏崎商工会議所諸業部会主催の「まちづくりセミナー」のセーラ・マリ・カミングスさんの講演を聴かせてもらった。彼女の一所懸命に息をはずませるような話し方にとても共感を覚えた。話し方は決して上手ではないが、誠意がこもっていて、この人は単なる“口説の徒”ではないと思わせるものがあった。
 さらに、セーラさんの言語感覚にも驚いた。日本語と英語を横断するダジャレを飛ばすのである。彼女が関わってつくってきた施設群について、「これだけの建物を維持するのはeasyではありません」ときた。おやじギャグである。ただし、日米横断ギャグとして認めてあげたい。
 〈小布施ッション〉というのも面白い。一カ月ごとに学生ボランティアを集めて行っている会議の名前で、英語でobsession。“妄執”とか“強迫観念”とかを意味し、あまり良い言葉ではないのだが、セーラさんの小布施の町への強い“こだわり”を示したいのだろう。

越後タイムス2月27日「週末点描」より)