玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

木下晋さんのトラ吉

2007年10月28日 | 日記
 居間に座って話を聞いていると、何やら下の方から「ゴロゴロ、ゴロゴロ」と音がする。お腹の調子が悪いわけでもないのに、ちょうど腹が鳴る時の音のようで、“これは具合が悪いな。あとでトイレに行ってみよう”と思っていた。
 しかし、木下晋さんの話があんまり面白いので、とても席を立つどころではないのだった。そのうちまたしても「ゴロゴロ」、しまいには「グーッ」と腸の中でガスが上がるような音までする。“変だなあ”と思っていたら、いきなりテーブルの下から巨大なネコが出現した。
 お腹の音ではなかったのだ。このネコ、「トラ吉」といって、木下さんの愛猫なのだ。木下さんの絵のモデルにもなっている。木下さんはこのところ「短詩形文学」という短歌の月刊誌の表紙に毎号、「トラ吉」の鉛筆画を寄せている。
 「トラ吉」のヒゲはもちろん、毛の一本一本までが実に丹念に鉛筆で描かれていて、まるで生きているようだ。木下さんらしく、絵の方の「トラ吉」は本物の「トラ吉」よりちょっと“怖い”。特に、眼と牙が“怖い”。木下さんの絵は、何を描いても“怖い”が、それでも「トラ吉」の絵は“ちょっと怖い”くらいで、他の作品とは違う。
 「トラ吉」を描く時、木下さんは少し息を抜いているのだろうと思う。老人の皺や、癩病者の眼に見られる途方もない緊張感はそこにはない。見る方も、少し息を抜ける“ちょっと怖い”が素敵な絵だ。
 来年の前半に、越後タイムス社主催で、柏崎初の「木下晋展」を開催することが内定した。十一月一日には、木下さんが柏崎に来られるので、その時会場を見ていただいたりして、正式に決定することになる。「トラ吉」の絵も紹介できるといいなと思っている。

越後タイムス10月26日「週末点描」より)


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新市民会館のこと

2007年10月28日 | 日記
 新市民会館のことが気になる。それほど数多く利用してきたわけでもないのに、なぜだろう。やはり、柏崎の今後のまちづくりにとって、会館の建設場所とコンセプトは、最も重要な位置を占めていると言えるからだろう。
 市民会館が使えなくなり、修理不能となってしまった。今、手っ取り早く建てるなら、小松跡地がいいのだろう。しかし、それでは必ずしも駅周辺の活性化にはつながらないということで、西川跡地に建設ということに一旦決定した。しかし、今回の地震で、西川跡地には仮設住宅が建てられ、二年間は使用できないことになった。
 もともと駐車場不足が指摘されていたが、向かいの市有地には、インテリジェントビルが構想されたことから、さらに駐車場確保は厳しくなる。うまい解決策はないのか。五日の検討委員会を傍聴していて、委員のあせりといらだちを感じないではいられなかった。
 日石跡地なら最適と思うが、人様の土地であり、土壌改良にあと二~三年かかる。桑山木材跡地の説もあるが、これも人様の土地。地震被害で財政逼迫の柏崎市が、土地を取得できるとも思えない。ただし、小松跡地が売却できれば話は別だ。土地取得の財源が生まれる。
 設計に二年はかかるのだから、西川跡地を白紙に戻した理由もよく分からないが、やはりネックは駐車場の問題だったのだろう。市は小松跡地売却をにらんで、大胆に構想を打ち出すべきだ。
 建設位置が決まらなければ、会館のコンセプトもきちんと決められないし、設計に着手することもできない。震災復興の最大のテーマかも知れない。急ぐあまりに、将来後悔するようなことがないようにしてほしいが、そんなに待ってはいられない。

越後タイムス10月19日「週末点描」より)


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また間違えられた

2007年10月28日 | 日記
 またしても間違えられてしまった。九日に柏崎公共職業安定所が開いた「合同就職面接会」に取材に行った時のことだ。
 受け付けで名刺を渡して、取材の申し込みを行い、“さあ、どっちへ行こう”と思っていた時だ。右に企業の入口、左に求職者の入口があって、どちらから入ろうか迷っていたら、職安の人に「職をお求めの方はこちらです」と声を掛けられてしまった。
 カメラを肩からさげていたのに、完全に求職者と思われてしまったのであった。地震発生以来、ほとんど身だしなみのことを考える余裕もなく、幾度となく被災者と間違えられてきたのであった。皇后陛下に被災者と間違えられた時は、ちゃんと腕章もつけていたし、カメラもさげていた。それでも間違えられた。
 しかし、自分も被災者の一人であり、“間違えられている訳ではない”という自負があった。今回は違った。もう少し考えなければならないと思ってしまった。今後はもう少し身なりに気を付けよう。でも、求職者の中には、きちんとしたスーツ姿の人もいたので、身なりだけではないのかも知れない。顔の表情や体の姿勢、あるいは存在自体が“うらぶれ果てて”いるのかも知れない。
 ところで、テレビ局も多く取材に来ていて、求職者にインタビューを求めていたが、ほとんどの人達が手を左右に振って“お断り”の意志を示していた。インタビューを取らなければならない記者も大変だが、求職者はもっと大変なんだ。とても彼等にインタビューする気にはなれなかった。
 企業の人の話は聞いた。新卒の学生対象の合同面接会でも見られることだが、大小さまざまな企業が混在して参加していると、零細企業はほとんど相手にされることなく、参加者は大企業ばかりに集中してしまう。今回も、そうした傾向が見られた。三時間の開催時間にたった一人しか面接者がいなかったという企業もあった。
 大企業を希望せず、小さな会社で働きたい求職者だっているのだから、中小零細と大企業とを分けて、面接会を開くことも必要ではないかと感じた。

越後タイムス10月12日「週末点描」より)


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