玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

北方文学が文藝年鑑に紹介される

2023年08月11日 | 北方文学

日本文藝家協会編集・新潮社発行の『文藝年鑑』に「北方文学」の霜田と柴野の評論が紹介されました。

霜田のは85号掲載のブルーノ・シュルツを論じた「ポ・リン/ここにとどまれ」と、86号の「「描かれた《ビルケナウ》」の向こう――ゲルハルト・リヒター展を観て――」。

柴野のは東京の同人誌「群系」48号掲載の「アルフレート・クビーンの『裏面』をめぐって」と「北方文学」83号に掲載された漱石『明暗』論「夏目漱石『明暗』とヘンリー・ジェイムズ」。

『文藝年鑑』は全国の同人雑誌一覧を掲載するなど、同人誌紹介に力を注いでいますが、内容について紹介されるのは初めてです。

著者の越田秀男さんはずっと「図書新聞」の「同人雑誌評」を担当されている方で、「北方文学」が発行されるたびに紹介していただいてきました。

この度の『文藝年鑑』での紹介は光栄の至りです。以下は越田さんの文章の引用になります。最初の一行から、なぜ霜田と柴野の評論が紹介されたかが理解されます。

 

 

 二〇二二年はロシアのウクライナ侵攻、熱波、旧統一教会問題、円安・物価高騰、 二〇二三年を迎えて寒波。この事態を我が同人誌村の文人達はどのように感受し言葉に表したか。
 
 ウクライナでは人々の多くが国外へ避?する中、生きる場所はここしかないと残る人達も。霜田文子さんの取り上げたブルーノ・シュルツ、短編群のうち「父の最後の逃亡」はその心悄と重なる(「ポ・リン/ここにとどまれ」北方文学85号)―― 〈父〉は幾度も死にながら死なず、完全に死ぬとザリガニに変身、〈母〉に科理されるも、脚一本残して逃亡。シュルツは終生ドロホビチで暮らし、ゲシュタポに射殺された。
 また霜田さんは86号で、六月東京で開かれたゲルハルト・ リヒター展を取り上げた。注目は「ビルケナウ」アウシュヴイッツ=ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りしたとされる写真をもとに描いた油彩画四点。四枚の写真を拡人しキャンバスに、それをなんと絵具ですっかり塗り込めてしまった! 霜田さんはその意図を解いていく。

 柴野毅実さんはオーストリアの挿絵画家アルフレー卜・クビーン、彼の唯一の小説「裏面――ある幻想的な物語」(一九〇八)を取り上げ、世界大戦によるヨ?ロッパの崩壊を予見したもの、と評した(アルフレート・クビーンの『裏面』をめぐって」群系48号)―〈私〉は旧友〈パテラ〉が莫大な資産を投入して造った夢の国に招待され、金が無くても生活出来るところ(共産主義の寓喩) が気に入る。そこでパテラに会おうと試みるが、まるでカフカの『城』のごとくに邪魔また邪魔(官僚組織の寓喩)。そして行き着くと悍ましい怪奇の世界が。最後に戦いが始まり、対立するパテラとアメリカ人は巨大化し……。 ここで柴野さんは小説の組み立て方で、G・ガルシア=マルヶス の『百年の孤独』との共通点に気付く。――人工的に設営された閉鎖的共同体体であることや発生から滅亡の過程など。『裏面』は『百年の孤独』の六十年も前の作品。
 柴野さんは夏目漱石『明暗』についても、登場人物を対立させる方法において、ヘンリー・ ジェイムズの作品、特に『金色の盃』との共通点を指摘しており(北方文学83号)、小説を構造面で捉える仕方は特筆に値する。