玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

良寛と貞心尼

2006年08月27日 | 日記
 「ひどいことが書いてあるから読んでみろ」と言われて読んでみた。普段決して新聞の連載小説などは読まないが、そう言われたので、新潟日報連載中の工藤美代子さんの「恋雪譜」を第一回目から通して読んでみた。
 「恋雪譜」は、「良寛と貞心尼」の副題を持つように、良寛と貞心尼の関係について、取材で出会った人々の証言も含め、ノンフィクションとして書かれている。その証言がなかなかすごくて、貞心尼のことを“女狐”だとか“あばずれ”だとか言っている。「檀家の旦那衆を色仕掛けで騙して金を集めていた女なんですよ」なんて証言まで出てくる。これでは貞心尼を慕う人たちが怒るのも無理はない。
 しかし工藤さんはあくまで、その夫の柏崎生まれの祖母から伝え聞いたある老女の話として書いているので、公平性は保っている。今後貞心尼の悪評判について、それを覆していくつもりかどうか分からないが、しかし……。
 良寛について「出雲崎町史」と照合しての研究を続ける東京芸大の新関公子教授によれば、「いくら明治の初めまで生きていたからといって、百五十年も前の人をよく知っている人などいるわけがない」という。確かに、死んで百年以上たつ人のことを週刊誌のゴシップ記事のように語る人がいるとは思えない。
 しかしそれよりも、どうして良寛や貞心尼について、その生涯の詳細を知りたがる人がかくも多いのか不思議でならない。政治家や革命家の伝記なら読んで面白いが、文学者の伝記なんか面白い訳がない。作品を読んで味わえばいいので、文学者の生活の詮索などしたくもない。
 良寛や貞心尼をめぐる言説がインフレーション状態である。出版社の事情もあるのだろう。そのこと自体にまず疑問を覚えるので、もう「恋雪譜」は読まない。

越後タイムス8月11日「週末点描」より)


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