トラッシュボックス

日々の思いをたまに綴るブログ。

熊倉正弥『言論統制下の記者』から(3)

2007-06-13 07:29:42 | 日本近現代史
(1)(2)の続き。

○参議院について

《参議院改革論がたえずくりかえされ、選挙のあり方についての各種の提案が続いている。これらの動きそのものについては、ここでは論じない。ただ、これらの論議のうちに参議院についての歴史的事実を意識的にか、あるいは偏見、もしくは軽率、無知によって「誤解」しているものが、あまりにも多いのにおどろき、その「誤解」を解く必要を痛感するである〔原文ママ〕。
 ――参議院は良識の府となるべきで、そのためには政党色をもってはならず、中立の立場を守り、衆議院の行き過ぎを抑制する目的でつくられたのであった。また、学者、文化人の多かった緑風会がその目的にかなった活動をしていた――。私が問題にするのはこの種の記述であり、いったい何を根拠としてこういうことが書けるのか、不思議でならない。
 これには二つの問題点がある。一つは参議院の性格についてであり、他の一点は緑風会の実情についてである。
 第一点についてみよう。たしかに「良識、中立、抑制」論は当初から相当に根強く存在していた。それは参議院をかつての貴族院の復活とすることを切望した保守派の強い願望であり主張であった。しかし、この考え方に国民大多数の合意があったわけでもなく、自明のこととして一般に承認されていたものでもない。当時の代表的な新聞報道、評論をみればわかる。》(p.250~251)

 朝日の1946年7月21日の社説は、明確に一院制支持の立場をとっているという。

《政府のいふ抑制の意思は、国民の大多数をしめる勤労大衆の政治的意思の進出を恐れる側から出てゐるやうに思はれる》(p.256)
《国民の最高意思は、衆議院に一元的に表明されるのが、正しい民主政治の建設の途であり、最初からこれに抑制の必要ありと考へてかゝるのは間違ひだと思ふ》(同)

 著者は、この社説は当時の進歩派の知識人の見解をほぼ代表しているという。

《緑風会には学者、文化人の議員が多かったというが、何を根拠にこういわれるのか不思議でならない。これは見解の問題ではなく、議員名簿の問題である。こういう説をとなえる人に「学者、文化人は、たとえばだれか」と質問して、五人と挙げ得た人にお目にかかったことがない。「山本有三と田中耕太郎と、ええと」と詰まってしまう。この人たちにあやまった情報を与えつづけてきた評論家、マスコミの責任を問いたい。》(p.261)

 著者は、3ページ近くにわたり、1948年に刊行された本に掲載されている緑風会議員の一覧を挙げ、

《常識的にこの名簿から学者、文化人を拾い出せば、田中耕太郎、山本有三、佐々弘雄、高瀬荘太郎らであり、新聞社社長伊達源一郎、農学博士寺尾博、林学博士徳川宗敬らを加えてもよい。緑風会がその最盛期には九十六名もいたことを考えると、四十五名にすぎない社会党の波多野鼎、木村禧八郎、堀真琴、岡田宗司らに比べて、特に多かったとはいえない。山本、田中という有名人の名につられて(この二人の名はマスコミにはひんぱんに登場したから)文化人、学者が多かったという錯覚を生じたにすぎない。》(p.264)

としている。

 緑風会は山本有三が無所属議員の会派をつくることを呼びかけたのにはじまり、左右両極端を排し、中道主義に立脚することを基本理念としていたが、

《私は政党、政派の行動を評価するためには、若干の法案に修正を加えたというようなことではなく、大多数の法案に、とりわけ世論が二分されたような重大法案や予算案にどんな態度をとったかを見るべきだ、と考えるものである。緑風会の態度は参議院の議決をつねに左右したのだから、特にそうだ。この点からみると、端的にいえば、つねに与党的であり親吉田的であったのである。
 その是々非々主義は名ばかりで、ほとんどが是であり、「中立、抑制」の実をあげたとはいえない。》(p.267~268)

と評している。

○羽仁五郎について

 羽仁五郎も参院議員を務めた。無所属議員十数名でつくった院内交渉団体である無所属懇談会に属していたという。

《羽仁五郎はその著書を読んで敬意を抱いていたが、接すると案外なところがあった。自己中心の考え方が強く、わがままだったと思う。会派を代表して本会議で演説するのは、問題の性質にもよるが、だいたいは順番できまっていたが、彼は他人の番でも重要法案の時は演説したがった。木村や堀は紳士的でおとなしい性格だから、不快そうにしながらも羽仁にゆずることがあった。》(p.271)

 「木村や堀」とは前出の木村禧八郎と堀真琴。一時はこの無所属懇談会に籍を置いていたのだそうだ。
 羽仁の性格が自分本位、わがままであることは、以前彼の晩年の自伝的著作を読んで強く感じていたので、さして意外ではない。

《彼の困る点は、口どめして提供した情報を「朝日新聞のぼくの若い友人から聞いたことだが」などと労組の新聞に平気で書くことであった。悪気はない正直な人だが、坊ちゃん的な性格かもしれなかった。選挙の時期になると慎重な岩波書店は選挙への影響を考えて羽仁の著書を広告からはずす、と落胆したように苦笑していた。山本有三が選挙運動の期間中は彼が原作者である映画『路傍の石』の上映の中止を映画会社に求めたのとは対照的である。どっちがいいというのではなく、性格の相違として私には興味があった》(p.272)

○「中国」の語について

 1950年の日共に対するコミンフォルム批判について論評した朝日の社説について述べた文章に、次のような注がある。

《つづく社説「日本共産党の苦悩」(一月十四日)でも「コミンフォルムの機関誌によって、痛烈に批判されたた『野坂理論』は、占領下における日本共産党の革命方式としては、巧妙に案出された感があつた」が、中共、北鮮の情勢をみても「日本の共産党だけが占領下でいうところの平和革命を達成しうる、などという生温い考え方は許されないものとみられるに至った。こゝに突如落下したのが、コミンフォルム機関誌の痛烈極りない爆弾的批判である」と述べている(注 当時は中国を中共といっていた。天気予報でも「中共の高気圧が」などといっていた。中国という言葉はマスコミでは共同通信がまず使い、新聞では朝日がはじめに使ったと記憶する)。》(p.278)

○ある共産党攻撃について

《保守党の中には共産党をいくら罵倒してもいい、やればやるほど男があがると考えている議員もいた。昭和二十五年十一月、風早八十二議員に日立亀有工場の労働者と名乗る四人の男が会見を求め、議員会館で対談中に「共産党を撲滅する」と叫んで三升入りのペンキのカンから人糞を同議員の頭にかけて逃走した事件があった。これは議員会館の秩序維持、警備の点で本会議で問題になった。その時、院外団出身で、のち政務次官にもなった一議員が、議席にいる風早を指さして、「汚物を頭からかけられる如き不潔なる議員」と非難攻撃したのには、もともとくだらぬ男とは知っていたが、あいた口がふさがらなかった。》(p.281~282)

○議院における懲罰について

《昭和二十六年三月におきた共産党代議士川上貫一の議員除名は、保守政党の共産党憎さの現れだが、その術策の不潔さは記録にとどめるべきものである。
 一月二十七日、川上は吉田首相の施政方針演説に対し代表質問したが、内容が反米的、過激だと自由党が懲罰動議を出し、懲罰委員会に付された。
〔中略〕かりに懲罰にするとしても数日間の登院停止ぐらいが常識的な相場だった。しかし、自、民両党には何とかして除名までもってゆきたい空気があったが、除名は行きすぎで無理だ。そこでひねり出した「名案」がひとまず軽い処分の陳謝にし、川上がそれを拒絶すれば、そのことでまた懲罰にし、院議無視の理由で除名とする、というのである。自、民両党の賛成で、その通りの結果になった。〔中略〕陳謝は登院停止より軽い処分だが、「お騒がせして遺憾でした」というような「陳謝」ではすまない。多数党の作成した「陳謝文」を公開の議場で本人が朗読しなければならない。その陳謝文には、議院として政党人として忍び得ない文言、自己の信念に反する表現が書かれる。拒絶せざるを得ない。そこで一挙に除名である。
 よほど心の曲がった卑劣なやり方だ。だれが推進したか知らないが、椎熊三郎が自慢しているのを見た記憶がある。たが個人でなく、政党全体の責任に帰せられねばならない。そして、深く考えるべきことは、懲罰はつねに多数党のみの有する武器であり、少数派の野党が多数派、与党議員を懲罰にすることは、国会の議決が数による以上はあり得ない、という事実である。》(p.282~284)

 川上の質問の内容、拒絶せざるを得ないという陳謝文の内容がわからないので判断は保留するが、末尾の指摘は重要だと思う。

○紙面の傾向と社説の不一致について

《この社説にみるように、新聞のなかでは朝日がもっとも明快に全面講和論の立場に立っていた。政治部の大勢もほぼこの線にそっていたといってよいだろう。だが、なかには、これは観念的な理想論にすぎず、実現不可能なことをとなえているものとみる空気もあった。世間でふつう想像するのとは違って、新聞社の多くは、編集局で作る紙面の傾向と、論説委員の書く社説とは必ずしも方向が一致するものではないのである。一般論としていえば、記者側では社説を観念的な書生論で現実を知らぬものと考え、論説委員の側では記者の書く評論、解説にたいして、目前の事実に没頭し、理想を忘れたものと考える傾向が多少とも存在するであろう。》(p.316)

(了)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。