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繰り返す。A級戦犯と集団的自衛権に何の関係があるのか

2016-03-27 23:02:27 | 日本国憲法
 3月16日付朝日新聞朝刊の「声」欄に、岡山県の僧侶(60)による「A級戦犯発言知り 護憲誓う」と題する投稿が載っていた。紙面の右上という、一番目立つ位置である。

 安倍晋三首相が、在任中に憲法改正をと明言した。憲法9条の改憲が最大目標なのは明らかだ。
 実は私自身、去年までは迷っていた。今の国際情勢を考えれば、集団的自衛権行使容認を明文化した憲法に変えた方が戦争の抑止力になるかもしれないと。それが改憲に絶対反対と意思を固めたのは、A級戦犯の発言を読んだのがきっかけだ。
 A級戦犯4人の発言をラジオ局が1956年に録音放送し、その後、新聞記事になったものだ。元陸軍大将の荒木貞夫氏は「負けたとは私は言わん。まだやって勝つか負けるかわからん」と言い、「敗戦」ではなく「終戦」と発言していた。彼は終身刑の判決を受けたが、仮釈放されて生きた。しかし、軍の命令で戦い命を落とした人、終戦後にB・C級戦犯として処刑された人も多くいるというのに……。
 仏教では「一切衆生悉有仏性」という教えがあり、皆に平等に素晴らしい命があると説く。これに真っ向から反するのが、命の価値に上下をつける戦争だ。私の迷いは消えた。戦争の放棄を宣言した日本国憲法を守り抜かなければならない。


 このA級戦犯のラジオ放送での発言の記事というのは、朝日新聞が2014年6月20日に社会面で報じた「いま聞く A級戦犯の声」だろうか。

 私はこの記事を読んで、当ブログに

  朝日新聞記事「いま聞く A級戦犯の声」を読んで

  個別的自衛権なら戦争への「歯止め」になるのか(上)

という2つの記事を書いた。
 その2つめの記事でも述べたことだが、この僧侶の投稿を読んで、繰り返さざるを得ない。
 集団的自衛権の行使とA級戦犯の発言に何の関係があるというのか。

 荒木貞夫の発言は、こちらの高知新聞の2013年の記事でも読むことができる。

  A級戦犯 ラジオ番組で語る 57年前の音源発見 「敗戦 我々の責任でない」

「(米軍が戦争に)勝ったと僕は言わせないです。まだやって勝つか、負けるか、分からんですよ。あの時に(米軍が日本本土に)上陸してごらんなさい…彼らは(日本上陸作戦の)計画を発表しているもんね。九州、とにかくやったならば、血は流したかもしれんけど、惨たんたる光景を、敵軍が私は受けたと思いますね。そういうことでもって、終戦になったんでしょう」
 「だから、敗戦とは言ってないよ。終戦と言っとる。それを文士やら何やらがやせ我慢をして終戦なんと言わんで、『敗戦じゃないか』『負けたんじゃないか』と言っとる。そりゃ戦を知らない者の言ですよ。簡単な言葉で言やあ、負けたと思うときに初めて負ける。負けたと思わなけりゃ、負けるもんじゃないということを歴戦の士は教えているものね」


 確かに、愚劣な発言だと思う。
 しかし、それで何故、集団的自衛権の行使を認める改憲に絶対反対となるのか。
 荒木は、わが国は集団的自衛権を行使すべきだと説いたのだろうか。
 わが国は、集団的自衛権を行使して、先の戦争を始めたのだろうか。
 違う。
 わが国が保有していた南満州鉄道の爆破を自作自演して満洲事変を起こし、中国に駐屯していたわが軍に対する攻撃をきっかけに支那事変(日中戦争)を起こし、経済制裁に対して「自存自衛の為」と称して対米英蘭戦(太平洋戦争)を起こしたのである。
 いずれも、個別的自衛権に基づいて戦争を起こしたのである。集団的自衛権は関係ない。

 そもそもこの投稿者は、荒木が何をした人物なのかわかっているのだろうか。
 荒木貞夫(1877-1966)は、真崎甚三郎と並んでいわゆる皇道派の中心人物だった。帝国陸軍を「皇軍」と呼び出したのは荒木だという。青年将校からウケが良く、十月事件では、クーデター後の新内閣の首相と目されていた。1931年に犬養内閣で陸相に就任。参謀次長には真崎を迎え、陸軍は皇道派の全盛期を迎えた。続く斎藤内閣でも陸相に留任したが、軍の統制を不安視され、病気を理由に林銑十郎と交代した。1936年の二・二六事件後の粛軍で現役を退いた。1938年、第1次近衛内閣で文相に起用され(皇道派は近衛と近かった)、「皇道」教育を推進した。続く平沼内閣でも留任したが、その後は表舞台に立つことはなかった。
 端的に言えば、わが国の軍国主義化に一定の役割を果たしたということになるのだろう。
 しかし、満洲事変を起こしたわけでもなく、日中戦争や対米英蘭戦を指導したわけでもない彼が、果たしてA級戦犯すなわち「平和に対する罪」を問われ、終身刑に処されるにふさわしい人物だったのだろうか。
 
 そして、安倍首相は荒木のように自衛隊を「皇軍」と呼び、「皇道」教育を進めているだろうか。
 自衛隊の制服組と親しく交わっているだろうか。

 また、敗戦を「終戦」と称してきたのは荒木に限らず、わが国で一般的に行われてきたことではないのか。「終戦記念日」と言ってきたのではないのか。

 投稿者は、
「戦争の放棄を宣言した日本国憲法を守り抜かなければならない」
とも言うが、2012年に作成された自民党の憲法改正案では、9条は

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。


とされており、「戦争の放棄」を宣言していることには変わりない。

 現憲法の9条は、

国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


としているから、「国際紛争を解決する手段」ではない「国権の発動たる戦争」は放棄していないわけで、「戦争の放棄」については改正案の方が現憲法より徹底していると見ることもできるというのに。

 たかだか元A級戦犯の一発言で改憲絶対反対と意思を固めるようでは、集団的自衛権の行使容認の迷いとやらも、どこまで真面目に考えた上でのことだったのか、怪しいものだと思う。



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