トラッシュボックス

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宮沢喜一雑感

2007-07-09 23:57:48 | 現代日本政治
 石川真澄『人物戦後政治』(岩波書店、1997)を読んでいたら、宮沢喜一についての記述があったので、先日の訃報を思い出した。

《宮沢氏とは、宏池会の他の政治家に比べれば、私としては会った回数は多い方だと思う。正直に告白すると、私は会う前から宮沢氏に好感を抱いていた。古手の記者たちが噂しているのを聞くと、この人は原則として記者たちの「夜回り」は拒否しているという。その理由は、夜になると酒が回って、多弁あるいは、ひどいときには酒乱に近い状態になるからだと解説する人がいた。後述する社会党の委員長になった成田知巳氏も夜回りお断り組で、理由も宮沢氏と同じことがいわれていた。どちらも「目から鼻へ抜ける」タイプの大秀才であるところも共通していた。
 理由はともかく、夜回りお断りなんて、いいじゃないかと私はひそかに好意をもった。》(p.21~22)

 何で「理由はともかく」なんだか、その前後を読んでもあまりよくわからなかった。
 酒は呑んでも呑まれるな。

《先輩記者たちによると、池田首相に対して「ディスインテリ」というあだ名をたてまつったのは宮沢氏だということだった。これは池田氏が吉田内閣の蔵相時代にとった「ディスインフレ」つまりディスインフレーション政策をもじったものである。〔中略〕また、「池田は書籍は読まない。読むのは書類だけだ」などというジョークも、宮沢氏作と伝えられた。そうした話は野次馬的には面白かった。》(p.22)

 池田が蔵相の時、宮沢は大蔵官僚であり、蔵相秘書官を務めていた。
 池田がディスインフレをもじって「ディスインテリ」と呼ばれていたという話は聞いたことがあるが、その名付け親が宮沢だとは知らなかった。
 秘書官が大臣をこのように評すものかなあ。池田は京大卒、宮沢は東大卒。宮沢が学歴に異常にこだわるというエピソードはよく知られているが、その学歴故なのか、あるいは仕えている宮沢に「ディスインテリ」だと感じさせるものが池田にあったということなのだろうか。たしかに、宮沢は《「目から鼻へ抜ける」タイプの大秀才》だったらしいが。それとも、偉い方々の世界ではこういった感覚が普通なのだろうか。

《宮沢氏の書いたもので心に残るのは簡単な新書判ながら池田内閣が終わった後のころの自身の考え方をよく言い表した前出の『社会党との対話』である。とくにその中で日米安保体制について、「とにもかくにも安保体制によって、この十数年日本の平和と安全が守られてきた」ことを「第一の効用」としたうえでだが、「第二の効用」として、「日本は非生産的な軍事支出を最小限にとどめて、ひたすら経済発展に励むことができた」と指摘したことが当時は印象的であった。今では誰もが知っている「安保効用論」だが、それを活字のうえで肯定的に明言したのはこの本が最初ではないかと思う。》(p.22~23)

 そのような効用があったことはたしかだが、60年代ならともかく、経済発展を成し遂げた80年代や90年代に至っても、その枠組みを崩そうとしなかったことが、以後様々な面で歪みを生じさせる結果となったと思う。

 宮沢はよく「護憲派」「ハト派」と称されるが、佐瀬昌盛『集団的自衛権』(PHP新書、2001)によると、自民党の機関誌『月刊自由民主』平成8年5月号で、宮沢は、《「集団的自衛権行使違憲」論を「いや、そんなことはない」と切って捨て、憲法第9条が禁じているのは「外国における武力行使」だけで、自衛目的であれば「それ以外のことは何をしてもいい」と弁じている》という。佐瀬はこれを中曽根康弘の集団的自衛権合憲論とともに「実に驚くべき光景」と評している。
 宮沢は、イラク戦争における自衛隊派遣も支持していたように思う(出典を探したが見当たらず。記憶違いかも)。単なる「護憲派」「ハト派」としてひとくくりにできる人物ではなく、ましてやその代表格と見るのもどうかと思う。

 酒井三郎『昭和研究会』(講談社文庫、1985)によると、近衛文麿のブレーン集団だった昭和研究会が設けた「昭和塾」(1938-41)は、のちに各界で活躍する人材を多数輩出し、

《宮沢喜一なども熱心な入塾希望者であったが、当時はあまり若いというので、採用にならなかった。》(p.177)

という。宮沢は1919年生まれなので当時は二十歳前後。たしかに若い。大蔵省入省は42年なので、当時は学生だったのだろうか。

 宮沢は政界の中で随一の知性派だったとは思う。ではその知性をもって、彼は政治家として何がしたかったのか、判然としない。それは単に宮沢政権が時機に恵まれなかったというだけではなく、彼が派閥領袖となってから引退するまでの行動を見ても、ビジョンとか哲学といったものがおよそ感じられないように、私には思える。