夕方実家に帰る。
これといった用でもないのだが、母が祖母と親子で一泊出雲旅行だそうで、妹はその間ひとりになるのがさみしいのと起こしてくれる人がほしいらしいので召喚されたのだ。
前日に母からメールで留守をヨロシクと冷蔵庫にある食材リストが送られてきた。
ケーキ屋で働いている妹は、早朝出ると帰ってくるのは夜の9時、10時で料理などの家事をする余裕がない。
電車の中でリストを見ながら何を作ろうか考える。
いろんなものが残っているので買い足さず、何ができるか腕試し。
電車を降りて薄暗い畑と民間の隙間、地元道を通り咲き始めた沈丁花をしばらく嗅いだ。
実家を出てはじめてひとりで暮らしたところは木造築年数不明のいかにもナントカ荘という感じのアパートだった。
古くはあったが、奥まった玄関までの細長い通路にはずっと白の沈丁花が植わっており、春先には毎日その香りに送り出され迎えられ、なんて贅沢なことだろうと思っていた。
季節が終わるのが残念で、その前に花を摘んで酒に漬けてみたが、咲いているときの香りとは違うものになり、さらに私はアルコールが不得意であったから、重たさに負けて引っ越す際に捨ててしまった。
沈丁花の足元には、三つ葉なんかも生えていて、卵焼きなどに刻んで入れたりしていた。
その他にもビヨウヤナギ、ホトケノザ、ニワゼキショウ、ハナニラ、など花の名前を図鑑で調べるのがひそかな楽しみであった。
全部で6部屋あり、一階の角部屋だった。
隣人とは挨拶をする程度の付き合いだったが自然食品の店で働く若い女性。
豆乳のパックやかぼちゃの種が干してあったりしたので、ナチュラリストだろうなと思っていたらある日入ってみた店が勤め先だったのだ。
ナチュラルかつ大雑把な性格らしく、買ってきた観葉植物をよく枯らしていた。
バジルを玄関先で育てていたがあまりに放任主義なので、水やりは私がやっていた。
引っ越して間もない頃は外人の恋人がいたようでプライバシーを保護するには薄すぎる壁越しに聞こえてくる声にすっかり慣れてしまうほどしょっちゅう部屋に来ていたが、ある時期から彼はノックをしても彼女の名前を読んでも部屋に入れてもらえないようになった。
沈丁花の香りを嗅ぐとそんな頃のことを思い出す。
実家 といっても今日帰った家で私は暮らしたことがない。
父との別居を決めた母と妹が4年前から住んでいるマンションで、正月などはこっちに帰ってくる。
重いガラスのドアを開け、オートロックを解錠してエントランスに入るのが馴染みないせいか毎回たのしみだ。
303号室。白い壁、フローリング、畳の部屋もひとつ。
育ちの家と今住んでいる家とこのマンション。
3つ行き来できる家がある。
フローリングの床には雑巾掛けをしたくなる。
一通り拭き掃除をし、料理。
山芋とブロッコリーの明太子サラダ 胡瓜と大根のピリ辛黒酢漬け チンゲン菜と豚バラのトウチジャン炒め を作る。
あとは冷蔵庫にあった切り干し大根。
10時半に妹帰宅。
売れ残りの苺のシャンパンムースケーキを連れて。
店長になってしまい仕事が忙しすぎること、辞めるに辞められないこと、妹が行きたいアメリカのこと、私が行きたいベトナムのこと、最近面白かったこと、コイバナなど、風呂に入りながら話す。
明日5時半に起きねばならないのじゃなければよかったが、1時を過ぎたので妹は寝た。
ここは馴染みはないけれど安心感と清潔感のあるぬくぬくした所だ。この安らぎがどうも怖くなるのであまり長く居座ることはできない。
妹が寝静まった後なにをするでもなく起きていた。
このマンションの中には上下左右に同じような間取りの部屋が幾つも連なっていて、それぞれの家具や洋服や子供のオモチャや食器や明日の朝食べるパンなんかがあるのだろう。
そして、ベランダから間違いなく朝日は昇り、目覚ましが鳴り、お母さんは家族を起こし、コーヒーメーカートースター、お父さん方は仕事へ子供たちは幼稚園へ、月曜日が揺るぎなく始まる、そんな確証を感じる場所だと思った。
これといった用でもないのだが、母が祖母と親子で一泊出雲旅行だそうで、妹はその間ひとりになるのがさみしいのと起こしてくれる人がほしいらしいので召喚されたのだ。
前日に母からメールで留守をヨロシクと冷蔵庫にある食材リストが送られてきた。
ケーキ屋で働いている妹は、早朝出ると帰ってくるのは夜の9時、10時で料理などの家事をする余裕がない。
電車の中でリストを見ながら何を作ろうか考える。
いろんなものが残っているので買い足さず、何ができるか腕試し。
電車を降りて薄暗い畑と民間の隙間、地元道を通り咲き始めた沈丁花をしばらく嗅いだ。
実家を出てはじめてひとりで暮らしたところは木造築年数不明のいかにもナントカ荘という感じのアパートだった。
古くはあったが、奥まった玄関までの細長い通路にはずっと白の沈丁花が植わっており、春先には毎日その香りに送り出され迎えられ、なんて贅沢なことだろうと思っていた。
季節が終わるのが残念で、その前に花を摘んで酒に漬けてみたが、咲いているときの香りとは違うものになり、さらに私はアルコールが不得意であったから、重たさに負けて引っ越す際に捨ててしまった。
沈丁花の足元には、三つ葉なんかも生えていて、卵焼きなどに刻んで入れたりしていた。
その他にもビヨウヤナギ、ホトケノザ、ニワゼキショウ、ハナニラ、など花の名前を図鑑で調べるのがひそかな楽しみであった。
全部で6部屋あり、一階の角部屋だった。
隣人とは挨拶をする程度の付き合いだったが自然食品の店で働く若い女性。
豆乳のパックやかぼちゃの種が干してあったりしたので、ナチュラリストだろうなと思っていたらある日入ってみた店が勤め先だったのだ。
ナチュラルかつ大雑把な性格らしく、買ってきた観葉植物をよく枯らしていた。
バジルを玄関先で育てていたがあまりに放任主義なので、水やりは私がやっていた。
引っ越して間もない頃は外人の恋人がいたようでプライバシーを保護するには薄すぎる壁越しに聞こえてくる声にすっかり慣れてしまうほどしょっちゅう部屋に来ていたが、ある時期から彼はノックをしても彼女の名前を読んでも部屋に入れてもらえないようになった。
沈丁花の香りを嗅ぐとそんな頃のことを思い出す。
実家 といっても今日帰った家で私は暮らしたことがない。
父との別居を決めた母と妹が4年前から住んでいるマンションで、正月などはこっちに帰ってくる。
重いガラスのドアを開け、オートロックを解錠してエントランスに入るのが馴染みないせいか毎回たのしみだ。
303号室。白い壁、フローリング、畳の部屋もひとつ。
育ちの家と今住んでいる家とこのマンション。
3つ行き来できる家がある。
フローリングの床には雑巾掛けをしたくなる。
一通り拭き掃除をし、料理。
山芋とブロッコリーの明太子サラダ 胡瓜と大根のピリ辛黒酢漬け チンゲン菜と豚バラのトウチジャン炒め を作る。
あとは冷蔵庫にあった切り干し大根。
10時半に妹帰宅。
売れ残りの苺のシャンパンムースケーキを連れて。
店長になってしまい仕事が忙しすぎること、辞めるに辞められないこと、妹が行きたいアメリカのこと、私が行きたいベトナムのこと、最近面白かったこと、コイバナなど、風呂に入りながら話す。
明日5時半に起きねばならないのじゃなければよかったが、1時を過ぎたので妹は寝た。
ここは馴染みはないけれど安心感と清潔感のあるぬくぬくした所だ。この安らぎがどうも怖くなるのであまり長く居座ることはできない。
妹が寝静まった後なにをするでもなく起きていた。
このマンションの中には上下左右に同じような間取りの部屋が幾つも連なっていて、それぞれの家具や洋服や子供のオモチャや食器や明日の朝食べるパンなんかがあるのだろう。
そして、ベランダから間違いなく朝日は昇り、目覚ましが鳴り、お母さんは家族を起こし、コーヒーメーカートースター、お父さん方は仕事へ子供たちは幼稚園へ、月曜日が揺るぎなく始まる、そんな確証を感じる場所だと思った。